今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成21年1月2日(金)昨日:2日連続でネット番組出演の小沢氏、派遣法見直し。

 小沢一郎代表は1日、東京・明治神宮近くのスタジオでインターネットの動画番組に出演、非正規労働者の大量失職が社会問題となっていることに関し「小泉改革の名の下に規制を取り払ってしまったから、非正規労働者がどんどん増えてきた。われわれが政権を取ったらもう一度見直す」と述べ、次期衆院選で政権を獲得すれば、派遣を原則自由化した労働者派遣法などの抜本見直しに取り組む考えを明らかにした。
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 また、小沢氏は「総選挙で国民の支持を得て、国民に顔を向けた政治を実現したい」と述べ、政権奪取への決意を改めてアピール。 小沢氏のネット出演は、大晦日から2日連続で、この日はオバマ次期米大統領の物まねで知られるお笑いコンビ「デンジャラス」も飛び入り参加。スタジオはガラス張りで、初詣で客の中には立ち止まって和服姿の小沢氏の話に聞き入る人もいた。

 ニコニコ生放送
 http://live.nicovideo.jp/


 1月2日は、高野悦子の誕生日です。
 独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点(1月15日成人の日)

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 ◇ 高野悦子(1949年〜1969年)

 立命館大学入学後、学生運動に参加。1969年6月24日未明、鉄道自殺。
 彼女の「二十歳の原点」からの旅路は、余りにも短かった。
 別に遺書はなく、下宿先に大学ノート十数冊に及ぶ日記が残されていた。
 生きることに真摯であり続けることを、自らに厳しく課した若き魂は、
 そのゆえにこそ、「死」に救いを求めざるを得なかった。
 日記の出版は、同世代の圧倒的共感を喚起した。(『二十歳の原点』)


 2月24日(月) 私には「生きよう」とする衝動、意識化された心の高まりというものがない。これは二十歳となった今までズットもっている感情である。生命の充実感というものを、未だかつてもったことがない。(※ 「である」調は、意識的文体で、情緒面を押し殺す側面があります。)

 3月8日 私は今生きているらしいのです。刃物で肉をえぐれば血がでるらしいのです。「生きてる 生きてる 生きてるよ バリケードという腹の中で」という詩がありましたが、悲しいかな私には、その「生きてる」実感がない。(※ 「生きる」は「息する」。意識ではなく無意識の運動。)

 3月16日(日) 京都国際ホテルにウェイトレスとしてアルバイトに行き、一つの働く世界を知った。彼ら彼女らは全く明るい。大声で笑い、話し、楽しさが溢れている。私の知っていた人たちはほとんどが学生で、インテリゲンチャの予備軍のような存在(私もまた)であることを知らされる。彼女たちはあまり本は読んでいないだろう。

 タクシーの運ちゃんがいっていた。小学校を出て曲折を経ながら運転手をやっている。十九歳の娘と、妻がおり、あと三、四年たてば孫からおじいちゃんと呼ばれるだろうと嬉しげであった。人間って一体何なのか。生きるってどういうことなのか。生きること生活すること、私はどのように生きていくのか、あるいは死ぬのか。今、私は毎日毎日広小路で講義を受けるがごとくアルバイトに通い働いているのだが。(※ 当時の大学のキャンパスには、熱病のような青春はあったかも知れないが、血の通った人生はなかっただろう。)

 3月27日 大学側で卒業を認めてくれなくともよい。あと二年間自分にとってしっかりした何かを掴みたい。

 4月6日 なぜ生きているのかって? そりゃおめえ、働いてメシをくって、くそを放って、生活してるんじゃねえか。働いてりゃよオ、おまんまには困らねえし、仕事の帰りにしょうちゅうでもあおりゃ、それで最高よ。それが生活よ。 自殺をしたら、バイト先では、ヘえあの娘がねえと、ちょっぴり驚かれ、それで二、三日たてば終りさ。かあちゃんやとうちゃんは悲しむ(悲しむ?)かもしれねえな。 牧野、彼女はどうだろうな。哲学的にいろいろ考えるかな。

ヒトリデ サビシインダヨ コノハタチノ タバコヲスイ オサケヲノム ミエッパリノ アマエンボーノ オンナノコハ (※ 彼女は精一杯に背伸びして、何を確かめたかったのだろう?)

 4月9日 青春を失うと人間は死ぬ。だらだらと惰性で生きていることはない。三十歳になったら自殺を考えてみよう。だが、あと十年生きたとて何になるのか。今の、何の激しさも、情熱ももっていない状態で生きたとてそれが何なのか。とにかく動くことが必要なのだろうが、けれどもどのように動けばよいのか。(※ 当時の学生運動に、どれほどの社会性があったのか。なにほどの真実性があったのか。理念を欠いた純粋性は、直にデッドエンドに行き着く。)

 4月24日 何故生きていくのだろうか。生に対してどんな未練があるというのか。死ねないのだ。どうして!生きることに何の価値があるというのだ。(※ 「死ねない」と言うことこそ、「いのち」の原点、DNAの至上命令。若い世代が「死のう」とすることは作為的であり、自己欺瞞を伴う。)

 ※ 晩年の釈尊は丘の上に立ち、自然の美しさを、人生の甘味なるを慈しんだ。 人生を生き急いで何かを求めても、目いっぱいに背伸びをして遥かを望んでも、『二十歳』の世界しか見えなかったかも知れない。なにも『二十歳』の世界から、人生の全てを限定してしまうことはない。この先、何があるかも知れない。そして、何事もなくても生きていられるのが「いのち」なのだ。

 慌てることは無い。生き急ぎは死に急ぎ。長い息は長生き。ゆるやかに大気を吸い、自然に任せて息を吐く。静かになが〜く吐ききる。呼吸は呼気が肝要、静かになが〜く吐ききる。吐ききった時、死にきった時、絶後に蘇息するの消息あり。 蘇息することなく逝ってしまった高野悦子に、愛惜の念いまだ去らず。

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 旅に出よう
 テントとシュラフの入ったザックを背負い
 ポケットには一箱の煙草と笛をもち
 旅に出よう

 出発の日は雨がよい
 霧のようにやわらかい春の雨の日がよい
 萌え出でた若芽がしっとりとぬれながら

 そして富士の山にあるという
 原始林の中にゆこう
 ゆっくりとあせることなく

 大きな杉の古木にきたら
 一層暗いその根本に腰をおろして休もう
 そして独占の機械工場で作られた
 一箱の煙草を取り出して
 暗い古樹の下で一本の煙草を喫おう

 近代社会の臭いのするその煙を
 古木よおまえは何と感じるか

 原始林の中にあるという湖をさがそう
 そしてその岸辺にたたずんで
 一本の煙草を喫おう
 煙をすべて吐き出して
 ザックのかたわらで静かに休もう

 原始林を暗やみが包みこむ頃になったら
 湖に小舟をうかべよう

 衣類を脱ぎすて
 すべらかな肌をやみにつつみ
 左手に笛をもって
 湖の水面を暗やみの中に漂いながら
 笛をふこう

 小舟の幽かなるうつろいのさざめきの中
 中天より涼風を肌に流させながら
 静かに眠ろう

 そしてただ笛を深い湖底に沈ませよう

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 1969年6月24日未明、線路に入り貨物列車に身を投じた。
 鉄道自殺決行前日に書かれた、最期の日記。

買ってきた睡眠薬は不眠症には二錠が適量だという。それでは「不信症」には何錠がよいのだろうか。長期的治療には毎日三錠一ヶ月服用のこと、短期的治療には一時に三十錠、そうすればあなたの「不信症」は治ります。副作用のない安全な睡眠薬、赤ちゃんでも老人でも安心して飲める新しいタイプの睡眠薬、あなたも飲んでみませんか。九錠で一四〇円、二十錠入った御徳用もございます。

二十錠のんでも幻覚的症状も何もおこらぬ。しいて言えば口と胃が重たくなった程度。こんな睡眠薬ってあるんだろうか。といっても恐れる気持などサラサラない。本当に何もないのだ。雨の中につっ立って、セーターを濡らし、その髪の滴が顔に流れおちたところで、どうということはない。雨が強く降りだした。どうしてこの睡眠薬はちっともきかないのだろう。アルコールの方がよっぽどましだ。早く眠りたい。二時三十分、深夜。


 ※ 4歳の頃、先天性心臓弁膜症と診断され、激しい運動を制限される。父親によれば、「この件が肉体的だけでなく精神的にも大きな影響を与えた」。

 1966年1月、 奥浩平の『青春の墓標』を読み、強い影響を受ける。奥の名前や『青春の墓標』の一節は、「序章」「原点」にもしばしば登場する。学生運動での悩み、失恋、自殺後に日記が出版されるなど、両者には共通点が多い。


 森山直太朗 『 生きてることが辛いなら 』

 ※ 作詞:御徒町凧(おかちまち かいと)


 【参照】1月2日、道元禅師の誕生日(旧暦1200年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/39285838.html

 【参照】1月2日、事始めの日
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/26351641.html

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