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平成21年8月26日(水)昨日:公明・太田代表も遊説を取り止め、危機感鮮明。 支持母体も「今後は比例集中で」との声も 太田・北側両氏に比例重複なし 公明党は25日の幹部会合で、衆院選東京12区に立候補している太田昭宏代表(63)の全国遊説取りやめを決めた。東京12区では太田氏と民主党の青木愛氏(44)が激しく競り合っているため、30日の投開票日に向け、太田氏は自らの選挙戦に専念する。公明党は全国8小選挙区で候補者を擁立したが、厳しい選挙に直面している。支持母体・創価学会内では、今後、衆院での候補者擁立を比例代表に絞り、小選挙区からは撤退すべきだとの意見も出始めた。 太田氏ら公明党幹部は25日、東京都内の党本部で、選挙の終盤情勢を分析。出席者からは「小選挙区はいずれも厳しく、最後の5日間できっちりやり抜くしかない」などの指摘が出た。「選挙の顔」として、党首を前面に打ち出す選挙戦略も見直さざるを得ず、26日以降、太田氏を東京12区に張り付かせることを申し合わせた。 太田氏や北側一雄幹事長(大阪16区)ら公明党の小選挙区候補は全員、比例重複立候補を見送っている。小選挙区で落選すれば、復活当選の道はない。想定外の苦戦を受けて、党幹部は「選挙後、うちだけ党首がいない状況は、絶対避けなければならない」と危機感を募らせている。 これに対して、民主党の鳩山由紀夫代表は25日、東京12区内の街頭演説で、「公明党は自民党の補完勢力に過ぎない。党首と一騎打ちで戦っている女性を応援してほしい」と訴え、公明党との対決姿勢を露わにした。 自公連立を組んで、この10月で10年。圧倒的な多数だった自民党が議席を激減させる可能性が高い衆院選を目前に控え、公明党や創価学会では、2大政党以外の政党が議席を獲得するのが難しい衆院小選挙区に候補者を擁立するデメリットを主張する声が強まりつつある。 学会幹部は「これまで小選挙区に候補を立てていたので、自民党と協力せざるを得なかった。野党に転落したら、衆院は小選挙区から手を引いて比例に集中すべきだ」と強調した。 ◇ 既にして、事実上の敗北宣言? 与謝野氏「民主の一党独裁」 与謝野馨財務相は25日の閣議後の記者会見で、30日投開票の衆院選の情勢について「今の勢いでいくと、国会があたかも一党独裁になりかねない雰囲気だ」との懸念を示した。 東京1区から立候補している与謝野氏は、自身も厳しい戦いを強いられているとの見方を明らかにした上で、「自民党であれ他の政党であれ、ブレーキ役の政党が存在することが国会にとって必要だ」と指摘した。選挙戦に関しては「政策の内容比べとは別の政治姿勢と全体が問われている」と述べた。 ※ 自民党の後援会にも一度、民主党に政権を取らせようという人が多いと言われる。 かつて、1989年の参院選で「マドンナ旋風」を起こし、「山が動いた」との名言を残した土井たか子氏ではないが、支持政党の有無に関わらず確実に“地殻変動”が起っているようだ。 それにしても、与謝野氏の「一党独裁」発言は、我が身を省みて恥ずるところはないのだろうか。これまで、さんざん三分の二条項を用いて、数の論理で国会をゴリ押ししてきた自公連立の「二党独裁」は何だったのか。 8月26日は、「宇野ヘディング事件」の日です。 ◇ 宇野ヘディング事件 1981年8月26日、中日ドラゴンズ vs 読売ジャイアンツ(後楽園球場)での、中日ドラゴンズ・宇野勝野手の、歴史的かつ創造的エラー“事件”が勃発した。 中日2 - 0巨人で、7回裏二死二塁。中日のショートを守っていた宇野勝が、巨人・山本功児の飛球を捕球しようとしたが、照明が目に入り捕球できず頭に当たってしまい、打球はレフトに転々と転がった。左翼手の大島康徳がボールを追い、二塁手の正岡真二が急いで中継プレーの態勢に入った。 一塁走者の柳田俊郎は二死のためスタートを切っており、ホームインし1点差。打者の山本も三塁を蹴って本塁に突入したが、大島から正岡へ、正岡から捕手の中尾孝義へ返球され、山本は本塁死となった。 宇野 勝 (元中日・千葉ロッテ) 珍プレー集 同点は防げたが、ホームベース後方でカバーに入っていた投手の星野仙一は、グラブを地面に叩きつけた。その当時、巨人は前シーズンの1980年8月4日から連続試合得点記録が158試合続いており、この試合は159試合目であった。星野は後輩の小松辰雄と「どちらが先に巨人を完封するか」で賭けをしていたが、宇野のエラーで完封を逃した。 結局、試合は2 - 1で中日が勝利。なお、4回には宇野が先制点となる二塁打を打っており、これがなければ中日が引き分けか負けになる可能性もあった。星野は完封こそ逃したが、9回3被安打、1失点、自責点無しで勝利投手となった。 (巨人の連続試合得点記録は約1ヶ月後の9月21日、中日の小松辰雄が完封して174試合で止めた。) とても痛い珍・好プレー ◇ ヘディング事件が宇野を全国区にした! 宇野のヘディング事件がきっかけで『プロ野球珍プレー・好プレー大賞』という番組が定着し、宇野の知名度も全国区となった。まさに記念碑的偉大なるエラーであった。 星野(後の中日・阪神監督)、山本(後のロッテ監督)、大島(後の日本ハム監督)を含め、このプレーの関係者は宇野本人を除き後に監督となる大選手ばかりであった。このことも宇野の珍プレーが有名になった一因であると言える。 プロ野球・好プレー ◇ じつに通算7度の失策王 宇野の失策は、あのヘディング事件に限らず、当時の野球ファンの間でも有名だった。それでも、レギュラーを奪い取ったパンチ力は並外れており、遊撃手ながら少々の失策には目をつぶられることになる。毎年コンスタントに失策を重ね、通算失策数は実に270。これは、近年のプロ野球選手としては圧倒的な失策数だ。 1979年、失策27で初の失策王に輝くと、その年から4年連続失策王。1年置いて2年連続失策王を獲得するなど、通算7度の失策王に輝いている。毎年オフに行われる珍プレー・好プレーのテレビ番組では、宇野だけの失策特集が組まれるほどだった。 ちなみに三振王も2度獲得。 ◇ 必死の与謝野馨氏が “票を釣りたい” 釣り船遊説?(8月22日) 東京1区に自民党から立候補している与謝野馨財務相(71)は22日、芝浦運河で船上から遊説した。不安視された体調について「見ての通りバッチリです」と強調し、釣り船に乗船。スピーカー4台を積み「よろしくお願いします」と声を張り上げた。周辺はタワーマンションが次々と建ち、港区自体も前回選挙より人口が3万人近く増加しているため、新たに引っ越してきた有権者の票を“釣りたい”狙いなのか。この日は、与謝野氏の誕生日だったが、激しい逆風にバースデーどころではなかったようだ。 ◇ 閣僚たちにも大逆風 応援演説に漂う悲壮感 秋風しきり 25日午前、東京都北区。首相官邸での閣議を終えた野田消費者相は公明党の太田代表の応援に駆け付けると、いきなりこう切り出した。 「私も今、苦戦している。ここに来る時間があったら一分一秒でも早く選挙区の岐阜に戻りたいんです」。他人の応援どころではないと言う悲壮感が、ひしひしと … 。 応援もままならぬもどかしさをにじませながら、「『危ない、危ない』と言われて戦っているが、いったい何と戦っているか正直よく分からないんです。日本全国、聞こえてくるのは『政権交代』と言う、分かったような分からないような言葉ばかりだ」とぼやいた。 野田氏は20分ほどで会場を離れ、横浜市へ。自民党候補2人を応援し、新幹線で自らの選挙区へと急いだ。「これまであった応援の予約は全部キャンセルして、あとは最終日まで岐阜にとどまる」。かつてないほどの大激震が、閣僚経験者にも襲い掛かっているようだ。 ※ 昨年9月の麻生内閣発足時に、即解散総選挙をやっとけば、こんな憂き目もなかったろうに … 。 それから約11か月。天地がひっくり返ったようなありさまだ。 解散をのばしに延ばして来たことが、かえって反動となって、有権者に“やる気”を起こさせたのか? 目を醒ました日本の有権者が、どんな選択をするのか。 あゝ、30日朝の投票と夜の開票経過が楽しみ。 今からワクワク … 。 |

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