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平成21年2月22日(日)昨日:山崎氏警告「小泉氏処分するな。何するかわからない」 小泉元首相が定額給付金を配るための第2次補正予算関連法案の衆院再議決に欠席すると表明した問題で、長年の盟友である自民党の山崎拓元幹事長は21日、「欠席が小泉氏だけなら、処分しないほうがいい」と述べ、不問に付すべきだとの考えを示した。福岡市内で記者団に語った。 山崎氏は、党執行部が処分を検討していることについて「あらかじめ(不問にすると)言うと追随者が出るので、今の対応でいい」としつつ、「小泉氏は何をするかわからない。万が一、離党すると自民党は壊滅的打撃を受ける」と指摘した。 2月22日(日) 仏滅 八白 [旧暦一月二十八日] <猫の日> 2月22日を「ニャン・ニャン・ニャン」と洒落た日。 <食器洗い乾燥機の日> 食後のゆとりで夫(2)婦(2)にっ(2)こり。 <いじわる爺さんの日> ジ(2)ジ(2)イニッ(2)コリ? 2月22日は、MSのXboxが日本で発売された日です。(2002年) Xbox、マイクロソフトが開発販売したコンシューマ用ビデオゲーム機。アメリカでは2001年11月15日に、日本では2002年2月22日に、欧州では2002年3月14日に発売されました。 当初、マイクロソフトはセガのドリームキャストに自社開発のOS、Windows CEを提供して技術協力していた。その後、ドリームキャストが営業的に失敗すると、マイクロソフト自身がゲーム業界に参入する。背景には、セガとの路線対立や、SCEや任天堂に提携を断られた事があるとも言われる。 コンピューター用のOSでは圧倒的なシェアを握るマイクロソフトが、ゲーム機をプラットフォームにして、エンターテインメントビジネス、次世代のネット家電でも主導権を握ろうと経営戦略を大きく転換させる布石であった。 2000年3月、日本国内のPS2発売のわずか数日後に、MSはゲーム機参入を発表する。当時ソニーグループは、PS2でWintelに挑戦すると宣言しており、SCEがトップに君臨するゲーム業界にマイクロソフトが逆に挑戦するという構図になったことで話題を集めた。 マイクロソフト社内での初期のコードネームは「プロジェクト・ミッドウェー」で、ゲームコンソールとPCとの中間的位置づけ(midway)を目指すことと、ミッドウェー海戦になぞらえた日本への反攻開始の意味が込められていた。 大コケした“黒船”Xbox 日本のゲーム機市場に他国のメーカーが本格参入した例は、3DOなどごく僅かなため、Xboxの上陸は黒船に例えられて話題を集めた。2002年2月22日の日本市場発売に合わせてビル・ゲイツが来日し、『笑っていいとも!』に生出演したり、X JAPANのYOSHIKIを起用したりと、大規模な宣伝活動をした。 しかし、ゲーム機はハードではなくソフトであると言う、当たり前の事がビルには分かっていなかった。 発売当初、ソフトのラインナップがライバル機種にかなり見劣りすること、ゲーム機本体が「巨大な弁当箱」と表現されるほど馬鹿でかく、日本の住宅事情にマッチしないなどの理由で、話題性の大きさに反して店頭に在庫山積の状況が続いた。 加えて日本での発売直後、「プレイ中にDVDやCDのメディアに傷が付く」という問題が指摘された。米国などではさほど問題視されなかったが、日本国内ではクレームが相次いだ。マイクロソフトは、「傷物」を嫌う日本の消費者心理を読み誤り、当初は「メディアに傷が付いても再生には支障が出ないので問題はない」と説明するなどの対応をしてしまう。その後、MSは無償での本体修理とメディア交換に応じたが、イメージダウンを払拭することは出来ず、売上げ低迷に拍車をかけた。 Xboxは、高性能の画像処理能力を持ち、開発環境にWindowsでも使用されていたDirectXを採用したことから、製作コストが抑えられるとしてソフトメーカーからの評価は高かった。コナミやカプコンのようにハード発売前の早い段階から本格参入を表明するメーカーもあったが、販売台数の伸び悩みで方針転換を余儀なくされた。 他国では一定のシェアを獲得したものの、日本市場ではPS2や任天堂ゲームキューブといった国内メーカーの強力ライバル製品に太刀打ちできず、Xboxのシェアはごくわずかに留まる。ハードが売れなければ、キラーソフトも生まれないと言う悪循環に陥った。 次世代機 Xbox 360 に提供されている Xbox Live ではクレジットカード決済の他、プリペイドカード、郵便局のATMやコンビニの決済なども用意している。 日本での発売当初の希望小売価格は、34,800円だった。その後、激しい価格競争にさらされ、2004年5月に発売された「Xboxプラチナパック2」は、ゲームソフト2本、追加のコントローラ、DVDビデオ再生キットなどを追加した上、19,000円(税別)にまで希望小売価格を下げた。 北米をはじめ日本以外の地域では、プレイステーション2に次ぐシェアを獲得し、全世界での累計販売台数は任天堂ゲームキューブを若干上回る。『Halo』、『Halo 2』など爆発的にヒットする作品も生まれた。2005年には、日本国外で初めてゲーム関連事業の単年度黒字を達成する。 ※ 「Xbox」は何故、日本で失敗したか? 箱の中に「X」を描くと、それは「凶」になる。遅まきながらそれに気づいたビル・ゲイツは、後継機には四角い筐体をフォローすべく、360の数字を加えました。360とは、もちろん円を表す数字です。これで凶運を払拭したMSは、徐々に日本市場に喰い込む事に成功しました。ホント、ご縁ですね。 日本とは、げに言霊の国なるぞ。 |

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