今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 「兵士の帰還」冷泉彰彦(前頁よりの続き)

 そのジェシカ本人が口を開き始めました。今回の「ジェシカ」のメディアへの登場は、必ずしも戦争を美化するヒーロー作りということではないようなのです。ジェシカは終始、こう言い続けていました。「私は英雄じゃありません。単に生き延びた(サバイバー)だけなのです」そして「戦争は本当に怖かった(スケアリー)」とも言い続けました。

 「軍やメディアがあなたを利用したと言う見方がありますが」という質問にも「ええ、彼等は私を利用しました」とはっきり言ったのです。ジェシカ本人の報道への批判はそれだけではありません。「まず、事実関係で誤解があります。隊列が襲撃を受けたときに、私が銃で応戦したというのはウソです。私の銃は引っかかっていて使えなかったのです。ですから、誰も殺していません。本当です」。

 そして、捕虜として虐待されたのも全くのウソで、実態は重傷を負ったジェシカをイラクの医師と看護婦たちが手厚く看護していたのだと言うのです。「イラクのお医者さん、看護婦さんたちは、私の本当のヒーローなんです」この11月の時点で、ABCの取材に応えて画面に姿を見せたその医師や看護婦を見て、ジェシカが涙を流す場面も放映されました。

 勿論、現時点では親米派のイラク人は「戦後体制へのパートナー」ですから、イラクの医療関係者をヒーロー扱いするのは自然は自然です。ですが、4月の時点を振り返ると、私にはひどい皮肉が感じられてなりません。当時の報道は、ジェシカは虐待を受けていただろう、それを瀕死のところで勇敢な米軍が犠牲を払いながら救出した、と世論は信じ込まされていたのです。実際のケガは、トラックの衝突横転によって起きたもので、イラク人はむしろ彼女を助けてくれたのですから。

 ジェシカは捕虜ですらなかったのです。「病院の人たちは何とかして私を米軍に戻してやりたいと言っていました。実際に救急車に私を乗せて、米軍がコントロールしている地区に送ってくれるという案もあったのです。ただ、これは自爆テロと間違われて米軍の攻撃を受ける危険を理由に実現しませんでしたが」という証言からすると、イラク側はジェシカの容体を気遣って病院で治療してくれていたのであって、捕縛していたのでも何でもなかったのです。こうなると、バクダット攻防の時期に、アメリカ全土と前線を支配していた「卑怯なイラクへの怒り」という感情は、全くの虚構に基づくものだったことになります。

 ただ、現在も軍との関係があるジェシカです。ストレートな軍の批判をするわけではありませんでした。本をまとめたブラッグ記者と共に語っていたのは「事実は曲げられたかもしれないけれど、彼等が私を助けてくれたのは事実です。それに、戦争は美談を必要とするのでしょうから」という台詞でした。そう言いながら、何度も自分を納得させるように頷いている姿が印象的でした。

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 そのジェシカは、ウェスト・バージニア州の奥、アパラチアの丘に囲まれたリトルタウンという人口900人の村の出身です。高校を卒業するまで、町からほとんど出たことがなく、広い世界を知りたくて陸軍に志願したというエピソードには、余りにも「良くある話」として空しさを感じずにはいられません。

 軍に入隊する途中で、生まれて初めて大きなショッピング・モールを見て驚き、基礎訓練後にはハワイの基地での演習に参加、その中でアメリカ原住民のシングルマザーである、23歳のパイエスタワさんという上等兵と同室になりました。彼女を姉のように慕いながらイラクまで行動を共にしたこと、そのパイエスタワさんは、隊列への襲撃を受けた際に亡くなっていること、この辺はすでに報道されていたことですが、改めて本人の口から語られると痛切な感じがします。「イラクの記憶は、砂と空だけの何もない世界でした」と語るジェシカ。実際彼女は小柄な体格にも関わらず5トントラックの運転を任されて、視界が良く確保できずに困っていたのだと言います。

 このジェシカのエピソードは何を意味するのでしょう。まず第一には、「戦争には美談が必要」という正にそれで、あの4月の時点と同様に、この11月の時点でも当局だけでなく、世論の多数にも「現実から逃避したい」、「イヤなニュースから目をそむけて、少しは美談に酔わせてほしい」という心理があるのでしょう。

 ABCもNBCも、インタビューの中では「生還した自分と比較して、多くの若者が帰らぬ人となったことを考えると、罪の意識は感じますか?」という帰還兵に対しては残酷な質問も繰り返されていました。これに対しては、周囲と相談して用意したのでしょうが「罪の意識は感じません。助けて下さったことには感謝しますが、戦争ですからこうしたことは仕方がないと思います」と答えていました。

 その一方で、1ミリオン(一億円強)という本の「アドバンス(前金)」を使って、ジェシカは故郷に財団を設立するそうです。その財団によって、戦争孤児の施設を運営する計画で、死んだ戦友のパイエスタワ上等兵の子供たちも引き取りたいと語っていました。これも一種の美談ではあるでしょう。

 そのジェシカ、『タイム』のインタビューでは「女性が従軍することをどう思うか」と問われて「当然だと思います。女性は男性とは平等ですから」と答えた後で、こんなことを言っています。「私たち女性が従軍しなかったら、兵員の全てを男性でカバーしなくちゃならなくなります。そうなると、若い人や年をとった人とか、行きたくない人を行かさなくちゃならなくなるでしょう。それよりは、女性でも自分から行く人が行くのが良いと思うのです」。

 ジェシカ報道の背景にひそかに流れているのは、この問題です。「行きたくない人を行かせる」というのは徴兵制(ドラフト)に他なりません。911以来「こわもて」の報道官としてペンタゴンの顔であった、ビクトリア・クラーク女史(退任)がCNNで語っていたのですが、国防総省の一部に最近この問題を口にする動きがあるのだと言うのです。

 「勿論、21世紀の現在に徴兵制(ドラフト)は全く非現実的です。それに、徴募(エンリスト)は常にうまく行っていますし、必要なところに、必要な人材を配置できていると思います」そうクラーク女史は一笑に付しているのですが、軍の中には、「これだけ泥沼化したイラクには同じ部隊を長く駐留させるのはかわいそう」。その一方で、「だからと言って、現地事情を知らない交替要員にいきなり『行け』というのも酷な話」という感覚があります。その延長で、「名誉が少なく、恐怖と戦わなくてはならない任務は、貧しい志願兵だけでは不公平」とか「ジェシカに代表される女性に犠牲を強いるのはかわいそうだから、男性中心の徴兵制が良い」と考える層もあるようなのです。

 ジェシカの発言は、そうした動きを牽制し「自分たち女性の志願兵がいるから、男性への徴兵をしなくても済んでいる」ということ自体が自分たちの密かな誇りになっているという意味なのでしょう。そう言いながらも、TV写りを良く演出されて、19歳の女性としての人なつっこさを見せるジェシカ、戦争への恐怖、とりわけ人を殺すことへの怖れにおののくジェシカには、「たくましさ」のかけらもありません。善し悪しは別として、米軍の中でドグマのように叫ばれていた「男女平等」に揺らぎが見える、そんな気分も背後には流れています。

 もう一つは「情報の曖昧さ」です。ジェシカの救出劇は疑惑だらけで、いったい何が真実なのかは一連の報道を見ても分かりません。病院での待遇が虐待ではなく、保護と治療だったという「訂正」はされました。ですが、襲撃を受けると共に車が横転して、4人の戦友が死に、自分だけが生き残ったという肝心の瞬間については「三分間の記憶の空白」があるという一点張りで終始しています。

 事実関係の証言にも矛盾が残っています。余り話題にならなかったNBCの『ジェシカを救え』というドラマ仕立てのドキュメントで、救出の英雄とされた「ムハンマド」というイラク人の存在について、11日のABCでの証言では「その人のことは全く記憶にありません」と言う一方で、翌朝のNBCではドラマの中身に配慮したのか、自分を助けた英雄のように語っているのです。俗なメディアが騒いでいる暴行被害の話や、いかがわしい写真をめぐる騒動などまでを含めれば、ジェシカの周囲は疑惑だらけと言っても良いのでしょう。

 そうは言っても、NYタイムスを読んで民主党の反戦政策に共感しているような人はともかく、草の根の気分としては「ジェシカの疑惑」など「いいじゃないか」という感覚があるようです。軍関係者には発言の自由などない、それは草の根には「常識」であって、「あのくらい喋れるのなら、まあいいじゃないか」という受け止め方もあるようです。

 ニュージャージーのFMラジオでは、レイ・ロッシという保守的なキャスターが「ジェシカの真相は藪の中だ。でも、19歳の女の子があれだけ恐ろしい目にあい、ひどいケガをして帰ってきたのだから、追及は止めよう。少なくとも軍人のいる家庭なら分かってくれるだろう」と10日の時点で言っていました。そんな、「いいじゃないか」という心理は、そのまま「イラク戦争は失敗だったかもしれないが、その事実からは目をそむけたい」という心理につながっているのかもしれません。

 その延長にあるのが、厭戦気分です。イラク戦争について、消極的に賛成していたような人々は、現在の泥沼のような事態が早く終わってほしいのです。そうは言っても、「これまで犠牲を払った」という事実を無視して、民主党の言うように撤退するのも面白くない、そんな心理もあります。その中で、日々積み重なってゆく「米兵の死者」というニュースの一方で、「傷ついたが生き延びて帰還した」というジェシカの物語を「いいじゃないか」という視線を持って見つめているのでしょう。

 血塗られた米軍の歴史ではありますが、捕虜や傷病兵への視線が暖かいのは僅かな救いではあります。そして、傷病兵への同情はそのまま厭戦気分や反戦の風潮につながるのもまた事実なのでしょう。気がつくと、「傷病兵」の思想が一種のブームになりつつあるのです。9111直後から三部作が一年ごとに公開されて歴史的なブームになった『指輪物語』の映画化も、ようやく今年の12月公開の『王の帰還(ピーター・ジャクソン監督)』で終結を迎えます。この『王の帰還』には傷病兵という思想が影を落としています。

 その影とは、原作者トールキン博士自身が第一次大戦で傷ついた経験に他なりません。この『指輪物語』では、悪の手に落ちれば世界を滅ぼす「一つの指輪」を主人公たちが必死の思いで「棄却」するための旅に出ている一方で、その同志たちの悪との戦いが描かれています。完結編の『王の帰還』では、戦いに傷ついた人々が「療病院」で癒されて新たな人生へと再生したり、深く傷を負った人物と来世との関わりが丹念に描かれたりしているはずで、この映画がこの2003年の末に公開されることも、時代との関わりを強く感じさせます。

 (以下、次頁に続く…)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/45513868.html

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