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平成21年1月19日(月)昨日:低迷する岐阜市を象徴する無投票市長選。 市岐商廃止信任を強調する3選市長・細江氏 立命館・市岐阜商高問題に端を発した岐阜市の出直し市長選が18日告示され、午後5時に締め切られた。市岐商を廃止し立命館(京都市)の中高一貫校誘致を進める無所属の前職、細江茂光氏(60)のほかに届け出はなく細江氏が無投票で3選した。細江氏は市岐商の存続を求める市議や同窓会に対して「民意を得ていれば必ず誰かが出たはず。擁立に至らなかったのは、同調する人が見つからなかったということ」として、自らが市民から信任を得たと強調した。 任期は公選法の規定で、投開票予定日の翌26日から2期目本来の来年2月23日まで。同市長選の無投票は1967年以来、42年ぶり。 民意の審判を避けた市岐商存続派の市議ら 3月末までに市議会が誘致賛成の意思を示さなければ、交渉を打ち切る立命館は、細江氏の無投票当選に「3月議会での議論の推移を引き続き見守る。今後のことは3月の結果を受け、対応する」とコメント。 市岐商の廃止には、市議会での設置条例改正案の可決が必要。細江氏は「市議一人一人にさらなる説明や説得工作をして翻意を促す」と話した。 市議会では、市岐商存続を訴える超党派の市議が半数以上を占め、細江氏が廃止手続きを強行すれば、2009年度予算案の審議が難航する。1年後の市長選に向け存続派のベテラン市議は「党派を超えた連携は持続し対立候補を考える」としている。 市議会定数44人の内、27人が存続派市議 昨年12月11日、市議会(定数44)の自民や民主の一部、公明、共産、社民など超党派27人が、立命館誘致の賛成を求める請願を不採択にしたのが発端。 細江茂光市長が「民意を問う」と同31日に辞職、3選を目指した。存続派は勝つための準備が整わなかったなどとして、候補者の擁立すらできなかった。(言ってみれば、選挙では負けることを確信した?) ※ 細江茂光氏は三井物産部長の経歴を持つ。経営感覚は充分だが地元には人気薄。存続派には将来展望はなく、地元民の意向に添っているだけ。 地盤沈下が続くばかりの柳ヶ瀬商店街、見かけだけは立派になったけど空疎感漂う駅ビルと駅前施設等。誰しもが現状のままでは岐阜市の将来は危ういとの実感を共有している。にもかかわらず、変化を好まない。現状を否定しながらも、変ろうとはしない。 その昔、岐阜が井口(いのくち)と呼ばれていた頃、稲葉山城を陥落させた信長が岐阜と改称したと言う説もあったが、信長は変革の王であった。武士を戦闘専門要員とし、出自よりも才能を優先させ、諜報活動を重視し、神仏を畏れず自ら君臨して国の形をも変えようとの野心を抱いた。 そんな信長公には及ぶべくもないが、岐阜市も生き残りのためには変ろうと努めるべきだろう。政策上での現状維持は、三歩後退に値する。 1月19日は、明恵忌です。 ◇ 明恵忌(1173年〜1232年) 鎌倉前期の華厳宗の僧・明恵の命日、享年59。法諱は高弁、「栂尾上人」「月の歌人」とも呼ばれた。父は平重国、母は湯浅宗重の四女。現在の和歌山県有田生まれで幼名は薬師丸。新興の浄土諸宗の進出阻止に尽力し、南都仏教の復興に努めた。 仁和寺・東大寺で真言密教や華厳を学び、将来を嘱望されたが俗縁を絶ち紀伊国有田郡白上や同国筏立に遁世した。釈迦への思慕の念が深く二度天竺へ渡ることを企画するも、春日明神の神託が在り断念。 1206年、後鳥羽上皇から山城国栂尾を下賜されて高山寺を開山、観行と学問に励む。戒律を重んじ、念仏の信徒の進出に対抗し、顕密諸宗の復興に尽力。法然の浄土宗を批判した『摧邪輪(ざいじゃりん)』『四座講式』の著作や、40年にも及ぶ観行での夢想を記録した『夢記』などがあり、弟子の筆記による『却廃忘記』など数多くの著書がある。和歌を好み『明恵上人和歌集』がある。寛喜4年1月19日、遷化、享年59。 『摧邪輪』:全三巻。明恵高弁著。建暦二年(1212年)成立。同年9月に開板刊行された法然の主著「選択本願念仏集」に論駁・非難を加えたもの。旧仏教の復興に尽力し、その代表者を自認する立場からその舌鋒は鋭く厳しい。(「摧」=くだく。) 法然は同年1月に既に遷化しており、享年80であった。論駁する明恵は、この時40歳であった。 ※ 自力と他力との対立であり、その根本は、菩提心が本来的に存在するか否かに因る。法然は菩提心を否定して、阿弥陀仏の摂取不捨の誓願による以外に救いはないとした。仏教の根本原理は「無我」であるが、従来の仏教では菩提心の存在は自明のこととして論ぜられることはなかった。菩提心が存在するか否かは、霊魂肯定説と否定説とに置き換えられよう。 「無明」真っ只中の我等衆生が、かく思索すること自体、摩訶不思議なる思いを禁じえない。 ◇ 明恵上人の『夢記』 明恵上人は19歳から40年間にわたって自身の夢を書き留めた。その稀有の記録は「夢記」として今に残されている。中世の夢の記録に関心を抱いていた梅原猛は、臨床心理学者・河合隼雄に強く薦めた。彼は臨床心理学的な手法で“明恵の夢”を読み解き、明恵の世界観を再構築してゆく。 ※ 「樹上座禅像」 観法即書法、思索即現成。 ◆ 家庭消火器点検の日
全国消防機器販売業協会が、1991年に制定。「119」に因む。 ※ 消火器販売に関しては業者同士の囲い込みが激しく、火花を散らせてます。 |

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