今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

全体表示

[ リスト ]

 平成21年2月18日(水)昨日:小沢氏がクリントン長官と異例の会談。

 民主党の小沢一郎代表は17日夜、クリントン米国務長官と都内のホテルで会談。米国務長官が野党党首と個別会談するのは異例。小沢氏は米国の単独軍事行動主義に異論を唱えているが、在日米軍再編や中東政策などをめぐる突っ込んだ議論は控え、政権交代をにらんだ「顔合わせ」にとどまるとの見方が強まっている。
イメージ 1
 会談について小沢氏は17日昼、福岡市内で記者団に「私から面会を申し入れたわけではないので、私から話すことはない。向こうが意見を聞きたいということなら言う」と語った。 小沢氏は、米側から持ちかけられた会談を一旦はキャンセルした。その後、山岡賢治国対委員長が会談実現に動き、図らずも今回の同長官の来日中の会談相手の中で“トリ”を務めることになった。

イメージ 2
 対応が揺れた理由について小沢氏は15日、「選挙活動の方が大事だ。彼らだって大統領選の時は選挙一色だ。『夜でもいい』とまで配慮して会いたいというなら断る理由はない」と語った。 小沢氏は最近、「日米同盟は大事だが、オレは米国を信用していない。米国はいろいろ負担を求めてくるだろうが、迎合してはだめだ」と周囲に語っている。 同党幹部は「具体的な中身のある会談にはならない」としており、歯にきぬ着せぬ“小沢節”は封印された可能性が強い。

 ◇ 美濃中西部に震度4、津波の心配なし
イメージ 3
 気象庁によると、18日午前6時47分ごろ、中部地方で地震がありました。震源地は福井県嶺北。震源の深さは10キロ。地震の規模を示すマグニチュードは5.1と推定。この地震による津波の心配はありません。 震度4を観測したのは岐阜美濃中西部。震度3を観測したのは、福井嶺北、福井嶺南、長野南部、愛知西部、三重北部。



 2月18日は、岡本かの子忌です。(1939年)

 ◇ 岡本かの子(1889年〜1939年)

 大正、昭和期の小説家、歌人、仏教研究家。本名、カノ。東京府東京市赤坂区(現東京都港区)青山南町生まれ。漫画家・岡本一平と結婚、岡本太郎の母。小説家として実質的にデビューしたのは晩年だが、生前の精力的な執筆活動から死後多くの遺作が発表されました。耽美妖艶の作風。私生活では一平と「奇妙な夫婦生活」を送ったことで知られ、瀬戸内晴美の『かの子繚乱』の題材にもなった。

イメージ 4

 16歳の頃、「女子文壇」「読売新聞文芸欄」などに投稿し始める。谷崎潤一郎と親交のあった兄・大貫晶川の文学活動がこの頃から始まり、谷崎ら文人が大貫家に出入りするようになり影響を受けた。だが、谷崎は終生かの子を評価しなかったと言う。 17歳の頃、与謝野晶子を訪ね「新詩社」の同人となり、「明星」や「スバル」から大貫可能子の名で新体詩や和歌を発表する。

 21歳の時、和田英作の媒酌により岡本一平と結婚。京橋の岡本家に同居するが、家人に受け入れられず二人だけの居を構える。翌年、長男・太郎を出産。赤坂区青山のアトリエ付き二階屋に転居。

 その後は、一平の放蕩と芸術家同士の個性の衝突による夫婦間の問題、さらには兄・晶川の死去などで憔悴する。 母の死去、さらに一平の放蕩再燃で家計も苦しくなった。その中で長女を出産するが神経衰弱に陥り、精神科に入院する。 長女は死去する。かの子は一平を愛することができず、かの子の崇拝者であった学生・堀切茂雄(早大生)と一平の諒解の下で同居するようになり、次男を出産するが、間もなく死去する。

 かの子と一平は宗教に救いを求め、プロテスタントの牧師を訪ねるが、罪や裁きを言うキリスト教では救われなかった。その後、『歎異抄』によって生きる方向を暗示され、仏教に関するエッセイを発表するようになり、仏教研究家としても知られるようになる。

イメージ 5

 1929年、『わが最終歌集』を刊行して小説を志す。12月から一家をあげてヨーロッパへ外遊。太郎は絵の勉強のためにパリに残り、かの子らはロンドン、ベルリンなどに半年ずつ滞在し、1932年、太郎を残したままアメリカ経由で帰国。帰国後は小説に取り組むつもりだったが、世間はかの子に仏教を語ることを求め、仏教に関するラジオ放送、講演、執筆を依頼され、『観音経を語る』『仏教読本』などを刊行する。

 かの子が小説に専心したのは晩年の数年間だ。1936年、芥川龍之介をモデルにした『鶴は病みき』で作家的出発を果たす。パリに残した太郎への愛を、ナルシシズムに支えられた母と子の姿で描いた『母子叙情』、自由と虚無感を描き、当時の批評家に絶賛された『老妓抄』、女性が主体となって生きる姿を、諸行無常の流転を描いて確立させた『生々流転』などは代表作となった。1939年、油壷の宿で脳貧血で倒れ自宅で療養していたが、2月に入って急変、18日、49歳で逝去する。

イメージ 6
 ※ 高校生の頃、この人の芸術論を読み「自分の頭で考える」事を理解した。


 【参照】2月18日、東京マラソン(2007年、第一回)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/28725586.html

 【参照】2月18日、春節(2007年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/28725409.html

閉じる コメント(2)

顔アイコン

まさに波乱万丈の生きざまとはこの事ですね。あまりなじみのない方でしたので、作品を拝見していません。『生々流転』を図書館で読んでみます。

2009/2/21(土) 午前 4:04 [ kaz*_51** ]

顔アイコン

検索からの訪問です。
素敵な記事をありがとうございます。

2011/2/23(水) 午前 6:39 チー


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事