今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成21年8月14日(金)昨日:バターン死の行進、元米捕虜らを日本招待へ。

 米兵ら2万人が死亡したとされる「バターン死の行進」。政府は、第2次大戦中の1942年4月、日本軍がフィリピン・ルソン島で行った「バターン死の行進」で生き残った元米兵捕虜らを、来年度日本に招待する方針を固めた。政府が元米兵の捕虜を公式に招待するのは初めて。

 元捕虜の間には、今もなお反日感情が残る人々もおり、日本政府としてはこうした活動を通じ、日本に対する理解を深めてもらいたい考えだ。「バターン死の行進」をめぐっては、米国内に元捕虜で作る「全米バターン・コレヒドール防衛兵の会」があったが、高齢化に伴い、今年5月、テキサス州サンアントニオで解散式が行なわれた。

 この会合に、藤崎一郎駐米大使が日本政府を代表して出席。「バターン半島・コレヒドール島などで、悲惨な経験をした元戦争捕虜を含む多くの方々に、多大な損害と苦痛を与えたことに、心からのお詫びの気持ちを表明します」と謝罪。日本政府が元米兵捕虜に直接謝罪したのはこれが初めてのことだ。

 計画は、大使の謝罪を受けて動き始めた。来年度中に実施される見通し。対象となるのは、「死の行進」の生存者を中心に、元捕虜やその子孫ら数百人となる見込み。記念行事への参加や日本の青少年との交流、一般家庭へのホームステイなどが想定されている。

 政府は2004年度までの10年間、日本が戦争被害をもたらした国との関係を改善するため「平和友好交流計画」を実施した。外務省によると、オーストラリアや英国、オランダの元捕虜については日本招待を行ったが、激しく戦った米国からの招待は実現していなかった。

 一方、日本の戦争被害者らの間からは、政府の計画に疑問の声もあがっている。米国は原爆投下や無差別空襲などの犠牲者に謝罪していないためだ。日本原水爆被害者団体協議会の田中煕巳事務局長は、「米軍捕虜を招くなら、政府は米国に原爆や空襲の犠牲者への謝罪を求めるべきだ」と話している。

 (バターン死の行進=第2次大戦中の1942年4月、フィリピン・ルソン島バターン半島を攻略した日本軍が、米軍やフィリピン軍の捕虜約7万人を炎天下で約百キロ・メートル歩かせ、多くの死者を出したとされる事件。死者は「約2万人」とも言われる。 日本の代表的な「戦争犯罪」の一つとされる。現地の陸軍第14軍司令官だった本間雅晴中将がマニラ軍事法廷で有罪となり、銃殺刑に処されている。)



 <中日9−2阪神>(13日、京セラドーム)

  七回に6点挙げ逆転勝ち 阪神は久保が2ヶ月ぶりの黒星

 中日は七回に打者一巡の猛攻で逆転勝ち。ブランコが「バットの先だったけど入った」と左越えに32号ソロ。2死満塁から井端の左前2点打や森野の2点二塁打などで、この回計6点。阪神は5連勝中だった久保が打ち込まれ、約2ヶ月ぶりの敗戦投手となった。

 ※ 中日は、60勝一番乗りで貯金20。巨人は貯金25だが、いまだ58勝。


 ◇ ダントツ最下位横浜の、ヤクルト戦での無類の強さ

  <横浜13−2ヤクルト>(13日、神宮球場)

   横浜は21安打で大勝、三浦は完投 ヤクルトは打線湿る

 横浜が先発全員で今季最多となる21安打の猛攻で大勝。序盤から得点を重ね、六回には「昼に食べたカツ丼が効いた」という内川のソロなど6連続長短打で3点。三浦は今季3度目の完投勝利。ヤクルトは3ヶ月ぶり登板の先発・高市が立ち上がりに失敗、打線も湿った。

 横浜・田代監督代行「(ヤクルトに強いとの問いに)そんなことない、たまたま。こんなに借金背負って偉そうなことは言えない」 ヤクルト・高田監督「投手が打たれて打線が打てなければ、仕方がない。どん底ですから。これから上がるだけ」。

 ※ 昨年のセ・リーグ首位打者・横浜の内川が、5打数3安打の固め打ちで打率を3割2分1厘に上げ、今季初めてリーグトップに立った。「8月が大切だと思って、ここまでやってきた。もちろんタイトルを狙う」と、低迷するチームの中でも貪欲さを失っていない。 目下のライバルは、中日の井端弘和選手、3割2分と競り合っています。

 ※ 2位中日は、ヤクルトに弱い。3位ヤクルトは、最下位横浜に弱い。横浜は、中日に弱い。この妙な三すくみを脱却しなければ、中日の優勝はありません。



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 1945年8月14日、日本はポツダム宣言受諾を決定する。

 ◇ ポツダム宣言( The Potsdam Declaration )

 ポツダム会談での合意に基づいて、アメリカ、中華民国および英国の首脳が、1945年7月26日に大日本帝国に対して発した第二次世界大戦の終結に関する13条から成る勧告宣言。

 宣言を発した各国の名をとって、「米英支ソ四国共同宣言」(玉音放送の原文では「米英支蘇」)とも称す。 1945年8月10日、大日本帝国はこの宣言の受け入れについて、駐スイス大使館経由で連合国側へ申し出、併せてラジオ・トウキョウを通じてアナウンスした。9月2日、東京湾内に停泊する米戦艦ミズーリの甲板で政府全権の重光葵と大本営全権の梅津美治郎及び連合各国代表が降伏文書に調印した。


 8月6日に広島市への原子爆弾投下、3日後の9日には長崎市への原子爆弾投下が米国によって行われ、同日日ソ中立条約を結んでいたソ連の対日参戦により満州国への侵攻が始った。ソ連の満洲国侵攻に衝撃を受けた日本の戦争指導者たちは、8月9日の御前会議で「国体の護持」を条件に受諾を決定し、8月10日に連合国に打電した。翌11日アメリカ合衆国は「日本の政体は日本国民が自由に表明する意思のもとに決定される」とし、また「降伏の時より、天皇及び日本国政府の国家統治の権限は降伏条項の実施の為、其の必要と認むる処置を執る連合軍最高司令官に従属する」と回答した(「バーンズ回答」)。

 "subject to"の訳については「制限の下に置かれる」とする外務省と、「隷属する」とする軍部の間の対立があった。国体がどうなるかの確証はなく、軍部強硬派は国体護持が保障されていないと再照会を主張したために、8月14日に天皇の命令で改めて御前会議を開き、宣言受諾が決定されて詔勅が発せられた。同日、在スイス・加瀬俊一公使を通じて、ポツダム宣言受諾に関する詔書を発布した旨、また受諾に伴い各種の用意がある旨が連合国に伝えられた。

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 8月15日正午、玉音放送により、臣民と大日本帝国陸軍及び海軍に大東亜戦争の終結が伝えられた。軍隊に停戦命令が出されたのは8月16日であった。


 【参照】8月14日、誕生花はホオズキ
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/44061333.html

 【参照】8月14日、コルベ神父の祝日
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/17030761.html

 【参照】8月14日、清水寺千日詣り
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/35617133.html

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