今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 ◇ WBC連覇の陰でクローザー・藤川球児の苦悩(3月25日)

 試合後の表彰式、球場一周、インタビュー、シャンパンファイト …、選手は多いに盛り上がった。だが、連覇に沸く選手の中で只一人、悔しい思いをしている選手がいた。「(代表は)僕はもういいよ」と発言したとも報じられている藤川球児(阪神)だった。 今大会、抑えに指名された藤川だが、1次ラウンドから調子が上がらず、準決勝、決勝という大事な試合では、指定席であったはずの守護神の座を先発要員のダルビッシュに譲った。

 藤川自身、今月発売された著書『未熟者』の中で、WBCについて苦悩していたことを明かしている。「ペナントレースでは僕のほうが通用しても、一発勝負に勝てるピッチャーは他にいるんじゃないか。そういう選手を連れて行ったほうが、日本野球の真髄に近づけるんじゃないか。そう考えていた。でも、原監督から『お前はトップにいる。だから、どうしても必要なんだ』と言ってもらえたとき、とても幸せなことだと感じた」。

 この発言は、北京五輪で星野監督から信頼を勝ち取れなかったことが要因となっている。「僕は星野仙一監督に、本当の意味で信頼されていなかったと思う。最初にそう感じたのは、アジア予選の韓国戦で出番がなかったとき」(同書より)。

 前回WBC、北京五輪での雪辱を期す意味でも臨んだ今大会だったが、シーズン中に比べ走らない直球に首脳陣が不安を抱き、守護神の座から陥落した。またしても満足できない結果に終わった藤川の国際大会だった。

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 ※ 祝勝会で岩隈とサムアップのポーズをとる藤川投手。


 ◇ 絶対的守護神だったはずの球児 …(3月13日)

WBC・強化試合の日本 − カブス(12日、アリゾナ州メサ)で、3−1と2点リードの9回裏に藤川球児が救援した。無死二塁からカブス田口に適時二塁打を許し1点差に迫られたが、そこからは2者連続三振。「そんなに悪くはなかったと思います」と自らは語った。

 侍の守護神・藤川が投じた1球に球場全体がどよめいた。得意とする浮き上がるような剛速球ではなかった。9回2死二塁、打者ディーズへの3球目。手元で滑ったボールは打者も捕手もはるかに越えて、バックネットに直接ぶち当たった。

 与田投手コーチは「心配なのは藤川だけ。どうしても(球が)滑っている」と、乾燥気候とボールへの対応を課題として挙げたが、左腕山口、右腕馬原らの中継ぎを経て、勝ちパターンの最後は藤川という構想に変わりはなかった。 山田投手コーチは「最後は悪いなりに締めたよ。結果や調子うんぬんではない。こういう形でいくということ。球児で行くという方針で決めていますから」と言い切った。ただし、「もう少し球威は欲しかった」との注文もつけた。

 藤川も努めて前向きな姿勢だった。滑りやすいボールについて「気候じゃないですかね。気候もあるでしょうし、しっかりと練習して臨みたいですね」と、さほど気にとめるつもりもなかった。年末年始にロス郊外で自主トレを行ったのもWBCのため。しんがりを務める藤川の心意気に、惑いはなかったはずなのだが … 。

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 ◇ 阪神首脳陣の不安

 クローザーとしての期待を背負って勇躍渡米したはずの藤川球児投手(28)が、ロサンゼルスの決勝ラウンドでは出番もなく不完全燃焼に終わった。肝心なところで脇に追いやられた形で、精神的ダメージは勿論のこと、体調面に問題があるようならなおさらのこと心配される。

 藤川、岩田ともに準決勝、決勝の2試合では出番なし。岩田は17日の韓国戦の押し出し四球で評価を落としたのは仕方ないとして、藤川はストッパーの役割を先発ダルビッシュに取って代わられた。2006年の第1回WBCでも4試合に登板したがサヨナラ打を浴びるなど結果は芳しくなかった。王ジャパンは世界一となったが、帰国後しばらくは「自分はたいしたことやっていない」と精彩を欠いていた。

 日本代表チームの解散後すぐにチームに合流予定だが、久保康生投手コーチは1ヶ月以上、2人の状態を直に確かめられなかっただけに、「ずっと見たいと思っていたんですよ。27日にも見たいね」と福岡遠征から帰阪後すぐにブルペン投球をチェックしたい考えを示した。

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