|
平成21年4月4日(土)本日:北朝鮮、ミサイルきょうにも発射? 北朝鮮が「人工衛星打ち上げ」と主張する弾道ミサイルについて、北朝鮮が通告した発射の期間が4日午前11時から始まる。 河村官房長官は3日、記者会見で、関係省庁に万全の対応を期すよう指示したとし、「通常の発射なら日本上空を通過する」と、国民に平静を呼びかけた。 一方、北朝鮮が発射の観測のため、日本海に工作船を含め複数の観測船を出動させていることが分かった。日本政府は4日の発射の可能性が高いと見て、警戒を強めている。 国際海事機関(IMO)などに通告された試験通信衛星「光明星(クァンミョンソン)2号」の打ち上げ期間は4〜8日の午前11時から午後4時まで。 自衛隊はミサイルが日本の領土・領海に落下しそうな場合に備え、地対空誘導弾パトリオット・ミサイル3(PAC3)を国内5か所に、スタンダード・ミサイル3(SM3)搭載のイージス艦を海上に展開している。 4月4日は、杉村春子忌です。 ◇ 杉村春子(1906年〜1997年) 広島県広島市出身の新劇女優、本名は石山春子。築地小劇場に始まり文学座に至る日本の演劇界を支え続け、大きな足跡を残したカリスマ的女優。 広島女学院で音楽の代用教員をしていたが、築地小劇場(俳優座の前身)の旅芝居を見て感動し上京、テストを受けるが広島訛りがひどく不合格だった。だが、次回公演での背中を向けてオルガンを弾く役(台詞無し)で採用され、築地小劇場の研究生となる。こうして演劇人生の一歩を踏み出した。 築地小劇場の分裂・解散。次に加わった築地座の解散を経て1937年、岸田国士、久保田万太郎、岩田豊雄(=獅子文六)らが創立した劇団文学座の結成に参加する。以来、同座のみならず、日本演劇界の中心的存在として活躍。特に戦時1945年4月、東京大空襲下の渋谷東横映画劇場で初演された森本薫作『女の一生』の布引けいは当たり役となり、1990年までに上演回数は900回を超え、日本の演劇史上に金字塔を打ち立てた。作中の台詞、「だれが選んでくれたんでもない、自分で歩き出した道ですもの」は、女優の一生を貫いた杉村の代名詞として有名。 女帝・杉村春子? 1963年1月、感情の起伏が激しい杉村の性格と、専横とも言える劇団への統率ぶりに不満を持った芥川比呂志、岸田今日子、仲谷昇、神山繁、加藤治子、小池朝雄ら、中堅劇団員の大半が文学座を集団脱退し、現代演劇協会・劇団雲を結成する。 そんな中、1964年の正月公演用の戯曲が三島由紀夫に委嘱され、『喜びの琴』が上梓された。『喜びの琴』は、言論統制法を内閣が制定しようとしている時代を背景にしており、反共思想を固く信じる若い公安巡査を主人公にした、政治色の強い作品だった。劇中に起こる「上越線転覆事件」は松川事件を連想させる内容であり、同年9月に松川事件の首謀者とされた国労関係者20名の無罪が確定したばかりであった。 1963年11月、文学座内での話し合いの末、上演の中止が決定されると三島は文学座を退座、直後に「朝日新聞」紙上に、評論「文学座の諸君への公開状〜『喜びの琴』の上演拒否について」を発表し、上演中止に至る経緯と顛末を明らかにするとともに痛烈な批判で締めくくった。これに呼応するように矢代静一、松浦竹夫、丹阿弥谷津子、中村伸郎、賀原夏子、南美江ら、文学座の古参劇団員十数名が次々に脱退を表明する。 1964年、脱退者によりグループNLTが設立され、岩田豊雄(獅子文六)、三島が顧問として迎えられた。NLTとはラテン語で「新文学座」を表す「Neo Litterature Theatre」の頭文字で、岩田の命名だった。1968年、分裂して劇団NLTとして再編される。 杉村は、これらの脱退メンバーの大半と、その後の関係を断絶、特に反杉村を鮮明にしていた福田恆存が代表となった劇団雲に参加したメンバーに対しては、共演を頑なに拒否するなど終生許すことはなかった。文学座の主要メンバーの二度にわたる大量離脱で、創立以来最大の危機を迎え、当時の新聞は、「崩壊に瀕する文学座」と書きたてた。しかし、太地喜和子、江守徹、樹木希林、小川真由美、高橋悦史ら若手を育てることで何とか乗り切った。その結果、杉村の専横に批判的だった人物が抜けてしまったことにより、杉村の劇団に対する独裁に近い影響力はさらに拍車がかかったとも見られる。 『女の一生』のほか、『華岡青洲の妻』、『欲望という名の電車』、『ふるあめりかに袖はぬらさじ』など創作劇、翻訳劇のいずれの分野でも、リアルな女性像を描き出した。舞台のみならず、映画・テレビでも幅広く活躍した。酒もたばこもたしなまず、ひたすら仕事と恋に生きた。生涯愛した三人の男(最初の夫、森本薫、二度目の夫)には全て結核で先立たれた。しかしその都度女優として成長し、芸を追求した。 1996年、日本新劇俳優協会会長。1997年4月4日、膵臓癌のため東京都文京区の病院で死去。亡くなる直前まで台本を読んでおり、最期まで女優であり続けた。享年91。1998年、若手演劇人の育成に力を注いだ杉村の遺志を尊重し、新人賞的意味合いを持つ杉村春子賞が創設された。 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用



私が広島に住んでいたころ、文学座が来て『泰山木』を上演しました。彼女の故郷でもあり、大変な人気でした。話は別になりますが、社宅の前に、高知植物園長宅がありまして、そこに大きな泰山木が生えていました。杉本春子さんとこの木が、私の心の中で一緒になっています。
2009/4/5(日) 午前 3:26 [ kaz*_51** ]
先ほど
杉村春子さん出演の山田太一監督の邦画を鑑賞しました。
嘗て「着物はご自分で召される」とインタビューに答えておいででした
が
▶「自身の寸法に適った着付けの杉村春子」が
▶「着物姿で、そこへ立つ、そこへ座る、そこで動く」、ただそれだけで
▶「存在観は増し」
▶「凛とした美」を醸し出していた_ことに驚き感動しました。
しかも
【今時の皺伸ばし注射】もされぬ【自然顔】は
【杉村春子の個の貌】をそのままリアルに出して
【品格高く美しぃ】ものでした。
もぅ出てまいりませんね、上手くて美しい演劇人は!
.
2016/11/19(土) 午後 10:55
現在は、俳優も女優もアナウンサーも政治家も、
50代から『シワ伸ばし皮下注射を、顔中に打たれておいで』ですから
みなさんは共通して『目が細く』なり『顔中が浮腫んだ状態』で
みなさん【同じ顔】に映ります。
笠智衆さんもまた美しい、シワが美しい形態を保たれているのです。
これは演劇人としては【演技が上等になります。】
【整形とシワ伸ばしもんの演技】ならば
「ドタバタ喜劇」か「子供向け劇画ドラマ」が適宜でしょぅね。
2016/11/19(土) 午後 11:00