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平成21年4月13日(月)昨日:一茶の未発見句、2句見つかる。 江戸時代の俳人・小林一茶(1763〜1827)が残した未発見の俳句2句が、長野県内で見つかった。同県信濃町立の一茶記念館で24日から公開される。 1808年(文化5年)4月2日(旧暦)の作とみられ、縦9センチ、横34センチの紙に、「菜の虫は化して飛けり朝の月」「羽根生へてな虫はとぶぞ引がへる」の2句が書かれていた。 生涯に2万句を詠んだとされる一茶は、日記と句を同じ紙に書いた句日記を残した。「七番日記」(1810〜18年)、「文化句帖(くじょう)」(1804〜08年)は完全な状態で見つかり、日記の名もはっきりしている。今回発見されたのは、文化句帖から七番日記までの2年間をつなぐため、研究者が「六番日記」と呼ぶ句日記のうち、1日分。「六番日記」は1年分以上がまだ発見されていない。 句日記は掛け軸に張られており、同県内の古美術品店で昨年見つかった。一茶記念館が二松学舎大文学部の矢羽勝幸教授(俳文学)に鑑定を依頼し、糸を通す穴の形などで、六番日記と断定した。掛け軸には、句日記以外に、一茶が松尾芭蕉の俳句を書き写したとみられる紙や漢詩が張られていた。句日記をバラバラにして、掛け軸として売った業者がいたとみられる。 矢羽教授は「未知の作品が発見され、資料として価値が高い」と話している。 ※ 歳ふるも忘れまじくと痩せがへる 4月13日は、「喫茶店の日」です。 1888年4月13日、東京下谷上野西黒門町に日本初の喫茶店「可否茶館」開店。 これに先立つ1878年、神戸元町の「放香堂」が店頭でコーヒーを提供した(今も元町三丁目に茶商として現存)。やがて1920年代になって日本でも喫茶店が定着し、ひとつのブームとなっていった。当時コーヒーは一杯10銭だったと言う。 ◇ 『可否道』 獅子文六 コーヒーをめぐる恋愛小説で、読売新聞に連載された。当時、獅子文六氏本人もコーヒーを極めようとして胃を悪くしてしまったという。定めて古い豆を使っていたものか。新しい豆は胃をリフレッシュさせます。『可否道』は昭和38年に刊行されるが、その後、角川で文庫化された際『コーヒーと恋愛(可否道)』と改題された。可でもなく否でもない日本人的な恋愛論と、苦みばしった珈琲道が堪能できます? fresh coffee beans(焙煎後、時間が経過するほど豆はふくらまない。) ※ 起きぬけの朝の光に豆を挽く 注がれし湯にふくらむは吾 |

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