今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成20年12月5日(金)携帯電話:大阪知事「ケータイ禁止令」、その波紋。

 来年3月までに、政令市を除く府内の公立小中高校で、携帯電話の持ち込みや校内での使用を禁じるという方針。ネットいじめや交流サイトを巡る犯罪など、子どもとケータイの「つきあい方」に悩んできた教育現場では歓迎する声があがるが、一方で、「既に普及してしまったものを今さらダメといっても……」と戸惑う声もでている。



 12月5日は、中日劇場『放浪記』の楽日です。

 2008年12月5日、名古屋の中日劇場で公演中の『放浪記』が
 楽日を迎えます。この日で実に1995回に到達します。

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 先月18日、森光子さんの『放浪記』を観劇しました。

 何の予備知識も無かったもので、舞台に登場した森光子の演技に随分と違和感を感じた。セリフの滑舌が悪く、覇気が無く、表情が死んでいた。カフェ帰りの酔った風情を表現したものかとも思ったが、そうではなかった。 オペラグラスで確認すると、左半身が震えていた。左手の震えを右手で押さえる素振りも見えた。着物が小刻みに揺れていた。 それでも、ほぼ出ずっぱりの舞台を務め上げた。観客席には中高年の御婦人が多く目立ち、吾がことのように森を声援する雰囲気があった。

 舞台は平板に進み、さして感激もないまま終盤に向かう。それでも客席の拍手は盛んなものがあった。皆が森を応援して、舞台を盛り上げていた。最後の林芙美子(森光子)が疲れて文机に伏し寝する場面。日夏京子(山本陽子)が芙美子に毛布を掛ける。静かに部屋を出る京子。芙美子を哀しげに見やりながら、ささやくように投げかけるセリフ。

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 「お芙美、あんた、ちっとも幸せじゃないんだね」。(終幕)

 そして、カーテンコール(三方拝)。

 低頭する森がゆるやかに頭をあげる。左手を伸ばして左に大きく開いてゆく。右手を伸ばして右に大きく開いてゆく。中央客席、左客席、右客席、二階席へと、そして再び低頭する。この間、終始無言で異様な緊迫感に溢れていた。この時、初めて森光子の役者魂を見せてもらった。森のメッセージは確実に観客に伝わり、文字通り万雷の拍手が沸き起こった。

 ※ 森光子は、舞台で死ぬことを渇望している。

 【参照】森光子 『 放浪記 』 中日劇場
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/45624352.html

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 ◇ 大竹しのぶ「太鼓たたいて笛ふいて」(こまつ座公演)

 大竹しのぶ(51)主演のこまつ座公演「太鼓たたいて笛ふいて」が、11月21日〜12月20日の日程で、東京・新宿の紀伊国屋サザンシアターで行われています。演出・栗山民也。

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 「放浪記」で知られる作家・林芙美子の半生を描いた井上ひさしの音楽評伝劇で、2002年の初演で大竹は読売演劇大賞・最優秀女優賞など演劇賞を独占した。4年ぶりの再々演で、大竹は「自然に演じることが目標。一生懸命だけど力を抜いて、そこに林芙美子という人がいる、と感じていただきたいと願っています」。生演奏のピアノで多彩な曲が歌い上げられるのも魅力。

 林芙美子といえば森光子の「放浪記」が有名だが、井上は菊田一夫が描かなかった戦中戦後の林の作家活動を丹念にたどる。従軍作家として戦争を熱烈に鼓吹した林は敗戦後、反戦文学に転じる。

 「無知な人間の妄想ほど恐ろしいものはない。芙美子に重ね、井上さんの祈りにも似た反戦の思いが込められた作品。若い人にぜひ見てもらいたい」。大竹がそう実感するのは、たとえばこんな所だ。南方から生還した“戦死者”の青年に芙美子が「おかえりなさい」と声をかける場面で、「ト書きに(全世界の愛を込めて)とある。すてきですが、どんな風に言ったらいいのか悩む」とほほ笑む。

 23歳の息子を持つ母として、多くの若者が倒れる戦争のむごさを思う。「井上さんや亡くなった筑紫哲也さんが言葉で伝えてきたことを、私は演技で伝えていきたい。田母神さんですか? この舞台を見てくれるといいと思います」。

 『太鼓たたいて笛ふいて』は1935年(昭和10年)の秋、芙美子32歳の時から幕が開く。そして、日中戦争勃発後の芙美子が、戦争協力を自らの仕事としていく1938年(昭和13年)で一幕が終わる。二幕は1945年(昭和20年)の冬、戦争末期に芙美子が疎開していた信州志賀高原でのやりとりから始まる。

 従軍経験を経て、芙美子の戦争感も変わった。村の集まりで「ここまできたら綺麗に負けるほかない」などと発言したこともある。大勢の日本人に向かって、「太鼓たたいて笛ふいて」戦争を鼓吹してきたことに対する自責の念が抑え難かった。戦後、そのことを正面からみつめて反戦小説を世に出す。

 12月20日まで、東京・新宿の紀伊国屋サザンシアターにて
 紀伊國屋サザンシアター(Tel)03・3862・5941(こまつ座)
 出演者:大竹しのぶ、木場勝己、梅沢昌代、山崎一、阿南健治、神野三鈴
 ピアノ演奏:朴勝哲(19日、観劇予定)


 ◇ 紀伊国屋サザンシアター

 つかこうへいら多くの劇作家を世に送り出した東京・新宿の紀伊國屋ホールの弟分的舞台。紀伊國屋ホールは今年開場44年目だが、サザンシアターは12年目。2つそろってJR新宿駅が最寄り駅とあって、「紀伊國屋ホールと間違えて来られるお客さまが、必ずいらっしゃいます。だから紀伊國屋ホールの地図が入り口に張ってあるんですよ」と支配人の荒木義和さん(56)は話します。

 その杮落とし公演で1996年10月、上演予定だったのが、遅筆堂の異名を持つ作家・井上ひさしさんの新作。「結局、台本遅れで公演中止になり、“幻のこけら落とし”になった。でも慣れっこ」と荒木さんは笑う。荒木さんはサザンシアター開場時から運営に携わってきたが、それまでも紀伊國屋ホールで20年、劇場管理を担っており、井上さんが座付き作家を務めるこまつ座とはもともと縁が深い。 「劇場は常に赤字。でも『ぜひ紀伊國屋で』という劇団もあるし、創業者・田辺茂一の思いも継がなくてはね」。 紀伊國屋演劇賞創設など、演劇振興の伝統を持つ書店の劇場から、演劇界を見続けてきた荒木さんは、静かに思いを話してくれた。

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 ◇ 『太鼓たたいて笛ふいて』 新潮文庫  井上ひさし著 価格 380円(税込)

 戦中、中国や南方の戦線に従軍し、「兵隊さんが好きです」と記して戦意高揚に尽した林芙美子は、敗色濃厚になると「キレイに負けるしかない」と公言し、たちまち非国民扱いされてしまう。国家が求める「物語」に躍らされた芙美子は、戦後、戦争の実相を知り、戦争に打ちのめされた普通の日本人の悲しみを、ただひたすら書きつづけた。『放浪記』で知られる作家の後半生をたどる評伝戯曲。

 ※ 井上ひさしは1984年、劇団「こまつ座」を結成、座付き作者として
 自作の上演活動を行っています。


 ◇ 浮雲 (新潮文庫) 林芙美子著 ¥620(税込)

 第二次大戦下、義弟との不倫関係を逃れ仏印に渡ったゆき子は、農林研究所員・富岡と出会う。一見冷酷な富岡は女を引きつける男だった。本国の戦況をよそに豊かな南国で共有した時間は、二人にとって生涯忘れえぬ蜜の味であった。そして、敗戦。焦土と化した東京の非情な現実に弄ばれ、ボロ布のように疲れ果てた男と女は、転げ落ちるように遂に雨の屋久島に行き着く。放浪の作家・林芙美子、畢生の作。

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 【参照】12月5日、バミューダトライアングルの日
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/24822784.html

 【参照】12月5日、ウォルト・ディズニーの誕生日(1901年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/24863744.html

 【参照】12月5日、香川京子さんの誕生日(1931年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/38664895.html

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