今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 2009年7月16日(木) 午前1時〜午前7時(予定)

 ※ 実際には、午前9時50分頃に復旧しました。



 平成21年7月16日(木)昨日:与謝野財務相、麻生首相の自発的辞任を促す。

 「与謝野よ、お前もか!」  … … … シーザー・麻生

 与謝野財務相は15日、首相官邸に麻生首相を訪ね、約40分間会談し、東京都議選の敗北を受けて次期衆院選は厳しい戦いになるとの考えを伝えた。首相の自発的な退陣を暗に促すものだった。 一方、自民党執行部は同日、都議選を総括するため、週内に党所属国会議員が参加する会合を開く方向で検討に入った。しかし、首相は、党内の混乱にかかわらず、あくまでも21日に衆院を解散する構え。

 与謝野氏と首相との会談には、石破農相も同席。この中で与謝野氏は、このままでは次期衆院選の情勢は厳しいとの認識を伝えた。石破氏は、これに同調したうえで、首相が両院議員総会に出席して、衆院選に向けた党勢回復策について自ら説明すべきだと進言した。(首相周辺は15日、「両院議員総会の開催要求には応じない」と語る。)

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 ※ 内閣の不信任決議案が否決されたと言う事実。麻生内閣を与党がこぞって支持したと言う事実。これは決して軽いことではない筈? でも、それはおいといて、「麻生降ろし」が目下の急務となってます。 麻生首相は15日夕、両院議員総会の開催要求について、「内閣の不信任決議案が否決され、党内から出席した全員の信任をいただいており、信任を受けた首相として話をさせていただくことになる」と述べたとか。誠に正論なんだけど、やっぱ、ずれてますね、麻生さん。

 ※ 「解散に反対して署名を拒否」しても、その大臣を更迭して首をすげ替える、これが所謂「伝家の宝刀」と言われる由縁。でもって、大臣全員が反対しちゃったら、図らずも新政権誕生! なんて、ことはないよね。 自らの保身の為に、前代未聞の“予告解散”を宣言した麻生さんだったけど、両院議員総会で速攻総裁選、てな事になれば、勿論、麻生さんは蚊帳の外。それでも、「私は逃げない!」と言う約束は守った(?)ことになりますね。



 7月16日は、トニー 谷の命日です。

 ◇ トニー 谷(1917年〜1987年)(東京出身のヴォードヴィリアン)

 「本名は、大谷正太郎と言う名前だった」

 リズムに乗り、ソロバンを楽器のようにかき鳴らす芸が売りで、珍妙な英単語を混ぜたしゃべりは「トニングリッシュ」と称された。短めのオールバックにちょび髭、吊りあがったフォックスめがねがトレードマークだった。

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 トニー 谷 『さいざんす・マンボ』

 ※ “家庭の事情”から、他人に対して、社会に対して、
 憎悪に近い感情を抱き続けたトニー 谷。


 トニー 谷、晩年のソロバン・パフォーマンス

 ※ 若い頃、面白いとは思ったが、好きにはなれなかった。


 ◇ 過去を葬った男・大谷正太郎

 芸能界時代は本名すら偽っており、「谷 正」を本名として名乗っていた。後年、東京都大田区新井宿の自宅表札には、「多仁」と表記。 家庭事情は複雑で、暗い幼少期を送っている。後年のギャグ「家庭の事情」には、彼の重苦しい経歴が隠されていた。

 東京市京橋区銀座に生まれ、東京市日本橋区小伝馬町に育つ。実の母は長唄の師匠。しかし妊娠中に実父は死亡、血縁上の伯父を戸籍上の父として届け出た。戸籍上の父は電気器具商。愛情のない父に虐待されて育ったという。

 子供の頃は、下町で有名なソロバン塾「大堀塾」でソロバンを学んだ。小学校時代から成績優秀で、地元の名門である東京府立第三中学校(現・都立両国高等学校)に入学。英語と図画が得意だったものの、学問よりも家業を優先すべしとの父の命令で、1933年に中退、神田の電機学校(現・東京電機大学)に通わされた。1934年に実母が病死。戸籍上の父は再婚、父と継母にとってトニーは他人であり、トニーへの虐待がますます深刻になった。

 そのため、家を出て自活を開始。1935年、日本橋小舟町の薬屋に就職。1938年、召集令状が来て近衛歩兵1連隊に入隊。1940年、除隊して第一ホテル東京(新橋)に就職。ホテルの開業記念日には率先して演芸会の進行役を務め、時には自ら出演して人気者となる。1942年に最初の妻と結婚したが、1ヶ月後に再度出征。その妻は、1945年3月10日の東京大空襲で行方不明。

 トニーは芸人になる時、過去のすべてを封印した。有名になった後、少年時代の遊び友達から「正ちゃん」と呼びかけられても、「人違いでしょう」と冷然と答えた。軍隊時代の戦友から訪問を受けても門前払いを食わせて、「いまに覚えてやがれ!」と怒鳴られた。継父と二人の妹から自宅に訪問を受けても、「かねて申し上げてある通り『過去のどなた』ともお付き合いはしておりません。たとえ近しい方とも。私が有名にならねば尋ねてもこないのに。重ねて申しあげます。一切お付き合いしません。楽屋への訪問、知り合いといいふらす件、全部お断りします。私の一家、一身上のことは、自分でやりますから」と拒絶した。


 トニー 谷の「トニングリッシュ」(昭和28年頃)



 ◇ 長男の誘拐事件(1955年)

 1955年7月15日、トニー谷の長男(当時6歳)が下校途中に誘拐される。同級生から連れ去ったのは黒い服の中年男という証言が得られた。翌日の午後、誘拐犯から身代金200万円を要求する脅迫状が速達で届くと、当時は報道協定がなかったため、マスコミは大スターの子息が身代金目的で誘拐されたとして大々的に報じた。トニーは記者会見で、これまで見せた事のない素の自分をさらけ出して、わが子の生還を号泣しながら犯人に訴えた。

 周囲から尽く嫌われていた彼を見る眼は冷たかった。芸人仲間の間では、「これは事件などでなく、話題作りのためにトニー自身が引き起こした狂言誘拐だ」と言われたりした。トニーの自宅には、連日マスコミや野次馬などが集まり、イタズラ電話も頻繁にかけられる中、7月21日の午後8時半頃に誘拐犯から身代金の準備に関する確認の電話が入り、トニーはこの電話こそ本物の犯人からだと直感する。犯人が身代金の受け渡し場所を指定すると、トニーは自分が身代金の受け渡し現場まで行くと話し、トレードマークだった髭を落とした。そして、刑事が家人に扮して犯人との接触を待った。

 夜10時頃、身代金受け渡し場所に、「トニー谷か」と、男が声をかけて来た。刑事は別の場所に移動した上で人質を預かっている証拠を提示するよう求めると、男はランドセル、教科書などを提示した。真犯人と確信した刑事はさらに別の場所に連れ歩いて、共犯がいないことを確認してから逮捕。長男は長野県の犯人の家に、犯人の子供と一緒にいることが確認され、無事救出された。

 犯人は長野県の雑誌編集者(当時33歳)で、地元で雑誌の発行を計画していたが、資金がなかったために、リンドバーグ事件にヒントを得て身代金誘拐を企てたと言う。犯行の動機については「トニー谷の、人を小バカにした芸風に腹が立った」と語り、事前に雑誌でトニーの長男の写真を見ており、顔を知っていたため事件を実行に移した。

 世論は、トニーの悪役キャラクターに由来する反感が、事件の原因だとした。トニーは被害者でありながら、マスコミによって出自・経歴などの個人情報を次々と暴露されてゆく。この時の彼のメディア不信は、一気に頂点に達した。さらには、ジャーナリストの大宅壮一、花森安治などからも、「誘拐の真因は、トニーが世間から嫌われることをやっていたからだ」という論調で非難された。やがて、この事件を境にトニーの人気は凋落する。それに反して、犯人は懲役3年だった。

 ※ トニー 谷は、犯人の家族にシンパシーを感じる。世間から冷たい眼で見られる者同士の連帯感からかも知れない。犯人の家族に、金品を送ったりした。


 ◇ 横浜2年ぶりの4連勝、佐伯がホームスチール

 <広島1−6横浜>(15日、マツダスタジアム)

 横浜・佐伯貴弘内野手(39)の本盗。4回表2死二、三塁で打席には投手の寺原。カウント2−1と追い込まれていた。誰しも、これで3アウト・チェンジと思っていただろう。だが、三塁側ベンチの田代監督代行は、アイコンタクトで三塁コーチャーの水谷コーチに本盗を指示。三塁走者の佐伯は「緊張したよ」と言うが、思い切って生涯最初で最後(?)の本盗ダッシュ。おりしも、1軍初マスクの会沢は変化球がワンバウンドしたのを前に落とし、あわてて拾ってタッチしようとする前へ豪快にホームに滑り込んだ。マウンドの斉藤はショックで天を仰いで茫然自失。

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 田代監督代行は「詳しくは言えないけどサイン。まあ無警戒は無警戒だよね。オレもあまり見たことないようなことができた」と振り返るが、しっかりと計算もできていた。 (1)三塁走者が野手最年長で3年間盗塁のない佐伯 (2)打者は投手の寺原で、すでに追い込まれていた (3)広島捕手は初マスクの会沢 (4)広島の投手は左腕斉藤で三塁走者を背中越しにしたまま打者寺原に集中しており、リード、スタートが切りやすい。 リスクもあった。それでも田代監督代行は「そりゃそう。そういう失敗はとやかく言わないよ」と言う。今季初の4連勝。プラス思考が「最下位が定位置」という周囲の固定観念を打ち破っていくかも知れない。

 ※ あの鈍足のノムさんが、実に7回ものホームスチールを決めています。二盗はできなくても、ホームスチールなら鈍足でもできると言う、摩訶不思議な野球と言う心理ゲーム。要は、相手の心のスキを突く“いやらしさ”が信条ですかね。そう言えば、2007年のオールスターゲームで新庄がホームスチールを決めていますね。


 【参照】7月16日、盆送り火、祇園祭宵山
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/13173650.html

 【参照】7月16日、外国人力士の日(1972年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/34707756.html

 【参照】岡崎市にてバスジャック発生(2008年7月16日)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/43581139.html

 【参照】延長15回、アメリカン・リーグ勝利(2008年7月16日)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/43582494.html

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