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平成20年11月5日(水)昨日:エネルギー輸入価格が急落、原油はピーク時の半値。 原油や石炭、LPGガスなど、日本のエネルギー調達価格が軒並み急落している。サウジアラビ産原油は最高値の7月積みから49%下落。産油国などが供給を増やす一方、景気減速で世界的に需要が減少していることで下落した国際相場が調達価格にも波及してきた。エネルギー価格の急落はガソリンや電力など最終製品の値下げという形で利用者への還元が“徐々に”進みそうだ。 11月5日は、旧石器捏造事件が発覚した日です。 2000年11月5日付の毎日新聞朝刊で報じられたスクープにより発覚。 宮城県の上高森遺跡での藤村新一による旧石器捏造が発覚しました。 ◇ 旧石器捏造事件 アマチュア考古学研究家の藤村新一が、次々に発掘していた日本の前期・中期旧石器時代の遺物や遺跡だとされていたものが、全て捏造だったと発覚した事件。日本の考古学界最大のスキャンダルとされる。 縄文時代以降では、明確な遺構が地下を掘削して造られているため、土の性格から直ちに真偽が判断可能なので、捏造は不可能。火山灰層の年代にのみ頼りがちであったことなど日本の旧石器研究の未成熟が露呈した事件となった。 捏造を行なっていた藤村新一は、2000年11月の発覚当時、東北旧石器文化研究所という民間研究団体の副理事長になっていたが、彼が捏造を開始したのは1970年代にアマチュアとして、宮城県の旧石器研究グループに近づいた時からだった。彼は、周囲の研究者が期待するような石器を、期待されるような古い年代の地層(ローム層)から次々に掘り出して見せ、その事によってグループにとって欠くべからざる人物として評価され、「神の手(ゴッドハンド)」と呼ばれる迄になった。 「発見」された遺物の9割方は、彼自身の手によって表面採集されたり発掘されたものであり、他人の手によって発掘されたものは、彼があらかじめ仕込んで置いたものだとされている。彼が掘り出して見せたり、埋められていた石器は、自らが事前に別の遺跡の踏査を行なって集めた縄文時代の石器が殆どであると考えられている。但し、それらの遺跡は東北地方のどこかのはずだが、完全に追跡され、突き止められるには至っていない。捏造された「虚偽遺跡」は、宮城県を中心とし、一部北海道や南関東にまで及んでいます。 毎日新聞のスクープで指摘されたのは、宮城県の上高森遺跡、及び北海道の総進不動坂遺跡だったが、彼の関わった全ての遺跡について再点検が行われ、彼の関わった「石器」の多くに「発掘時のがじり」ではありえない傷や複数回にわたって鉄と擦過した痕跡である「鉄線状痕」などが認められた。また一部の遺跡について再発掘が行われ、掘り残されていた捏造石器が発見されるに及び、捏造が確定するに至った。 “あらまほしき”発掘をし続けた、ゴッドハンド・藤村新一 日本列島における「前・中期旧石器」研究は当初から、そのような古い時代の石器は日本には存在しないだろうという批判を浴びていたが、藤村の発掘成果により強力な裏づけをされ、1980年代初頭には、「前・中期旧石器」研究が確立したと宣言されていた。 捏造発覚以前は、日本の旧石器時代の始まりはアジアでも最も古い部類に入る70万年前までに遡っていたが、捏造発覚により日本の前・中期旧石器研究は全て瓦解し、東北旧石器文化研究所は「学説の根幹が崩れた」として解散に至っている。 捏造遺跡は学会から抹消され、教科書の石器に関する記述さえも消されるに及んだ。 竹岡俊樹氏を始めとする一部の強力な批判にも関わらず、なぜかくも長期間、謬説がまかり通ったのかについて、深刻な批判と反省が求められた。日本考古学協会は、事件発覚後直ちに特別委員会を構成して事件の調査にあたり、これらを捏造と断定し、2003年5月、報告書の刊行をした。 「石器」や出土状況を観察してみると、火砕流の中から出土するなど、不可解で不自然な遺物や遺跡であった事が理解されるのだが、当の研究グループはそれらを無視し続けた。中には数十キロも離れた遺跡から発見された石器の切断面が偶然一致した、というような信じがたい発見もあった。 彼らの目覚しい成果に対して、国指定史跡を認定したり、文化庁主催の特別展に展示されるなど、間接的な支援者がいた事が、事件を増長させる役割を担った事は否定しがたい。特に、遺跡の出た東北地方などの多くの自治体が、「わが町の歴史は数十万年前にまで遡る悠久の歴史を持つ」として特産品や観光行事作りを進めるなど、町・村おこし運動における歴史的事物の安易な利用が、この事件の温床となっている。 「前・中期旧石器」が隆盛であった当時は批判をしづらく、1986年の批判論文以後、再び反論が開始されるのは1998年の一点、及び2000年発覚前の二点に限られる。1998年以後の批判の要点は、問題の石器資料群が、本来あるべき前期や中期の石器として不可解というもの。このような正当な批判が、学界から省みられる事はなかった。 ※ 当時、中国からはこんな批判を受けたものだった。「歴史の浅い国・日本は、嘘でもいいから年代の古い出土品を渇望していたのだろう。それで国家の威厳が増すとでも思ったのだろうか」と。 ◇ 奥野正男著 『神々の汚れた手』(旧石器捏造) (誰も書かなかった真相 文化庁・歴博関係学者の責任を告発する) 第58回毎日出版文化賞、前期旧石器遺跡の捏造事件は、日本考古学協会の再調査結果の発表で一つの幕切れを迎えた。このままでは、日本の考古学と国民の信頼を回復できない。闇に葬られようとしている関係学者の責任問題を問う。 [目次] プロローグ:文化庁官僚学者の免責は許されない 第1章:座散乱木(ざざらぎ)の切り通しで(1976〜1981年) 第2章:馬場檀A遺跡の「原人」物語(1984〜1986年) 第3章:武蔵野台地に伸びた神々の手(1987年) 第4章:みんなで乗った“上高森行きの電車”(1988〜1999年) 第5章:捏造発覚以後(2000年11月5日以降) エピローグ:再生を求めて <藤村ひとりを断罪することへの疑問> 藤村は発掘現場の一作業員。論文も読めないし石器の図面も書けない。25年間、藤村一人で捏造が続けられるわけがない。25年間に160以上の発掘現場で、専門家である現場監督の誰ひとり藤村の捏造を見抜けないなどと言うことはあり得ない。藤村の手記は、黒塗りされてしまったが、共犯者がいたことをにおわせる記述がある。 京都女子大学の野田正彰教授(精神病理学)は、悪の主役は藤村以外にあると次のように述べる。彼(藤村)の話には真実もある。マスコミや周囲の期待に応えたかったというのは正直な気持ちだろう。しかし、徹底的に開き直れるほどの悪人ではない。そういう人間を利用し、暗黙のうちに捏造をそそのかした取り巻きや従来の旧石器考古学界こそ、この問題を引き起こした悪の主役だ。(毎日新聞2004年1月26日) 岡村道雄氏の提唱した旧石器についての仮説にぴったり合致する石器ばかりが藤村によって発掘される。そして、岡村氏は自ら現場監督を務めた座散乱木(ざざらぎ)遺跡の報告書の中で、 藤村の発見によって自説が完全に証明されたと宣言する。捏造を指示、あるいは、捏造をそそのかし、岡村氏の学説に合致する石器を用意した専門家の存在が想定される。 藤村の発掘で、一つの穴から、革をなめした使用痕のある石器が7個見つかって、別の穴からは骨を砕いた使用痕のある石器がまとまって出たという。藤村には、使用痕を弁別し使用痕ごとに石器をまとめて埋めるのは不可能。当時、日本に一台しかない最先端の金属顕微鏡で石器の使用痕研究をしていた東北大学の使用痕研究会のなんらかの関与が疑われる。東北大学の学者は見解を明らかにするべきである。 捏造石器からナウマン象の脂肪酸を検出したという研究結果が、帯広畜産大学から報告され、捏造石器の信憑性の補強に使われた。国立歴史民俗博物館館長の佐原眞は、この情報によって、反対意見を発表した小田静夫氏を名指しで批判し、旧石器発掘に対する反対意見を封じ込めた。捏造石器にナウマン象の脂肪酸が付くわけがない。捏造を補強する共犯者といわれても仕方がない学者たちがいたことになる。国の機関が、反対意見を名指しで批判し、力ずくで発言を封じてしまうのは学問の世界では異例のことであった。 捏造事件の本質=「旧石器捏造事件」とは、藤村が考古学者をだました事件ではなく、考古学者が藤村を利用して国民をだました事件である。 ※ わが国は学会に到るまで、“ムラ社会”なんだなぁー。
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