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平成21年3月9日(月)昨日:「自民には及ばない」政府高官発言は漆間氏。 河村建夫官房長官は8日午前、フジTV、NHKの番組で、西松建設の巨額献金事件に絡み事件が「自民党に及ぶことは絶対ない」と発言した政府高官は漆間巌官房副長官であることを明らかにした。 民主党の鳩山由紀夫幹事長は8日、西松建設の巨額献金事件が自民党には及ばないと発言した政府高官が漆間巌官房副長官と判明したことについて「大いに問題がある。検察と内閣が通じ合っていたと思わざるを得ない」と述べ、国会で厳しく追及する考えを示した。 鳩山氏は「隠蔽工作としか思えない」と不快感を示した。一方で「いたずらに検察批判や国策捜査とは言うつもりはない」とも強調。 ※ 小沢支持&小沢離間策、両睨みの微妙な舵取り。 違法献金とは、そもそも自民の“お家芸”。小沢氏と同様のことは自民の大センセイ方、皆さんやっておられるでしょう。肝心なことは目先の正義ではなく、官僚支配体制にどうブレーキをかけるかと言うことです。 ◇ 「オフレコ懇談」の欺瞞性、今に生きる“大本営発表” 漆間氏は今月5日、匿名で記者団に政策などの背景説明をする「オフレコ懇談」の場で、例の発言をした。記者団からさらに、「民主党だけ捜査するとなると、国策捜査だと言われかねないのではないか」と尋ねられると、「国民は、そう思いますかね。(自民党は)金額が違いますから。あの金額で、違法性の認識があったというのは難しいと思う」と語った。 報道各社は、「政府筋」「政府高官」などの表現で発言を報じた。各社が加盟する内閣記者会は7日、漆間氏に名前の公表を求めたが、同氏は「オフレコ発言をさかのぼって公表できない」として了解しなかった。 河村長官は8日の番組出演後、記者団に「オフレコ懇談といえども、説明責任を果たさないといけない。いつまでも『オフレコだから知らない』で済む話かどうか、判断しなければならないと思った」と説明。麻生首相からも7日夜、「副長官が説明責任を果たすべきだろう」と電話で指示を受けたことを明らかにした。 ※ 曰くオフレコとは、「ホントの事を言うとね … 」ってハナシな訳。つまり日常的に記事にされている政府筋のネタとは、どうでもいいようなヒマネタって事ですよね。情報化時代って言うことは、価値ある情報はおいそれとは手に入らない時代ってことですね。 3月9日は、篠田正浩の誕生日です。(1931年) ◇ 篠田正浩(岐阜市出身の映画監督) 岐阜県立加納高等学校、早稲田大学第一文学部卒業。高校時代は400mの選手だったこともあり、大学入学時に早大競走部に入部、箱根駅伝出場の経験を持つ。妻は岩下志麻、美術家の篠田桃紅は従姉。なぜか、広島カープファンである。 ◇ 映画「瀬戸内少年野球団」(1984年) 製作:YOUの会、ヘラルド・エース 製作者:原正人 配給:日本ヘラルド 監督:篠田正浩 脚本:田村孟 企画:海老名俊則、黒井和男 プロデューサー:飯泉征吉、山下健一郎 撮影:宮川一夫 音楽:池辺晋一郎 美術:西岡善信 主題歌:クリスタルキング「瀬戸内行進曲(IN THE MOOD)」 出演:夏目雅子、渡辺謙、郷ひろみ、岩下志麻、島田紳助、 辰巳努、山内圭哉、大森嘉之、佐倉しおり、大滝秀治、加藤治子、 ちあきなおみ、内藤武敏、浜村純、沢竜二、伊丹十三、不破万作、 清水のぼる、河原崎次郎、谷川みゆき ※ 渡辺謙が義理の姉・夏目雅子に“ひつこく”言い寄るイヤな奴で、こんな役者ロクなもんじゃないと思ったけど、今やハリウッド・スターです。 この映画は、夏目雅子の気品とせつなさ遣る瀬なさを背景に、戦後日本のありようを描いたもの。父と共に観ました。夏目雅子の記念グッズを買い求めました。 Glenn Miller/In The Mood ※ 映画「瀬戸内少年野球団」に使われました。 ◇ 映画「スパイ・ゾルゲ」(2003年、篠田正浩のラスト・フィルム) 実在のスパイ、リヒャルト・ゾルゲの半生を描く全編3時間超の大作。全編、HD24Pによるデジタル撮影、CGによる合成などで、映像としては大いに話題を集めたが、興行的にはふるわなかった。映像に見る戦前の東京は、なにやらゆかしげに思えた。ゾルゲにイアン・グレン、尾崎秀実に本木雅弘、東条英機には竹中直人がはまっていた。他に、近衛文麿公爵に榎木孝明、昭和天皇に花柳錦之輔が演じています。岩下志麻は近衛文麿夫人・千代子を、篠田正浩自身も山崎淑子(小雪)の父親役で顔を出しています。 ※ ゾルゲは極めて正確な情報をソ連にもたらし、今も英雄として高く評価されている。尾崎秀実は売国奴として葬りさられた。個人の理想は、国家の前には余りにも無力だった。 ◇ 「遺書」 尾崎秀実(ほつみ) 拝啓 昨日はおいそがしいところを貴重な時間を割き御引見下され有難う存じました。先生のいつに変らず御元気な御様子をまことに心強く存ぜられました。さてその際先生より私身、後のことについて御示唆がありましたので、遺言と申す程のことはありませんが、家内へ申し伝えたい言葉を先生までお伝え致しおき、小生死後先生よりお伝え願ったらいかがなものかと、ふと心付きましたのでこの手紙を認めました次第でございます。実はこれらのことは家内への手紙にも書きましたのですが、どういうものか家へその書信が到着しておりません。或いは事柄があまりに強く響き過ぎますため、家内のものへ与える衝撃を慮っての検閲者の親切心のためかとも存じますが、ともかく私としても気もちよく語れる事柄でもありませんが、用件には違いありませんから申し残したいと存じます。そんなわけでありますから、どうか先生から家内へお伝えの場合も、小生の死後にお願い致し度く存じます。 一、小生屍体引取りの際は、どうせ大往生ではありませんから、死顔など見ないでほしいということ、楊子はその場合連れて来ないこと。 一、屍体は直ちに火葬場に運ぶこと、なるべく小さな骨壺に入れ家に持参し神棚へでもおいておくこと。 一、乏しい所持金のうちから墓地を買うことなど断じて無用たるべきこと。勿論葬式告別式等一切不用のこと(要するに、私としては英子や楊子、並びに真に私を知ってくれる友人達の記憶の中に生き得ればそれで満足なので、形の上で跡をとどめることは少しも望んでおりません)。 <中略> 私が妻子に只一つ大きな声で叫びたいことは、「一切の過去を忘れよ」「過去を棄てよ」ということです。私が昔からそれとなく云いつたえ、ことに過去二年九カ月にわたって何とかして分からせたいと考えて云ったり書いたりしたことはただそれだけだったのです。お金がもはや頼りにならないことは事実が否応なしに教えた筈です。物と雖もやがて同様です。結局それは過去の残骸です。否そればかりでなく、過去の記憶にすら捉われてはならない時です。一切を棄て切って勇ましく奮い立つもののみ将来に向って生き得るのだということをほんとに腹から知ってもらいたいというのです。 <中略> 私の最後の言葉をも一度繰り返したい。「大きく眼を開いてこの時代を見よ」と。真に時代を洞見するならば、もはや人を羨む必要もなく、また我が家の不幸を嘆くにも当らないであろう。時代を見、時代の理解に徹して行ってくれることは、私の心に最も近づいてくれる所以なのだ、これこそは私に対する最大の供養であると、どうぞお伝え下さい。 この私の切なる叫びが幾分でも妻子の心にとどくならば私は以て瞑します。これ以上何の喜びがありましょう。(このこともまた私の死後機会を見て先生からよく了解の行くようにお話し下さい。今いえばただ私の身勝手に過ぎず、妻子をいたずらにつき放して一人うそぶいているように思われるおそれがありますから。) そうはいうものの私は心から妻に対して感謝しております。そうして「心からお気の毒であったと思っている」とお伝え下さい。一徹な理想家というものと、たまたま地上で縁を結んだ不幸だとあきらめてもらう他ありません。 平野検事のお心づくしも有難う存じました。先生からどうぞよろしくお伝え下さい。なお同検事は御存知のことと存じますが、私は目下ここの所長さんの御好意によって自由な感想録を書かしていただいています。これは門外永久不出で単に所長さんにだけ読んでいただく、それも私の生前にはお目にかけないということにして御諒解を願っております。従ってそれはただ私のたのしみのために書いているようなものであります。いわば大波の来る前に砂浜の上に書いた文字のようなものであります。ただ私の態度は湖水の静かな水のようにその上を去来する白雲や時には乱雲や鳥の影や、また樹影やらを去来のままに映し来り映し去って行きたいと思っています。 世界観あり、哲学あり、宗教観あり、文芸批評あり、時評あり、慨世あり、経綸あり、論策あり、身辺雑感あり、過去の追憶あり、といった有様で、よく読んでいただけば何かの参考にはなろうかと思っております。併しもとよりそれを目的に書いているのではありません。ただこれは先生に私がこんなものを物しているということだけを知っておいていただきたいと存じたまでであります。時世のことについては最早何事も申しません。ただ小生の胸中お察し下さい。
国家のため先生のご自愛のほど祈る念ますます切なるものがあります。
堀川先生はじめ皆様へよろしくお伝え下さい。 昭和十九年七月二十六日 尾崎秀実 頓首再拝 竹内老先生 玉案下 追白、一番暑熱の必要なこの頃、この涼しさはお米のことが心配になります。 (青空文庫( http://www.aozora.gr.jp/ ) 本日、3たす9は、「ありがとうの日」で御座います。 『ありがとうの歌』 水前寺清子 ※ 何ともキレのいいヴォーカル、ふっきれます。 |

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