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平成20年12月20日(土)昨日:時津風部屋判決、稽古という名のリンチ。 大相撲の時津風部屋で序ノ口力士が暴行を受け死亡した事件で、名古屋地裁は傷害致死罪に問われた兄弟子3人に執行猶予付きの有罪判決を言い渡した。判決を受け、日本相撲協会は3人を解雇した。 部屋を逃げ出そうとした力士を柱に縛り付け、顔を殴るなどした。ぶつかり稽古で土俵にたたきつけ、金属バットや棒で殴打した。判決は、死亡した力士に対し、元時津風親方と兄弟子が執拗に暴行を加えたことを認定した。 「稽古の範囲を明らかに逸脱した」などと判決が指弾したように、一連の暴行は制裁としてのリンチにほかならないと言えよう。判決は、兄弟子による暴行が元親方の指示によるものだったと明確に認めた。「弟子が親方の指示に逆らうことは極めて困難」とも指摘。タテ社会の相撲界で、弟子の置かれた立場などを考慮し、3人に執行猶予を付けたといえる。 「体罰が常態化していた面がある」。判決は相撲界の実態にもこう言及。時津風部屋以外の二つの部屋でも今春、暴行が発覚している。 相撲界にとって今年は、大揺れの年だった。ロシア人力士の大麻問題では、当時の北の湖理事長が辞任に追い込まれた。武蔵川新理事長の下で改革に乗り出し、協会理事のメンバーに戦後初めて外部の学識者らが入った。協会は相撲界の外から見た意見を取り入れ、悪しき旧弊を改善していかねばならない。11月の九州場所では、客席に空席が目立った。相撲界が置かれた深刻な状況を物語っている。 12月20日は、石鼎忌です。 原石鼎(はら せきてい)(1889〜1951) 出雲市に生まれる。簸川中学で子規門の俊秀教師・竹村秋竹に俳句を学び、松江の奈倉梧月の句会に投句。文学との葛藤で京都医専中退。後に深吉野の診療所を預かり、新鮮な吉野詠を「ホトトギス」に投句、虚子から激賞された。大正4年「ホトトギス」社に入り、作句に専念、大正俳壇の雄となった。大正10年、俳誌『鹿火屋』を発行、主宰。虚子著『進むべき俳句の道』において最長文で評論されている。 自選句集に『花影』『石鼎句集』『俳句の考へ方』『言語学への出発』。 高々と蝶こゆる谷の深さかな (『花影』昭和12) 秋風や模様のちがふ皿二つ (『花影』昭和12) 青天や白き五弁の梨の花 (『花影』昭和12) 頂上や殊に野菊の吹かれ居り (『花影』昭和12) 蔓踏んで一山の露動きけり (『花影』昭和12) 水鳥やマントの中のふところ手 (『花影』昭和12) 鮎の背に一抹の朱のありしごとし (『花影』昭和12) |

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