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平成21年3月5日(木)昨日:法廷とは癒しではなく、戦いの場。 法廷内暴言で「二重に傷ついた」被害者、再出廷できず 被害者参加制度を利用しようとしていた被害者の女性に、男性被告が法廷内で暴言を浴びせた事件で、女性は東京地裁で4日に開かれた公判で被告に直接質問することを断念、法廷に姿を見せなかった。「ショックを受けて出席できなくなり非常に悔しい。二重に傷つけられた」とする陳述書を裁判所に提出した。 暴言を浴びせたのは、女性に対する傷害罪に問われている渡部栄治被告(43)。2月9日の公判で、証言中だった女性に向かって「またやってやる」などと叫び、証人威迫罪などで逮捕・起訴されている。この日の公判では、女性の弁護士だけが参加して被告人質問を行い、懲役3年の実刑を求める意見を述べた。 ※ この5月から始まる裁判員制度。一審が拙速裁判にならないことを願う。裁判官が、争点や証拠の絞り込みを強要したりしないか。あるいは、判例を楯に取り裁判員の意志を圧殺しないか。たとえ一審のみとは言え、一般人の判断を司法に反映できるのかどうか。それは議論を戦わせることによって実現できる。妥協、迎合、馴れ合い、萎縮からは、新しきものは生まれない。 3月5日は、「ミス・コンテストの日」です。 ミス・コンテストの日:1908年3月5日、時事新報で掲載された「良家の淑女」写真コンテストの入賞者発表を掲載しました。これが日本のミスコンの起源だとされています。 1等に選出されたのは小倉市長・末弘直方の四女・ヒロ子嬢で、学習院女子部3年に在学中だった。コンテスト参加は学習院で大問題となり、彼女は退学処分になった。 ◇ 東京百美人( The One Hundred Beauties of Tokyo ) 明治24年(1891年)7月、開業半年を迎えた浅草公園の高塔・凌雲閣で、「百美人」と呼ばれる催しが行われました。当時の有名芸妓百人の写真を展示し、投票によって美人を選抜しました。日本初の美人コンテストといえる催しだった。 2009年3月5日(仏滅)啓蟄 啓蟄の庭とも畠ともつかず 安住 敦 啓蟄や押し方馴れし車椅子 三村八郎 わが肩に虫のとまりし啓蟄ぞ (啓拙) |

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