今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成21年5月9日(土)昨日:米の4月失業率、8.9%に上昇、25年半ぶり高水準。

 米労働省が8日発表した4月の雇用統計によると、失業率は8.9%と前月より0.4ポイント上昇し、1983年9月(9.2%)以来、約25年半ぶりの水準に達した。 非農業部門の就業者数も前月より53万9000人減と16か月連続で減少。特に今年に入り毎月50万人以上の大幅な雇用減となっており、雇用不安が続いている。

 業種別の就業者数は、住宅市場の冷え込みが続く建設業が11万人減となったほか、サービス部門が26万9000人減、製造業が14万9000人減などと軒並み減少。オバマ政権は7870億ドルの大型景気対策を実施し、2年間で350万人の雇用創出を目指しているが、しばらく改善の動きは見られそうもない。



 2009年5月9日、森光子が「放浪記」2000回公演を達成する。

 89歳の誕生日の5月9日、前人未踏の単独主演記録、通算2000回公演

 女優・森光子(88)の主演舞台「放浪記」が5日、東京・帝国劇場で幕を開け、1961年10月20日の初演以来の上演回数が1996回となった。9日の89歳誕生日に2000回を達成する。

 2000回を目前に役作りにも変化を加えたと言う。「最初に出てくるところで『ただいま』と言うんですが、声のトーンを高くしてみました。大正末期の若い子だから溌剌とした感じを出そうと思ったんです」。22回公演、約4万席のチケットは完売、2005年に収録された初の「放浪記」DVDや、篠山紀信氏撮影の写真集も発売される。

 4月下旬には五輪平泳ぎ金メダリスト北島康介も稽古場を訪問。「さわやかな方で元気をもらいました。2000回の日は感激で『何も言えねえ』ってなるかもしれません」といたずらっぽく笑った。

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 ◇ NHK「放浪記」2000回 生特番への抱負(5月7日)

 森光子(88)が7日、都内で、主演舞台「放浪記」が上演2000回を迎える5月9日にNHKで生放送される特番「おめでとう 森光子さん」(午後8時)への抱負を語った。当日は午後5時すぎまで東京・丸の内の帝国劇場で本番。記念カーテンコール後、同局に駆けつける。強行スケジュールに「時計も目を回しそう」と森も苦笑い。王貞治氏(68)萩本欽一(67)黒柳徹子(75)の出演も決定し「豪華でびっくり。幸せが一挙に押し寄せてきた感じ」と話した。 今後については「できる限り続けるべきと断言してくれる人も増えた。冷静になった時に考えて結論を出したい」と話した。


 ◇ 舞台「放浪記」制作発表会(3月26日)

 5月9日に上演2000回を迎える森光子主演の舞台「放浪記」(帝国劇場、5月5日〜29日)の制作発表が都内で開かれ、森は「こんなに長くやれるなんて思ってもいませんでした。体に気をつけていつまでもこのお芝居をやりたい」と意欲を見せた。「よくやれるなあと自分でも思っている」と笑わせ、「この役は放したくないけど、それは神様が決めること。祈るような思いです」と話した。1961年の初演以来、上演するごとに新しい発見がある。今回も「台本を読み返して、いきなり一幕一場から(解釈が)間違っていたと感じるところを見つけた」と言う。 親交のある水泳の北島康介選手から贈られた花束を手にした森は「なんも言えねえ」と、北島選手の名ぜりふを真似てみせた。記録達成時の自分の姿を思い描いたが、「どんな表情をしていればいいのか迷ってしまいます」と言った。


 ◇ 森 光子(本名:村上美津、1920年生まれ、京都市出身)

 伯父に俳優の嵐寛寿郎(実は従兄妹)。小学6年の時に映画「春霞八百八町」に出演。寛寿郎プロに所属し、何本か映画に出る。1941年に歌手を目指して上京。戦時中は東海林太郎らと前線を慰問。女優として開花したのは、劇作家・菊田一夫氏が森のために書き下ろした舞台「放浪記」。林芙美子役はライフワークとなり、1961年の初演から38年、1999年12月17日には上演1500回を記録。70年代以降はテレビにも進出し、TBS「時間ですよ」で日本のお母さんのイメージを定着させる。


 ◇ あんたちっとも幸せじゃないんだね (葛西聖司氏)

 芝居には食事シーンは欠かせないが、普通は空の器で飲んだふり食べたつもりを演じる場合が多い。しかし菊田一夫の「放浪記」は林芙美子役の森光子が焼芋をかじったり、尾道の実家で味噌汁をかけて飯をかっこむシーンは、昭和36年の初演から変らない。昭和初めの貧困を潤す食の情景には本物が必要と思ったのだろう。

 特に尾道は二人目の夫との結婚生活に失望した芙美子が、初恋の男性の妾にでもなろうかと実家に戻った落魄の旅だった。その家に親子三人の行商人が雑貨を買って欲しいと立ち寄る。しかし芙美子の両親もその日暮らしの同業者ゆえ断る。しかし芙美子は、空腹そうな少女を哀れに思い、三人を家に上げ食事をさせる。

 いかにもうまそうに飯をほおばる少女。他人の事どころではない芙美子だが、自分の幼い日の姿をそこに見つける。それは作家の視線でもあるのだが、お櫃からよそった飯を奪うように食べるそれは、本物の白米でなければならない。飢餓と満腹。少女のひと時の幸せを観客は共有できた。

 渋谷の木賃宿で、同宿者と雑魚寝の布団が敷き詰めてある中、原稿を書く芙美子。絵描きの男性が声を出して読み、女占い師が聞いてふたりが褒める。そこで、逞しいはずの女、芙美子は泣く。「今までだれもそんなやさしい言葉をかけてくれたことなかった」意外なセリフ。そんなことで泣くなんて、よほど君は不幸な人だね、と絵描きがつぶやく。(中略)

 終幕は芙美子の豪邸。初めての立派な大道具に観客は一斉にどよめく。実際の芙美子も人気作家となって成功し、凝った家を建築したという。眼鏡をかけ老け込んだ芙美子は、以前の明るさ、やさしさを微塵も感じさせない頑なな初老の女作家に変貌している。成功とは裏腹に執筆に追われる中、自称親戚やら知人が借金、寄付金に日参するさまを描く。認められ手にいれた成功、でも安住の暮らしではなかった。この日も3日間寝ずに原稿用紙に向っていた。仕事中毒だとかつての文士仲間、日夏京子にたしなめられ、こう返す。

 「原稿紙に向っているときだけがひとりであってひとりでない」

 芙美子の作品中の登場人物が唯一自分の身の回りにいてくれ、自分を慕ってくれる。だから書き続けるというのだ。孤独を埋めるための著述、そして肉体の疲弊。虚しい繰り返しを教えているセリフだ。いつしか文机でうたた寝をする芙美子。手をだらりと下げた森光子の寝姿は生前の芙美子にそっくりだと褒められ、最後を看取った林緑敏からアメジストの指輪が贈られたという。森はラストシーンでこの指輪をはめている。その姿に日夏京子がこう声をかけて去る。

 「お芙美、あんたちっとも幸せじゃないんだね」

 原稿用紙に向うことで幸せを探してきた芙美子が、結局は書き続ける中で本当に欲しかったものを手にしていないと語りかけ、幕になる。(中略)

 菊田一夫、そして三木のり平の緻密な演出や解釈が芝居全体に行き渡り、だから名作なのだと、この初演台本を見て改めて思った。森光子はこの役を1700回も演じている。「なぜ、この芝居をお客様が何回もみてくださるのかわからないんです」と語るが、答えは簡単だ。森光子を見にくるのだ。林芙美子の「放浪記」の舞台化ではなく、菊田一夫が林芙美子の著作をもとに創造した芙美子役を演じる森光子を見るために通うのである。

 40歳で花開いた女優、森光子。それからの歳月でさらに芸を磨き上げ、加齢とともに一体化してゆく芙美子役。それを演じ続ける奇跡を実感しに観客は繰り返し劇場に通うのだ。最後のセリフはさまざまな女優が口にするのだけれど、それは森の寝姿が言わせるのだ。まさに森・芙美子が演じた3時間半が言わせる森光子の隠れた名セリフなのである。

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 ※ 昨年12月5日の名古屋公演楽日で、通算1995回を数えた。


 ◇ 森光子が体力の不安吐露! 震える手に心配の声も(2008年11月10日)

 現在、舞台「放浪記」の秋公演真っ只中の女優、森光子(88)。10月23日〜12月5日まで、大阪と名古屋で36回公演という過密スケジュールをこなしている。各回とも3時間を越えるハードな内容。 10月8日、舞台発表に現れた森の手が小刻みに震え、声にハリがなかったことからネットでは心配する声が上がっていた。関係者からも最近は体調を心配する声が多々あるようなのだ・・・。

 森を知るプロデューサーのひとりは、最近の様子に少し心配げだった。「ご挨拶にうかがって、『ご無沙汰しております』と、声をかけたところ、『あぁ〜? はぁ、どうも』と意外な声が返ってきました。以前の森さんなら『アラッ、お元気? 最近どうしているの?』と、少女のようにコロコロとした明るい声が返ってきたものです。しかし、右目も左目も宙を泳いじゃってるような感じだし、口元も半開きで『どうも』の言葉も聞き取れないような弱々しさでした」。

 舞台での体力をつけるため、スクワットを朝晩75回ずつ、さらにエアロバイクを1日40分もこいでいるという森。肉体の柔軟さは舞台には欠かせないことなのかもしれないが、そうはいってもすでに88歳。ある舞台関係者は、「記者の前ではスクワットも披露したりしますが、楽屋にお邪魔すると、腰かけたイスからまったく動かないこともあります」。

 森自身も、今後の舞台に不安を感じ始めているのだろうか、心中をつい漏らす場面もあったという。制作会社スタッフはこう話してくれた。「取材に来ていた石川芸能リポーターに、『本当に2000回までできると思いますか・・・?』って、とても真剣な表情で問いかけていました」。

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 倉斉加年さんは「今回の森さんは声の大きさ、体の動きが10年前にそっくり。私の息が切れても森さんは小走りで出ていく」と語る。

 ※ 原節子は、42歳で引退した。曰く、「容姿の衰えを見せたくない」。
 (彼女は1920年6月17日生まれで、森よりもわずかに若い。)
 森光子は、41歳で「放浪記」の初舞台を踏んだ。

 ※ 女優としての「夢」は原節子にある。
 役者としての「夢」は森光子にある。
 それぞれの「夢」を全うされんことを希う。

 2008年8月30日放送 第40回思い出のメロディー(森光子88歳)



 【参照】森光子、「放浪記」でんぐり返し、ついに封印(2008年より)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/38555606.html

 【参照】森光子主演の 『 放浪記 』、中日劇場
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/45624352.html

 【参照】12月5日、中日劇場『放浪記』の楽日(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/45897500.html


 【参照】5月9日、キトラ古墳壁画特別公開(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/42207286.html

 【参照】5月9日、泡鳴忌(1920年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/32280616.html

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