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平成21年9月23日(水)秋分の日:「八ッ場」中止手続き先送り、地元理解優先。 前原国土交通相は21日、八ッ場ダムの本体建設工事について、地元の群馬県長野原町などに対し、住民や自治体の理解が得られるまでは、建設中止に向けた法的手続きを始めない意向を文書で伝えた。 「白紙状態での話し合い」を求める地元に配慮し、手続きの先送りを打ち出したもの。しかし、建設中止は変わらないとする方針も改めて明らかにしたため、地元が軟化するかは微妙で、問題の長期化は必至とみられる。 ※ 民主政権に対して、官僚の抵抗もさることながら、地元の利益集団の抵抗こそ、死に物狂いの勢いがある。自民政権の下、長年にわたって公共事業を前提にビジネスをしてきたツケに、今、鉄槌が下される。 脱・官僚依存、脱・親方日の丸。 今日9月23日は、お彼岸のお中日です。 彼岸は「到彼岸」の略称。サンスクリットの「パーラミター」 音訳が「波羅蜜多」。漢訳が「度」。和訳が「成就・完成」。 六波羅蜜:智慧の完成に到る実践的方法論 布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧 布施:普く(布)施す。世界は循環する。独り占有せずんば万人に施すなり。 持戒:心の平安を保つなり。戒とは「防非止悪」、未生の悪を見つめるなり。 忍辱:娑婆世界は堪忍土。一、怒らず 二、仕返しせず 三、相手を責めず。 精進:一歩ずつ倦まず弛まず種を蒔く。八正道。 禅定:心の平安を保つなり。心こそ心迷わす心なれ心にこころ心許すな。 智慧:六波羅蜜の体。智目行足、智慧に基づく実践、実践の裏付けある智慧。 八正道:正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念(意識)、正定。 ※ あれこれと 迷ひし果ての 到彼岸 。 ◇ 秋季皇霊祭と言うこと ほんの少し前、春分の日と秋分の日とは、旧憲法下で定められた国の祭日であった。それぞれ、春季皇霊祭、秋季皇霊祭と称した。 皇霊祭とは、歴代天皇や主な皇族の忌日を春と秋にまとめて奉祀するもので、明治政府によって制定された。 日本古来の習俗であった、春は五穀豊穣を祈り、秋は実りある収穫に感謝する農耕民族の祭礼を国家神道に組み込んだものだった。 現在は「国民の祝日に関する法律」により、春分の日・秋分の日となっているが、果たして、その実体は … 。 ※ 春分の日と秋分の日とは、昼と夜とが同じ時間と言われますが、実際には7分ほどのズレがあります。太陽が顔をのぞかせた瞬間が「日の出」であり、太陽が完全に海に没する時が「日の入り」ですので、このようなズレが生じます。つまり、太陽1個分が7分相当と言えます。でも、太陽は真東に昇り、真西に没します。 親を思はば夕陽を拝め、親は夕陽のまん中に 西の空みて南無阿弥陀仏、弥陀は夕陽のそのさきに(今様)。 ◇ 金(政権)の切れ目が縁の切れ目? 自民党の47都道府県連の幹事長ら幹部を対象にした共同通信社のアンケートで、公明党との選挙協力の継続に明確に賛成したのは半分以下の19道県にとどまったことが21日、分かった。 反対したのは3県。20府県は見解を明確にしなかったが「自民単独で選挙に勝てる体制を打ち出すべきだ」といった慎重論も目立った。新執行部は来年の参院選に向けて再検討を迫られる。 「衆院選で票を出してもらい感謝している」との評価がある一方で、福井、宮崎、鹿児島各県連は、選挙協力をやめるべきだとし「独立独歩で自民党の道を歩むべきだ」「公明党の支持母体である創価学会以外の宗教団体から支持を得にくい」などを理由に挙げた。 京都は「党の進むべき方向性は違う。下野したので公明党側にメリットがあるのかという話になる」。愛知は「政権維持には必要だったが、今後はゆっくり考えていくべきだ」と消極的。 自民党の独自政策を優先する立場から「お互い野党なので個別の主張をすべき」(群馬)、「政策を共有できるかどうかで協力の度合いは変わってくる」(熊本)などの意見もある。 徳島は「冷却期間を置いてメリット、デメリットを再検討する必要がある」と検証を求め、富山は「新総裁と公明党代表が協議すべきだ」と指摘。福島、東京、静岡、山口、福岡の5都県は無回答。 ※ もとより、連立野党など存在しない。かつて、社会党と共産党とで社共連合で選挙戦を戦ったが、共産党ばかりにメリットが集中して沙汰止みとなったケースがある。自公の場合は、余りにも強烈な負け方をしたので、共闘はあり得ないだろう。もともと、大臣ポストと学会の票とのギブ&テイクだったのだから。 ◇ 巷間に曰く、9月23日は「醜聞の日」です。 醜聞と言えば、何つったってベルルスコーニ・イタリア首相に止めをさします。ところが、若者の半数がベルルスコーニを支持しています。曰く、「不正は悪いが私生活は自由」とのこと。 今春以降、十代の少女との関係や別邸での裸パーティー、公邸への売春婦招待など醜聞にまみれるイタリアのベルルスコーニ首相は、なぜ5割前後の支持率を落とさないのか。そんな疑問から大手の独立系調査機関CENSISが倫理観について世論調査したところ、「不正は悪だが、私生活での遊びは自由」という若者の視線が明らかになった。担当者は「60年代から高まるイタリア個人主義の極み」とみている。 イタリアの若者たちは、不正採用や闇労働者の搾取、性関係によるキャリアアップには厳しい反面、政治家を含めた成功者のモラル逸脱には寛容だ。イタリアでは60年代初め、従軍を拒否する運動が盛んになり、『自分自身であり続ける自由』が求められた。こうした個人主義の流れは、70年代に離婚や従軍拒否、中絶の合法化につながり、2005年には徴兵制も廃止された。 ベルルスコーニは、実力で大企業家になり首相になった。私生活で女性を追い求めて何が悪い、という自分本位の考えが蔓延している。薬物はイタリアでも違法だが、「有名人が使用しても醜聞にならない。小さな違法行為より個人の自由が優先している証拠」と言う。ベルルスコーニがどこまで許容されるかが、イタリアの個人主義のバロメーターとなる? ※ ノリピーがイタリア人だったら、スキャンダルにはならなかったけれど、「のりピー語」を使えなかったので、有名人にはなれなかった? |

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