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平成21年9月24日(木)昨日:トヨタが証券事業譲渡へ、事実上の撤退。 トヨタ自動車が、傘下の証券事業を2010年1月にも独立系中堅の東海東京フィナンシャル・ホールディングスに譲渡する方向で調整していることが24日、明らかになった。 トヨタは2010年3月期連結決算で2期連続の巨額赤字に陥る見込みのため、自動車ローンなど自動車関連事業に経営資源を集中し、証券事業からは事実上、撤退する。 ◇ 原監督V3、36年ぶりの3連覇(9月23日) 巨人の3連覇は、1965年から1973年まで長嶋茂雄、王貞治(ON)を擁した巨人が達成したV9以来、36年ぶりの快挙。巨人の新たな黄金時代を作り上げる原辰徳監督(51)は、選手たちの手で8度、宙を舞った。 育てながら勝つ。この究極の理想に挑み、大きな成果を残した。今季は坂本、松本、亀井が主力として申し分ない働きをした。東野は1年間ローテを守り通し、中井、田中らの若い力も1軍で結果を残した。 「選手は無限の可能性を秘めている。型に嵌めてはいけない。型にはめることは、チームを私物化することだ」。今春のキャンプで、原監督はこう語った。その信念を貫き、選手にさまざまな経験をさせ、適性を見極めた。 長嶋氏は親しい関係者にこう話している。「原監督はすごい監督だ。おれができなかったことをやっている。若手を育てながら勝っているんだから」。新たな黄金時代を作り上げた後継者を、頼もしく感じながら、見守っている。 この3連覇は、原監督にとって通過点に過ぎない。これからクライマックスシリーズ、日本シリーズが控える。さらに開幕前に掲げた「過去は忘れ、今季から5連覇する」という目標がある。「先輩のすごい数字に一歩近づけたという思いはある。それをエネルギーに変えていきたい」。その先にあるものに向かって、原監督は再び歩き始める。 ※ 東京ドームでの胴上げを、ドラゴンズ・メンバーは見もせずにベンチ裏に消えた。わずかに和田だけが、暫しベンチに留まった。落合監督に、目の前での胴上げ阻止と言う姑息な意図はなかった。対巨人6連敗、クライマックスシリーズを如何に戦うのか。 そんな同じ日に、ウエスタンでは中日が優勝を決めた。中日はファーム日本選手権(10月3日・富山市民球場)でイースタン・リーグ優勝チームと対戦する。 2000年9月24日、巨人がサヨナラHRで4年ぶりセ・リーグ優勝。 54年ぶりの奇跡! 長嶋監督、初めてドームで舞う <巨人5−4中日>(2000年9月24日、東京ドーム) 9回裏、4点ビハインド。これを引っくり返して5度目のリーグ優勝を勝ち取った長嶋茂雄監督の胴上げ。試合に勝って監督として本拠地で胴上げされたのは、後楽園時代を通じ初めてのことだった。 巨人・江藤智三塁手の満塁本塁打の興奮が冷めやらぬ中、続く二岡智宏遊撃手が打った瞬間にガッツポーズ。打球はオレンジ一色の東京ドーム右翼席へ一直線に飛び込んだ。9回裏、一挙5点を奪った巨人は逆転サヨナラ勝ち。4年ぶりのセ・リーグ優勝を劇的な連続本塁打で勝ち取った。 打球の着地点を見届けると笑顔がはじけ、高々と両手を上げた長嶋茂雄監督。顔を紅潮させ、コーチ陣、選手とだれ構わずハイタッチ。背番号3が子どものように何度も飛び跳ねた。 二岡が生還し“殴る蹴る”の手荒い祝福を受けると、次はドームを埋め尽くした5万6000人の大歓声をBGMにミスターが5度、宙に舞った。長嶋巨人のセ・リーグ優勝は通算5度目だったが、試合に勝って東京ドームで胴上げされるのは初めてのことだった。 数々の栄光、修羅場を越えてきた男もあまりにも突然に、あまりにも劇的にやってきた感動のシーンにしばらく時間が過ぎても足が震えていた。「もう言葉では言い表せないですね。本当に監督冥利に尽きる一瞬でした。やっばり野球というのは生きていますから」。甲高い声がいつも以上に上ずった。野球人生最高の胴上げを20世紀最後のシーズンに本拠地で味わえるなんて … 。長嶋監督は超満員のスタンドをグルッと見回しながら帽子を片手に持ち、グルグルと大きく何度も、何度もファンに向かって振っていた。 試合は9回表を終了し、0−4。正直なところ、ひっくり返す雰囲気は、ここまで散発5安打のジャイアンツには全くと言っていいほどなかった。 しかし、元木大介二塁手の右前打から3連打で満塁のチャンスを作ると、超重量打線が本領を発揮。ドミンゴ・マルティネス一塁手が三振した後、ここまで31本塁打の江藤が打席に入ったのだった。 広島からFA移籍1年目。横浜に決まりかけていた話を断り、巨人入りしたことで“裏切り者”扱いされたこともあった。長嶋監督が付けていた33番を譲られたプレッシャーもあって、前半戦は不振にあえいだ。体重も5キロも減り、抜け毛に悩んだ。 その悩みぬいたスラッガーが、カウント0−2から、中日の抑えエディー・ギャラード投手の147キロストレートを捉えた。左中間に起死回生のグランドスラムを放ったのだった。悩み苦しみ続けた日々が嘘だったように江藤も長嶋監督同様、子どものように飛び跳ねて、そして笑った。「移籍1年目でこんなに嬉しいことになるなんて … 。 巨人に来て良かった? この顔を見てくださいよっ!」。背番号33は胸を張って見せた。 そして、二岡だ。江藤の満塁弾でドーム内が異様な雰囲気に包まれている中で、唯一人、冷静だったのだ。 「正直、狙ってました」と二岡。頭に血が上っているギャラードの真っ直ぐは、力んだだけのキレのないボールだった。得意のライト打ち。二岡の打球が一番伸びる弾道だった。シーズン10号のソロアーチは10年前に同じ背番号7の大先輩、吉村禎章外野手が記録して以来の、“決まり手”がサヨナラ本塁打による優勝だった。入団2年目でサヨナラ弾は早くも4本という勝負強さ。一番の役者に“オイシイところ”が自然と回ってきたという感じだった。 9回4点ビハインドを巨人が逆転した例は、1リーグ時代の1946年7月28日の対パシフィック9回戦(西宮)以来、54年ぶり2度目。リーグ優勝が決まった試合でのサヨナラ勝ちは3度(当時)あったが、逆転サヨナラは初めて。ドラマチックな男・長嶋茂雄の20世紀をしめくくる、最高のクライマックスだった。 |

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