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平成20年12月16日(火)昨日:小・中学校の携帯電話、原則禁止を。 政府の教育再生懇談会がまとめた子供の携帯電話利用に関する提言の素案が15日、明らかになった。小中学校への持ち込みの原則禁止などの方向性を示したことが特徴で、来月、麻生首相に提出する予定。大阪府の橋下徹知事が、政令市を除く府内の公立小中高校で携帯電話の持ち込みや校内での使用を禁じる方針を示して波紋を呼んだばかりだけに、政府の今後の対応が焦点となる。 素案では、子供の携帯電話利用の弊害に関し、「猥褻情報や暴力、いじめを誘発する有害情報が悪影響を与える」と指摘、保護者が「家庭内ルール」を作ることや、小中学校が「持ち込みの原則禁止」を打ち出すなど、利用方針の明確化が必要だとした。 子供が携帯電話を持つことそのものの是非については、家庭との緊急連絡などのために必要との主張に配慮し、「通話先限定や、GPS機能のみの携帯電話や、これらの機能に緊急連絡用のメール機能を付加した携帯電話は有効」とした。その上で、PTAや教育委員会が連携して、機能限定機種の「推奨制度」の確立を提案している。電話会社にも、学校などに子供が使いやすい公衆電話を確保するなどの協力を求めた。 ※ ヒトは道具を使いこなすサルである。自動車事故が起きても自動車排斥にはならない。脱線事故が起きても鉄道廃止にはならない。墜落事故が起きても空輸排除とはならない。道具を使いこなすことを断念すれば、只のサルになってしまう。 ※ ひとたび普及したものは、元には戻り得ない。米国の銃所持然り、世界の核兵器また然り。おぞましきものすら旧に復して、「無い」時代に戻すことはできない。文明の利器は常に諸刃の剣であり、それを「使いこなす」と言う一点に、まさにヒトの叡智がかかっています。 12月16日は、「念仏の口止め」の日です。(念仏の口明けは、1月16日) 正月の神様は念仏が嫌いだとして、この日にその年最後の念仏を称え、 翌年1月16日の「念仏の口明け」までは称えないと言うもの。 「念仏の口止め」、これは正月を迎えるために行われてきた風習で、浄土真宗門徒には関わりのない習わしです。地方によって日は異なりますが、だいたい12月16日に行われるとされます。 「正月」は「年神様」を迎えるための祭りであり、亡くなった人の魂が山へと行き山の神様となり、春には里に下りてきて豊作をもたらす田の神様(たのかんさぁー)となり、秋の収穫後には再び山へと戻り、山の神様となると考えられてきました。その山の神様が正月に「年神様」になり、子孫の元へ訪れ、豊作と子孫の繁栄を護ってくれると信じられていました。 この年神様を迎える準備をするのが12月13日の「正月事始め」で、「煤払い」です。近年では「仕事納め」が年末に迫っているため、この日から大掃除をする人など少ないかも知れません。しかし有名神社仏閣ではこの日に長い竹箒で建物をはらい清めます。 年神様は念仏が嫌い? 新しい年を迎えるめでたい日であるので、死を連想させる念仏は避けた方が良いとの配慮なのか。12月16日には、その年最後の念仏を称え、それ以降は念仏を称えないという風習ができあがったのでしょう。もちろん、年神様に遠慮しての事なので、年神様が帰った後は念仏を始めます。その念仏を始める日が、正月16日で、これを「念仏の口開け」といいます。「念仏の口止め」から「念仏の口開け」まで、ちょうど一ヶ月間の念仏停止となります。この風習のある地域の熱心な浄土宗や浄土真宗信者らは、歯がゆい思いをするかも知れません。 浄土真宗では死を忌み嫌うという考えがありませんから、念仏が縁起が悪いなどという考えもありません(葬儀でも清めの塩を用いません)。死は誰にでも必ず訪れ、念仏はご先祖様や阿弥陀さまに照らされている、今ある自分のありように感謝する気持ちで称えるのです。年末にはこの一年を振り返り、ゆく年くる年を感謝の思いで、お念仏で送り迎えするのも結構なものです。 |

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