今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成21年3月21日(土)西松事件:小沢氏の関与確認されず、地検は聴取見送り。

 西松建設が民主党の小沢一郎代表の資金管理団体に違法献金したとされる事件で、東京地検特捜部が小沢氏の参考人聴取を見送る方向であることが19日、捜査関係者の話で分かった。小沢氏の公設第一秘書、大久保隆規容疑者の捜査の過程で、小沢氏の関与を示す証拠は確認されなかったという。 特捜部は捜査の進展状況を見ながら、小沢氏の聴取時期などを慎重に検討してきた。大久保秘書が逮捕容疑を否認していることなどから、検察当局は「小沢氏聴取の必要性は見当たらない」との判断に傾いたとみられる。

 ◇ 鈴木宗男氏「国策捜査だ」 西松献金事件で検察批判(3月14日)

 「国策捜査だという思いでいっぱいだ。私自身が国策捜査を受けたからその観を深くする」。新党大地の鈴木宗男代表は14日午後、札幌市で講演し、西松建設の巨額献金事件で東京地検特捜部が小沢一郎民主党代表の公設第1秘書を逮捕したことに関し、検察批判を繰り広げた。

 鈴木氏は「検察は狙ったら何でもできる。世論誘導し、悪い奴というイメージを植え付けてくる」と強調。小沢氏の元秘書の石川知裕衆院議員に対する事情聴取についても「検察側は前もって(報道機関に)リークした」と指摘した。逮捕された秘書の前任者が、次期衆院選に自民党公認で出馬を予定していることにも言及し「おかしい。今回の事件はどろどろしたものを感じる」と批判。

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 ※ 「検察は狙ったら何でもできる」、何を狙うかは“時の勢い”によるもの。立花氏は「特捜検察は全て国策捜査ですよ」と、事も無げに仰る。米国では、逆に時の政権をも操作し得るほどの組織があるとか。 凡そ政財界には(その他諸々世界でも … )聖人君子などは存在し得ないものだ。叩けば埃どころか、ヘドロ血みどろ百鬼夜行のオンパレードだ。検察諸君にとって、特定の人の社会的信用を下落させることなど朝飯前なのかな。 「いやな渡世だねぇー」。

 人の世に正義を求めて求め得ず、己が心に誠を求めて求め得ず、
 「世間虚仮、唯佛是真」と雖も、尚も求めて已まぬ自然清明心。



 1960年3月21日、南アでシャープビル虐殺事件が発生しました。

 1960年3月21日、トランスバール州シャープビル(Sharpeville)においてパス法(黒人に身分証明書携行を義務づける法律)反対のために集まっていた民衆数千人に対して、警察官が無差別発砲した事件。死者69名、負傷者186名を出し、その多くが背後から撃たれていた。やがて全国的規模の騒擾へと発展。1966年より、この日は「国際人種差別撤廃の日」となっています。

 南アフリカ連邦のヨハネスバーグ郊外にある黒人居住区シャープビルでのパス法に抗議するアフリカ人デモに対する白人警官の無差別発砲事件で、政府は非常事態宣言を発動して事態を鎮静化し、反アパルトヘイト運動の中心的組織であるアフリカ人民族会議などを非合法化した。このため反アパルトヘイト運動の活力は大きく低下することになった。

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 ◇ アパルトヘイトの終焉

 「隔離」を意味するアフリカーンス語で、特に南アフリカ共和国の極端な人種隔離・人種差別の政策と制度全体をさす。同国では少数の白人(517万)が、黒人(3036万)カラード(白人と非白人の混血344万)アジア人(主としてインド系103万。以上1994年推計)を政治的、経済的、社会的に差別してきた。

 白人優越主義に基づくこの人種差別は、17世紀半ばのオランダ人の入植開始以降徐々に制度化されていったものである。そして1948年のアフリカーナー(ボーア人)を基盤とする国民党単独政権成立後、より徹底した人種隔離・差別政策・制度へと再編成され、アパルトヘイトと呼ばれるようになった。

 アパルトヘイトのねらいは、少数白人の絶対的優位の維持であり、そのために政治・経済・社会、文化など人間生活のあらゆる分野で非白人を差別し、最終的には非白人を人種グループごとに別個の社会へと隔離してしまうことであった。

 1970年代半ばまでは非白人の参政権の否定、白人と非白人の結婚や性交渉の禁止、人種差別居住区の設定、非白人の移動の自由の制限(パス法)など人種差別的制度の拡充に力点が置かれていた。しかし、1975年のポルトガル植民地解体などによりアフリカ南部における南アの孤立が深まると、差別を緩和しながら人種隔離を急激に推し進める方向へ転換し、かねて黒人自治地域として設定されていたバントゥー・ホームランドに次々に独立を付与し始めた。

 しかし内外の非難、抵抗運動が強まるなかで、1983年憲法によりカラード、インド系人にも参政権を認め(人種別三院制議会)、1985年以降雑婚禁止法、背徳法、パス法などの差別法を廃止していった。さらに内外の圧力が一層高まるなかで、1991年6月デ・クラーク大統領はついにアパルトヘイト全廃に踏み切った。1994年4月27日、ついに初の全人種選挙が行なわれ、アパルトヘイトは終焉する。この選挙で成立したマンデラ政権のもと、ポスト・アパルトヘイト社会の構築が開始された。

 【参照】2月11日、ネルソン・マンデラ解放(1990年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/46934290.html


 【参照】3月21日、柳 宗悦の誕生日(1889年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/41152153.html

 【参照】3月21日、日本初のカラー映画『カルメン故郷に帰る』封切り(1951年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/30177654.html

 【参照】10代には、「タミフル」 原則禁止(2007年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/30180889.html

 【参照】大相撲13日目、朝青龍が連敗!(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/41164028.html

 【参照】橋下知事に噛み付いた女性職員って、だれ?(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/41154217.html

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