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平成21年7月9日(木)昨日:拡大中国の傲慢、「民族自決」は何処へ? ウイグル族と漢族の対立が続く中国新疆ウイグル自治区の区都ウルムチで8日、ウイグル族住民がウルムチからの脱出を始めた。区都の人口で圧倒的多数を占める漢族住民が7日にウイグル族の商店を襲撃し、情勢が一層悪化する懸念が高まったためだ。中国公安当局は武装警察部隊などを大量動員し徹底した鎮圧に乗り出しており、現地は緊迫した状況が続いている。 ウルムチ脱出の動きは8日朝から始まった。ウイグル族居住区に近い市中心部南端の長距離バスターミナルは、大型トランクなど多くの荷物を抱えたウイグル族住民でごった返した。ウルムチ駅に向かう住民もいるという。主な避難先は出身地や親類がいるカシュガル、アクスなど同自治区南西部の都市。あるウイグル族男性は「不安でたまらない」と話した。 ※ 地下資源確保の為に西域を制圧して、“名ばかり自治区”で締め付け、漢民族を“投入”して植民地化する“同化”政策。 かつて、「民族自決」を掲げて独立を勝ち取った中国の心意気は、何処へ行ってしまったものやら … 。 「新疆」とは、「新しい領土」という意味とか。 区都ウルムチでの暴動(CCTV・中国中央電視台) ◇ ラクイラ・サミット、胡・中国主席が緊急帰国で主要議題棚上げ 中国の胡錦濤国家主席が8日から開幕した主要8カ国首脳会議(ラクイラ・サミット)の拡大会合をキャンセルし、急遽北京に戻った。体面を重んじる中国のトップが、檜舞台のサミットから去った事実は、新疆ウイグル自治区の大規模暴動が中国政府にとって“国家分裂の危機”であることを窺わせる。 一方、地球温暖化対策の長期目標での合意は事実上困難となり、もはや中国抜きの8カ国では世界の主要課題に対処できない冷厳な現実を印象付けた。 ※ サミットや、今は昔のG8。 1985年7月9日、徳島ラジオ商殺しで、死後再審で無罪判決。 徳島ラジオ商殺人事件で、故・冨士茂子被告に徳島地裁が無罪判決を下す。 これは、死後再審による初の無罪判決だった。 ◇ 余りにお粗末で、誇りを欠く警察・検察の手法 1953年11月5日、徳島県徳島市(徳島駅前)でラジオ販売業の三枝亀三郎さん(50歳)が三枝電気店八百屋町営業所で殺害された(受傷9箇所、殺害方法極めて残忍)。殺害現場となった店舗には、内妻(婚姻届未提出)の冨士茂子さん(当時43歳)と三女(当時9歳)が一緒寝ていて、2人は、見知らぬ男が侵入したことを証言した。 徳島市警は、居直り強盗かラジオ商に怨恨をもっていた外部の男の犯行とみて捜査を始め、暴力団員らを別件逮捕するが、自白が得られず捜査は難航、迷宮入りかと思われる状況となったころ、徳島地検が、内部犯行の線で、警察と別に捜査を開始する。 検察は、事件から8ヶ月後に中卒後まもない、まだ世間を知らない住み込み店員A(17歳)とB(16歳)を逮捕し、それぞれ45日間、27日間も身柄を拘束、「被害者と茂子が格闘しているのを見た」「(凶器の)刺身包丁を捨てる様に依頼され川に投げ捨てた」「茂子が犯人である」という嘘の供述を強いた。店員達は本当のことを言うと打ち消され、検察官の考えに添った供述を誘導された。検察は1954年8月13日、茂子さんを殺人容疑で逮捕する。 地検に逮捕された茂子さんは、取調べの最初段階では犯行を否定したが、後に「自白」、同年9月2日に起訴されるが、公判では「わたしは、絶対にやっとりませんツ」と、一貫して無実を主張した。1956年4月18日、一審判決は店員の証言を重視して、茂子さんに「懲役13年」。茂子さんは無実を主張して控訴。1957年12月21日、高松高裁は控訴棄却の判決。 茂子さんは上告するが、裁判費用がかさみ家族が困る事などの配慮から、1958年5月10日、最高裁での無実の主張を断念、高松刑務所から無念の「上告取り下げ」を行い、夫殺しの汚名を着たまま懲役13年の刑に服した。この時、静岡・沼津警察署へ、真犯人と名乗る男が自首しているが、何故か9月5日に徳島地検は不起訴処分を決定する。 ◇ 容易に引き出せる偽証、検察と司法は異体同心? 茂子さんの親類らの追求により、1958年8月12日、Bさんが法務局で検察の強制・誘導により嘘の証言をしたことを告白する。10月9日には、Aさんも嘘の証言を告白。 10月28日、弁護側は高松高検に2人の証人の偽証を告訴する。翌1959年5月9日、徳島地検は、偽証被疑事件を不起訴処分とする。だが、これに対して徳島検察審査会は10月21日、「偽証は起訴相当」と議決し、勧告する。いわれなき牢獄生活を送っていた茂子さんは、有罪の根拠とされた証言が偽証であったことを理由に、無実を主張して高松高裁に対し1959年3月10日に最初の再審請求を行うが、高松高裁は、同年11月5日、これを棄却する。同年11月9日、茂子さんは徳島地裁に対し第2次再審請求を行う。1960年12月9日、徳島地裁、再審請求を棄却。同日茂子さんが高松高裁に即時抗告する。1961年8月29日、高松高裁は、即時抗告棄却。茂子さんは9月4日に最高裁に対し特別抗告する。1962年6月6日、最高裁は特別抗告棄却。同年10月23日、茂子さん、徳島地裁に対し、第3次再審請求を行う。1963年3月9日、徳島地裁、再審請求を棄却。茂子さんは3月11日、高松高裁に対し即時抗告するも、12月24日、高松高裁は即時抗告棄却。翌日、茂子さんは最高裁に対し特別抗告するが、1964年9月29日、最高裁は特別抗告棄却。 ◇ どこまでも内向きな組織防衛本能 1966年11月30日、茂子さんが栃木刑務所仮釈放。1968年9月17日、茂子さん刑期満了。10月14日、茂子さんは徳島地裁に対し、第4次再審請求をする。1969年11月5日、三枝亀三郎氏殺害事件の時効が成立。1970年7月20日、徳島地裁、再審請求棄却。同月23日、茂子さんは高松高裁に対し、即時抗告。1973年5月11日、またしても高松高裁、即時抗告を棄却。翌日、茂子さんは最高裁に特別抗告するも9月18日、最高裁は特別抗告を棄却。 1978年1月31日、第5次再審請求。同年11月24日、徳島地裁、証人調べを開始。1979年5月14日、茂子さんが癌で入院。万が一のことを考え、同年11月8日、茂子さんの姉妹弟が再審継承申請をする。同月15日これが認められ、「第6次再審請求」に移行するが、これを確認した同日夜、茂子さんは不帰の人となる。 茂子さん死去から1年後の1980年12月13日、遂に徳島地裁は、再審を決定する。あまりにも遅きに失した決定ではあったが、冤罪を晴らす希望が出てきた。しかし、検察側は決定を不服として、即時抗告してさらに争う。高松高裁は1983年3月12日、検察の抗告を棄却。高松高検は特別抗告を断念する。そして、再審が開始された。 ※ 瀬戸内寂聴師が、精力的に救援活動を続けられました。 ◇ 全く無防備な一般市民 茂子さんを犯人と証言した2人の店員(A、B)は、「私は … 、大変な過ちを犯してしまった。私はなぜ真実を述べなかったのであろうか。しかしあの時、自分は真実だけ言えばそれで済んだでしょうか … 。私は何度か言い直し、取り消したい事がありましたが、「偽証罪」を知ったので、それにおいても一度口に出した事は取消せないと言われた。私は苦しんだ … 」と述懐する。偽証罪をちらつかせた検察が、証人に真実を言う勇気を削いだのである。冤罪をはらす機会を潰したのだ。 「なき事をいうのではありませんが、田舎育ちの私は、言いたいこともできぬ位震えました。今思えば、あの時もっと世間を知り、年もすぎていれば、あんな結果は招かなかったでしょう。今はただ毎日苦しむばかりです」。Bさんの偽証を告白した時の手記の一節です。またBさんは、「検察からすれば、わしらのことはノミをつぶすようなもんや」とも述懐している。 Aさんは、偽証の苦しみに耐えられず、後に自殺を図っている。その時の遺書に、「私にもう少し勇気があれば、この様に苦しい立場に追い込まれて居なかった事と存じます。いかに検事の調べがキツイとはいえ、これまでウソの証言をしなくてもよかったと … 」との一節がある。 ※ 裁判員制度が始まっています。有罪の証明に少しでも瑕疵があれば、無罪を推定する。この大原則を忘れてはならない。たとえ、一審だけの裁判員制度ではあっても、そこに民意を反映することこそ、国民からの司法への目配りになると信じます。冤罪に、我々国民も間接的には関与していることを否定できません。 あな怖ろし、明日は吾が身の無辜の民。 ◇ ウィンドウズ7 日本発売は10月22日(7月7日) マイクロソフト日本法人は7日、パソコン用の新基本ソフト(OS)「ウィンドウズ7」を10月22日に発売すると発表した。米国など主要国で同時発売される。「7」は2007年1月に発売された現行「ビスタ」の後継。パソコンのメモリー容量が比較的小さくても起動が速く、動作も軽くなっていると言うが … 。 価格は一般消費者向け「ホームプレミアム」が2万4800円で、「ビスタ」や「XP」など従来のウィンドウズのユーザーが乗り換える場合はこれよりも安くなる。 「ウィンドウズ7」、先行予約なら半額(6月26日) MS日本法人は26日、10月にも発売されるOSの新製品「ウィンドウズ7」の価格体系などを発表した。一部製品は価格もビスタより2割程度安く設定。早期普及を狙い、大幅値下げするキャンペーンも実施する。 OS「XP」「ビスタ」を搭載したパソコンに「セブン」を導入できるアップグレード版の参考価格は一般消費者向け「ホーム プレミアム」が1万5800円(税抜き)、ビジネス用途向け「プロフェッショナル」が2万5800円(同)。7月5日までにオンラインで予約すると、それぞれ7777円、1万4777円に値下げする。 ※ 2006年末に発売した「ビスタ」は、三次元グラフィックスやセキュリティーなど高い機能が売りだったが、メモリーを濫りに浪費したため、「動作が遅い」「鬱陶しい」との声が目立ち、評判は散々だった。買い控えを懸念したパソコンメーカーは、「ビスタ」からわざわざ旧型の「XP」への乗り換え(ダウングレード)が可能なパソコンを相次ぎ販売した苦い経緯がある。新しいバージョンの商品を売っておいて、旧型に戻すのがメリットになるなんて、何とも好い加減で、おいしいビジネスだ。 MSや、世界制覇の、夢まぼろし。 |

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