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4月16日、田村俊子忌

 平成21年4月16日(木)昨日:週刊新潮、手記の誤報認める、編集長名で謝罪記事。

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 1987年5月の朝日新聞阪神支局襲撃事件など警察庁指定116号事件を巡り、「実行犯」を名乗る島村征憲氏(65)の手記を連載した週刊新潮が、4月23日号で「手記が誤報だったことを率直に認め、お詫びする」とした早川清編集長名の謝罪記事を掲載することがわかった。

 一昨年11月に取材を始めてから今年2月5日号で連載を始めるまでの経緯について、10ページにわたり説明する異例の内容で、同誌の信用が失墜することは避けられないものとみられる。

 謝罪記事では、編集部として、島村氏の手記に疑わしい点があることを以前から把握していたことを認めたうえで、誤報と判断した決定的理由として、島村氏が連載終了後、「実行犯ではない」と語るなど、最近になって証言を覆したことをあげた。

 また、誤報を掲載することになった最大の原因については、「裏付け取材の不足」をあげた。状況証拠が積み重なったと錯覚したことや、証言が詳細だったため真実であると思い込んだこと、さらに島村氏や周辺への取材がおろそかになったことなどが背景にあったと説明している。 これについて、週刊新潮編集部は「現時点ではコメントできない」としている。

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 ※ こんな時代もあったねと、今さら嘆く身の不徳、重ねしガセネタ数知れず。


 4月16日は、田村俊子忌です。

 田村俊子(1884年〜1945年)(別名:佐藤露英、佐藤俊子、本名:佐藤とし)

 東京浅草蔵前生れ、東京府立第一高等女学校卒業、日本女子大学校国文科中退。幸田露伴に師事する。代表作は『木乃伊の口紅』、『炮烙の刑』など。官能的な退廃美の世界を描き、人気を得た。没後、田村俊子賞が創設される。


 『生 血』 (1911年9月1日「青鞜」第一巻第一号に掲載)

     一

 安藝治(あきぢ)はだまつて顔を洗ひに出て行つた。ゆう子はその足音を耳にしながら矢つ張りぼんやりと椽側に立つてゐた。紫紺縮緬をしぼつた單衣の裾がしつくりと踵を包んで褄先がしやくれて流れてゐる。 咋夜寝るとき引き被いだ薄ものをまだ剥ぎ切らない様な空の光りの下に、庭の隅々の赤い花白い花がうつとりと瞼をおもくしてゐる。

 ゆう子の椽から片足踏み出した足の裏へ、しめつた土から吹いてくる練絹のやうな風が、そつと忍ぶやうにしてさわつてゆく。ゆう子は足許の金魚鉢を見た。ふつと、興の湧いたやうな顔をすると其所にしやがんで、「紅しぼり― 緋鹿の子― あけぼの― あられごもん― 」

 と一とつ一とつ指でさして金魚に名をつけた。明け方の空が鉢に映つて、白い光りがところどころ銀箔を落したやうに水のおもてをちらつかしてゐる。緋鹿の子がお侠(きやん)に水をきつてついと走つた。

 ゆう子は鉢のわきに並べてあつた紫のシネラリヤの花を、一とつ摘んで水の中にこぼした。眞つ赤な まだ名を付けなかつた金魚が、小さなお壷口を花片にふれると、すぐ驚いたやうに大きな尾鰭を振り動かして底の方へ沈んでゆく。銀箔があちこちと、ちろちろと揺れた。

 ゆう子は立てた膝の上へ左の腕をのせて、それへ右の肱をかつて掌で額をおさへた。垂れた頭(つむり)の重みに堪へないやうに手首が他愛なくしなつて見える。眼尻のところへ拇指があたつて眼が儉しくつれた。

 ――緋縮緬の蚊帳の裾をかんで女が泣いてゐる。男は風に吹きあほられる伊豫簾に肩の上をたゝかれながら、町の灯を窓からながめてゐる。男はふいと笑つた。そうして、「仕方がないぢやないか。」と云つた。―― 生臭い金魚の匂ひがぼんやりとした。 何の匂ひとも知らず、ゆう子はぢつとその匂ひを嗅いだ。いつまでも、いつまでも、嗅いだ。

 「男の匂ひ。」

 ふと思つてゆう子はぞつとした。そうして指先から爪先までちりちりと何かゞ傳はつてゆく様に震へた。「いやだ。いやだ。いやだ。」

 刃を握つて何かに立向ひたい様な心持――昨夜からそんな心持に幾度自分の身體を掴みしめられるだらう。 ゆう子は片手を金魚鉢の中にずいと差入れて、憎いものゝやうに金魚をつかんだ。

 「目ざしにしてやれ。」

 然う思ひながら、素で着た單衣の襟を合はせた金のピンをぬきながら、掴んだ金魚を水から上げた。白金の線が亂れみだれるやうに硝子鉢の水がうごく。

 胡麻粒のやうな目の玉をねらつてピンの先きを突きさすと、丁度手首のところで金魚は尾鰭をばたばたさせる。生臭い水のしぶきがゆう子の藤鼠色の帯へちつた。金魚をピンの奥へよせる時、ピンの尖きでゆう子は自分の人差指の先きを突いた。爪ぎはに、ルビーのやうな小さい血の玉がぽつとふくらんだ。

 金魚の鱗が青く光つてゐる。赤いまだらが乾いて艶が消えた。金魚は上向きに口をぽんと丸くあけて死んでゐる。花の模様の踊り扇をひろげた様だつた尾鰭は、すぼんだやうにだらりと萎れついてさがつてゐる。

 ゆう子は其れをしばらく翳して見てゐたが、庭へ抛り投げてしまつた。丁度飛石の上へ乗つた金魚の骸へ、一と瞬(またゝ)きづゝ明けてゆく空の光りが、薄白く金魚をつつんでは擴がるやうに四方へちらけてゆく。

 ゆう子は座敷へはいつた。まだ消さずにある電氣の光りが薄樺色の反射にみなぎつてゆう子の額を熱ばませる。ゆう子は窓の下の大きい姿見の前へ行つてぴつたり座ると、傷づいた人差指を口に含んだ。――ぢりりと滲み出すやうに涙が兩の眼をあふれた。

 ゆう子は袂を顔にあてゝ泣いた。泣いても、泣いても悲しい。然し、自分の頬をひつたりとなつかしい人の胸に押あててゐる時のやうな、そんな甘つたるさが涙に薄(うつ)すりと色を着けてながれる。

 「いま指を含んだとき、自分の指に自分の唇のあたゝかさを感じた、それが何故かうも悲しいのであらう。」 ゆう子は然う思ひながら、喘ぐやうに泣いた。

 いくらでも泣ける。ありたけの涙が出きつてしまふと、ふつつと息が絶へるのぢやないか、息が絶へやうとして出るだけの涙が流れつくすのぢやないか、と思ふほど。

 泣くだけ泣いて、涙が出るだけ出て、蓮花に包まれて眠るやうに花の露に息をふさがれて死ぬるものなら嬉しからう。涙の熱さ! たとへ肌がやきつくす程の熱い涙で身體を洗つても、自分の身體はもとに返らない。もう舊(もと)に返りはしない。――

 ゆう子は唇を噛みながら、ふと顔を上げて鏡の内を見た。物の形をはつきりと映したまま鏡のおもての光りが揺がずにゐる。紫紺の膝がくづれて赤いものが見えてゐた。

 ゆう子は其れを凝と見た。そのちりめんの一と重下のわが肌を思つた。

 毛孔に一本々々針を突きさして、こまかい肉を一と片づゝ抉りだしても、自分の一度侵つた汚れは削りとることができない。――

 顔を洗ひに行つた安藝治が手拭をさげてかへつて來た。ゆう子を見るとだまつて隣りの部屋へはいつて行つた。何時の間にか女中が來てゐたと見えて、女と話する安藝治の聲がした。

 女中は直ぐ床を片付けに入つて來た。ゆう子を見ると笑ひ顔で挨拶したけれど、ゆう子は振向きもしなかつた。そうして、根深く食ひこんだやうな疲れた夢の覺めぎはのやうに、力のない身體をだらしもなく横座りしながら、頭をふつて小供のやうに啜り上げた。

 硝子戸を開け閉(た)てする宿屋の朝の掃除のやかましい音がひゞいてくる。電車のおとがぎひと鳴つて通つたとき、ゆう子はこの宿が大通りの内に家並を向けてゐることを思ひだして恐しくなつた。此家(こゝ)を出るのに何所から出たらいゝだらう、女中に頼んで裏口から出して貰はうか、ゆう子はそんな事を考へながら袂から半紙をだして、細く引き裂いて傷ついた指を巻いた。


 【参照】4月16日、川端康成忌(1972年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/31350658.html

 【参照】イヤな渡世じゃ御座いませんか。(2007年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/31372378.html

 【参照】4月16日、バージニア工科大銃乱射事件(2007年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/41719948.html

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