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平成20年12月14日(日)今夜:NHK『篤姫』の最終回は時間延長版。 視聴率絶好調のNHK大河ドラマ『篤姫』が14日、最終回を迎えます。ヒロインの12歳から49歳までを演じきった宮崎あおい(23)が、今の心境を語った。「誰も予想してませんでしたね、こんなにヒットするなんて。私も、NHKの人も」。 1月の開始時は20.3%(ビデオリサーチ、関東地区)と平均的な視聴率だったが、5月から25%前後に上がり、11月末には29.2%を記録した。 デビュー19年。映画「EUREKA(ユリイカ)」「NANA」などで、少女の多様な形を自在に表現してきた。しかし今回は本人と大きく離れた役柄。「不安はなかったか」と問うと「悩まないタイプなんです」との答え。「私は撮影現場の空気に素直に反応しているだけだから」。(真正の役者、シャーマン気質) 2006年のNHK連続テレビ小説『純情きらり』で主人公の生涯を演じた経験が生きた。「12歳の篤姫を演じる時、最後に49歳までいくことを逆算したうえで12歳を作っておかないと、とは考えてました」。『篤姫』が支持されたのは「現代の女性に共感してもらえたからでは」と話す。「史実の篤姫はこんなではなかったかもしれません。脚本の田渕久美子さんが、今の人が共感する人物に描いてくれたんだと思う。私も、自分にとても近い感じがしました」。 ◇ 『篤姫』最終回の視聴率は28.7%、年間24.5%(12月15日) 14日に終了したNHK大河ドラマ『篤姫』の最終回視聴率が関東地区で28.7%、年間平均は24.5%だったことが、ビデオリサーチの調べでわかった。年間平均視聴率は30.5%だった「秀吉」(1996年放送)以降で最高。各回視聴率は11月30日放送の「無血開城」の29.2%が最高だった。 関東以外では、最終回が関西地区26.2%、名古屋地区27.5%、北部九州地区31.3%。年間平均は関西地区23.1%だった。 12月14日は、阪東妻三郎の誕生日です。 ◇ 阪東妻三郎(1901年〜1953年)(愛称:バンツマ) 1916年、旧制・尋常小学校高等科を卒業後、十一代目片岡仁左衛門に入門。1918年に初舞台を踏む。だが、旧態依然の歌舞伎の世界に飽き足らず、1923年、マキノ映画製作所結成にあたり、スカウトされ入社。寿々喜多呂九平脚本の『鮮血の手型』で主役デビュー。続く『影法師』が大好評で、時代劇俳優の第一人者としての地位を固めた。 恩師である牧野省三監督が東亜キネマから独立すると、阪東妻三郎プロダクションを設立。1925年、『雄呂血』を発表、その虚無的な英雄像は、その時代の風潮とも相俟って大ヒットする。その大胆な殺陣で「乱闘劇のバンツマ」として一世を風靡した。松竹と提携し、ヒット作を飛ばすが、阪妻のヒーロー像は次第にマンネリズムを生み、人気は徐々に低落。1936年、『怒涛一番乗』を最後に、12年続いた阪妻プロは解散する。
(今朝、こんなイベントがありました。)
12月14日、第37回「かぎろひを観る会」(奈良県宇陀市) ひむがしの野にかぎろひの立つみえて かへりみすれば月かたぶきぬ (東の野に炎の立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ)柿本人麻呂 (軽皇子の阿騎野に猟にお出ましになられた折りに人麻呂の詠める) 【かぎろひ】:厳寒の良く晴れた早朝、太陽が地平線上に現れる 約1時間前に太陽光線のスペクトルにより現れる最初の陽光。 持統六年(西暦692年)11月17日に詠んだ、柿本人麻呂の句に因み、 新暦のこの日に当たる早朝に「かぎろひの丘万葉公園」でのイベント。 近くには「薬の館」「森野旧薬園」など旧城下町の街並みもみられます。 日時:12月14日(日)午前4時〜6時 (旧暦11月17日) 場所:宇陀市大宇陀区、かぎろひの丘万葉公園 交通:名阪国道針インターチェンジから国道369号線を南へ榛原町を通り、 国道370号線から国道166号線へと南下。無料駐車場300台。 (早朝のため、公共交通機関は利用できません。) 問合せ:宇陀市商工観光課 TEL 0745-82-2457 |

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履歴から…。
始めまして。
僕は「田村高広さん」が好きでした。お父さんにそっくりでしたね。
映画『泥の河』での、おっちゃん役…良かったなぁ。
2008/12/15(月) 午後 0:43
阪妻が、人力車曳きの役で、恩人の未亡人に淡い恋心をいだき、父親なき子を慈しむ、(場所は九州)、そんな映画の名前を忘れました。よかったばい!
2008/12/19(金) 午前 2:35 [ kaz*_51** ]