|
平成21年5月14日(木)昨日:民主代表選は岡田氏、鳩山氏の一騎打ち? 民主党の小沢一郎代表の後任を選ぶ党代表選を巡り、岡田克也副代表は13日、小沢氏と会談して出馬の意向を伝えた。その後、国会内で記者団に「代表選に出る意を強くしている」と明言。 鳩山由紀夫幹事長も同日夜、都内で記者団に「14日朝に記者会見して正式に出馬表明したい」と語った。 ◇ 国会45日間延長へ、「7月中旬解散」との見方 衆院は13日夜の本会議で、2009年度補正予算案と時限的な贈与税軽減などを柱とする税制関連法案を与党の賛成で可決、参院に送った。 政府・与党は税制関連法案などの成立を確実にするため、6月3日までの通常国会の会期を7月18日まで45日間延長する調整を始めた。 税制関連法案は、参院で民主党などが審議を引き延ばした場合でも、参院が否決したとみなせる憲法の「60日ルール」に基づき、7月12日以降に衆院で再可決、成立させることが可能になる。 首相はもともと、これらの法案成立や7月8〜10日のサミットへの出席などの実績を重ねた上で衆院を解散する意向と見られている。45日間という延長幅も、こうした首相の基本戦略に沿ったもので、与党では「『7月中旬解散』の可能性が強まった」という受け止め方も出ている。 天皇、皇后両陛下は7月3〜17日にカナダ・ハワイを訪問される予定で、その間の解散は難しいと見られている。こうした事情も、18日まで会期を確保しようという判断につながっていると見られる。 1945年5月14日、名古屋空襲により、名古屋城が焼失。 昭和20年5月14日の名古屋空襲により、本丸御殿、大天守、小天守、東北隅櫓、正門、金鯱などが焼夷弾の直撃を受けて大火災を起こし焼失。米軍は誤爆としている。 戦後、三の丸を除く城址は北東にあった低湿地跡と併せ名城公園とされた。園内には、戦災を免れた三つの櫓と三つの門、二の丸庭園の一部が保存された。また、一部の堀が埋め立てられるなど改変も受けているが、土塁・堀・門の桝形などは三の丸を含めて比較的よく残されている。 天守は、地元商店街の尽力や全国からの寄付により1959年(昭和34年)に再建されて、復元された金鯱とともに名古屋市のシンボルとなった。 市民ボランティア団体「本丸御殿フォーラム」が1994年5月に設立され、2002年から再建基金の寄付を募った。2007年、本丸御殿復元の許可が文化庁より下りる。 ※ 本丸御殿復元への批判:名古屋城本丸御殿の復元は、「優先して推進」と言う市民は3.2%ですが、「福祉や暮らしの予算を削ってまで推進しない」が47.5%、圧倒的多数が批判的あるいは慎重な立場をとっており、市民は冷静に見ているようだ。 ◇ 河村新市長「この不況、本丸御殿はタイミング悪い」(2009年5月10日) 名古屋市の河村たかし市長は10日、同市中区のホテルで開かれた東海熊本県人会の懇親会に出席し、名古屋城本丸御殿の復元について、「この不況の中で、御殿と名の付くものを建てていいのか」と、改めて慎重な姿勢を示した。 懇親会には熊本県の村田信一副知事も出席。熊本城本丸御殿の復元で、熊本城の観光客が前年より100万人増えたことを紹介した村田副知事は、「名古屋城本丸御殿と連携したイベントができれば面白い」と持ちかけたが、河村市長は「熊本はうまくいったが、名古屋はタイミングが若干悪い」とやんわり断った。 河村市長はこれまで「本丸御殿は一度立ち止まって検討する。玄関の復元だけでもいいのではないか」と、全体の復元には否定的な考えを示していた。 ◇ 本丸御殿復元、是非は市民公開討論会で(5月13日) 河村たかし名古屋市長は13日、復元事業について市民が意見を戦わせる公開討論会「トークバトル」(仮称)を6月に開くと発表。復元事業について、河村市長は市長選の公約で、昨今の経済事情を考慮してゆっくり考えながら進める、との考えを示した。討論会は、賛成派と反対派の市民各10人を募り、市長が進行役を務めて議論するという。河村市長は「今後の判断の重要な要素」と位置づけており、討論会から約1カ月後には市としての方向性を示す考えを明らかにした。 参加希望者には、復元に関する意見をリポートで提出してもらうなどし、その中から市が参加者を選ぶ。希望者多数の場合は抽選を予定しているという。討論会について河村市長は「根回しなしでやる。頭を白紙にして虚心坦懐に意見を出し合えれば」と話す。 復元事業は今年1月に着工した。2018年の完成を目指している。市名古屋城整備室によると、本体工事費は約110億円で、完成までの契約は完了している。国の補助金が約45億円で市と県で約65億円を支出する。市民からの寄付はこれまでに約40億円が集まっている。 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用


