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平成21年3月31日(火)本日:麻生首相、「赤字国債辞さず」表明へ。 麻生首相は31日昼、政府・与党に2009年度補正予算案を含む追加経済対策の策定を指示する際、「赤字国債を発行することも辞さない」との考えを表明する。10兆円を超える規模の大型補正を求める声が与党内から上がる中、赤字国債発行も検討対象に含める方針を示し、財政出動に積極的な政権の姿勢をアピールしたい考え。 首相は策定の時期については4月中旬をめどにするよう指示する方針。政府・与党内では、大型連休の前後との観測が大勢を占めていたが、前倒しすることでスピード感を持った景気対策を強調したい考えだ。また解散・総選挙の時期について、フリーハンドを確保したいとの意味合いもあるようだ。 ※ 平時にさんざん大盤振る舞いをしてきたのだから、「百年に一度」と“呪文”を称える昨今にあって、赤字国債ごときを躊躇ういささかの理由も見当たらないだろう。 3月31日は、「会計年度の最終日」です。 ◇ もう少し生きよう桜が美しい 青木敏子 桜が美しい、と言いきったこの句のさらなる眼目は、もう少し、にある。あと何回この桜が観られるか、とか、桜が咲くたびに来し方を思い出す、といった桜から連想される思考を経ているのではない。目の前の満開の桜の明るさの中にいるうちに、ふと口をついて出た心の言葉だろう。今を咲く桜は、咲き満ちると同時に翳り始め、散ってゆく。それでも目の前の桜はいきいきと輝いて、作者に素直な感動と力を与えた。何回も繰り返して読んでいるうち、考えて作ったのではなく、感じて生まれたであろうこの句の、もう少し生きよう、という言葉がじんわりしみてくるのだった。 (「愛媛新聞」2007年12月15日付所載、今井肖子) ドイツ民謡 「故郷を離るる歌」 ※ かつて女学生の愛唱歌として親しまれたセンチメンタルなこの歌。原詩は、渡りの見習い職人を主人公にしたものだった。中世ドイツで、職を求めて諸方の親方の元を転々とするフリーランサーの職人が、ひと仕事を終えて街を去る。その街で知り合った娘と最後の夜を伴にする。明ければ、「この街で見つけた恋人と昨夜は最後の一夜を明かし、彼女に別れを告げて心も軽く街を出る」、と言う何ともお気楽な男の歌だった。原題は、「 Der Letzte Abend 」(デア・レッテ・アーバント)、「最後の夕べ」。 この歌はやはり原詩を忘れて、日本の愛唱歌として鑑賞した方が良いようだ。 ※ なにごともなさぬままにて弥生尽く ◇ 『殯(もがり)の森』(2007年)河瀬直美監督、二度目のカンヌ受賞作品 冒頭に土葬の様子が克明に描かれる。俯瞰と長回しで捉えられた時の流れの侘しさ、響き渡る読経の透明感、風のざわめき、ドキュメンタリー風な河瀬監督らしい映像美で表現される。 新米の女性介護士(尾野真千子)のミスで、認知症患者のおじいさん(うだしげき=アマチュア)が奈良の田舎の深い山中に脱走してしまう。彼女は彼を探して捕まえようとするが、さらに山奥に追い込んでしまい、ついには遭難してしまう。雨に降られ暗い山中で一夜を過ごす。 彼が深い山中にこだわったのは、33年前に土葬された妻の墓がそこにあるからだった。彼は、妻の元に帰りたいという想いだったのだ。 「私たちの人生には、たくさんの困難があります。けれども誰かの想いとか、光とか、風とか、亡くなった人の面影とか、そういうものに心の支えを見つけたときに、たったひとりでも立っていられる … 、私たちはそんな生き物なのだと思います。 この世界はすばらしい」 ※ 父よ母よ 吾を見そなはし給へかし ※ 1617年3月31日、江戸幕府が吉原遊廓の開設を許可。 ※ 2005年3月31日、岐阜市の「チンチン電車」最後の日。 岐阜市内線、美濃町線、揖斐線の名鉄三線が終焉を迎えた。長年にわたり住民の足となり、沿線の風景に溶け込んできた路面電車。人々の喜びも悲しみも一緒に乗せて街を駆け抜けてきた路面電車だった。併せて「市営バス」も姿を消し、バス運行は4月から岐阜バスの独占となった。 ※ 1970年3月31日、赤軍派による「よど号」乗っ取り事件が起きる。 わが国最初のハイジャック事件となる。運航乗務員を除く乗員と乗客は、福岡とソウルで解放される。身代わりとなった運輸政務次官・山村新治郎と運航乗務員、犯人グループはハイジャックされたボーイング727で北朝鮮に向かう。運輸政務次官・山村と運航乗務員はその後帰国。犯人グループは亡命。
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