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 ◇ 自戒する中谷 巌の『資本主義はなぜ自壊したのか』──「日本」再生への提言

   集英社 ISBN : 978-4-7976-7184-1 発行年月 : 2008.12

 中谷巌:1942年生まれ。ハーバード大学留学を経て、大阪大学教授、一橋大学教授など。「経済戦略会議」元議長代理・三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長。

 リーマン・ショック、格差社会、無差別殺人、医療の崩壊、食品偽装。すべての元凶は、「市場原理」だった。 構造改革の急先鋒であった著者自身が記す、「懺悔の書」。グローバル資本主義の本質とは何かを明らかにする。


 新自由主義に席巻されたアメリカの経済学を信奉してきた著者が,そういう過去を自己批判する。最近よく批判される小泉政権の政策については、郵政民営化で公共事業に自動的に資金が流れる仕組みに楔をうった点を評価しながらも、地方の特定郵便局まで民営化して採算重視することへの疑問を述べる。

 格差や貧困をを生み出し、環境を破壊する近年のグローバル資本主義を批判するだけでなく、一神教であるキリスト教に支えられた米英の資本主義や、土地の私有制などにもメスが入れられる。 その一方で、グローバル資本主義を拒否したブータンとキューバに、羨望の目が向けられているのが興味深い。さらに自然との共生を重視してきた日本人の思想を見直し、「商人道」から発した日本の商慣習を評価し、日本の自動車産業の成功の理由をそういうところに見ている。

 その一方で、批判した資本主義を「歴史を逆行させることはおそらく出来ないだろう」とあっさりと認めてしまう。資本主義のルーツにまで遡りながら、根本的な見直し議論が欠落する。


 ◇ 『小泉改革の大罪と日本の不幸 格差社会、無差別殺人
── すべての元凶は「市場原理」だ』

昨年末の「週刊現代」に寄稿した中谷巌氏の論文

 中谷巌氏は、小泉純一郎・元首相や竹中平蔵・元経済財政政策担当大臣とは思想的に近く、「米国式市場万能論」の信奉者として「日本の米国化」を強力に推進してきたエコノミストであったが、過去の自分の主張には大きな過ちがあったと「懺悔」をしているようだ。「週刊現代」の記事の冒頭部分には、こうあります。

豊かな中流階級はどこへ消えた

 私、中谷巌はいま、これまでの自分の主張が誤りだったと率直に反省しています。1990年代、細川内閣や小渕内閣で首相の諮問機関のメンバーだった私は、規制緩和や市場開放の旗を熱心に振り続けました。 そして小渕内閣の「経済戦略会議」議長代理として発した提言は、その後、同会議の委員だった竹中平蔵さんによって引き継がれ、彼が小泉内閣で政策立案の中心人物となったときに、小泉構造改革の一環として実現していきました。

 小泉構造改革は日本にアメリカ流のグローバル資本主義を持ち込みました。間接的にですが、その改革に参画した私は、小泉・竹中氏同様、日本社会に構造改革を持ち込んだ張本人なのです。 しかし、いきすぎた構造改革は日本社会の良き伝統を壊す強烈な副作用を生み出しているように思われます。貧困層の増大、異常犯罪の増加、ぬくもりのある社会の消失などです。「これはいけない」と、私は自らの主張が誤りだったと悔恨の念を持っています。

 「すべての改革が不要だった」と言っているわけではありません。ただ、改革は人々が幸せになるための手段です。構造改革で日本人は幸せになれたでしょうか? 多くの人々を不幸に陥れてしまう改革は、改革とは呼べないのです。

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 ※ エコノミストにはもとより、「幸福論」があるとは思わない。国民の福祉には経済の安定が不可欠だが、政治の力により国民の幸福がもたらされるなどとは、誰しも思うまい。ただ、日本の国の仕組みが明治以降、「殖産興業」に凝り固まり、産・官・学の癒着から一歩も出れない状況で百年余が経過している。これこそが日本の不幸であり、有権者の怠慢のしからしむるところ。

 ※ ネオ・コンとは:ブッシュ政権を操った政策集団。「新保守主義派」(ネオ・コンサバティブ)と“保守”を名乗りながらも、“急進的改革”の旗を振った彼等。その世界戦略の破綻は、文字通り世界規模の経済恐慌をもたらした。

 対米追従を抜け出せない日本の外交、米国市場偏重の輸出体質から脱却できない日本経済。親亀コケたら小亀・ニッポンもコケてしまう現状を、どう乗り切るのか。



 三菱UFJリサーチ&コンサルティング・中谷巌のページより
 http://www.murc.jp/nakatani/

 「資本主義はなぜ自壊したのか?」 2009.01.20 理事長 中谷巌

 昨年末に「資本主義はなぜ自壊したのか」という著書を出版させていただいた(集英社インターナショナル)。その意図は、国の方向性は市場参加者の意図が反映される「市場メカニズム」に任せるべきだという「新自由主義」的な考え方で進んできた日本の「改革」路線では、日本社会の良いところが毀損していくのではないか、マーケットだけでは日本人は幸せになれないのではないかという疑問を率直に示すことにあった。

 私が昔、「改革」の積極的な推進者であったことを自戒する内容であったことから、思いのほか、世の中から大きな反響をいただいた。「何をいまさら」という批判、「中谷は守旧派になったのか」という批判など、反響の中身はきわめて多様であった。改めて世の中に「発信」することの責任の重さを感じさせられた次第である。

 メディアにもたくさん取り上げていただいたが、中には、私があたかも「マーケット」や「改革」そのものに反対しているように受け取られる報道がなされてしまったこともあるが、これは本意ではない。なぜなら、私は「改革」そのものを否定しているわけではなく、日本社会の素晴らしさにさらに磨きをかけることができるような、明確な政策意図を持った「改革」が必要だと主張しているに過ぎないからである。

 繰り返しになるが、「なんでも市場に任せるべき」「国がどうなるかは市場に聞いてくれ」という新自由主義的な発想に基づく「改革」は、無責任だし、危ないのではないかということを強調したかったのである。実際、グローバル資本主義は巨大なバブル崩壊を招来し、世界経済に多大の損害を与えたし、平等社会を誇っていた日本もいつの間にかアメリカに次ぐ世界第2位の「貧困大国」になってしまった。そのほかにも、医療難民の発生、異常犯罪の頻発、食品偽装など、日本の「安心・安全」が損なわれ、人の心も荒んできたように見える。これを放っておいてよいのかという問題意識である。

 新自由主義的改革においては、「個人の自由」を「公共の利益」に優先させ、あとは小さな政府の下、「市場にお任せ」すれば経済活性化が可能になるという考え方をとるが、それが上記のようなさまざまな副作用を生んでしまった。したがって、「改革」は必要だが、それはなんでも市場に任せておけばうまくいくといった新自由主義的な発想に基づく「改革」ではなく、日本のよき文化的伝統や社会の温かさ、「安心・安全」社会を維持し、それらにさらに磨きをかけることができるような、日本人が「幸せ」になれる「改革」こそ必要であると考えたわけである。

そのための方向性はこれからもっと勉強しなければならないが、とりあえずは、「貧困大国」の汚名を返上する改革が必要だろう。底辺を底上げし、貧困層が社会から脱落していくのを防ぐこと。このことが重要なのは、「日本の奇跡的成長の原動力であった中間層の活力を回復しないと日本の将来はない」と考えるからである。日本が富裕層と貧困層に2分されてしまえば、社会は荒み、日本の良さが失われるだろう。

 もう一つは、明治以来の中央集権体制を解体し、「廃藩置県」に匹敵するくらいの大きな制度改革を断行することである。中央官庁に集結した優秀な官僚が今度は疲弊した地方を再生させるために地元に戻り、彼らに自分の故郷が文化の香り豊かな元気いっぱいの地域にする術を死にもの狂いで考えてもらう。これくらいの大改革が必要だと思う。

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