今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成21年9月27日(日)昨日:イチロー、メジャー9年目で初の退場。

 マリナーズのイチロー外野手は26日、トロントでのブルージェイズ戦に「1番・右翼」で出場したが、5回1死三塁で見逃し三振となった際、球審に対して侮辱行為をしたとして退場となった。イチローの退場はメジャー9年目で初。

 イチローは、3球続けて見逃した球をストライクとコールされ三振に倒れた。その直後に、バットでストライクゾーンから離れた所に線を引き“ここを通った”とアピールした。これに対してブライアン・ランジ主審は“侮辱行為”と判断。退場を宣告したもの。

 イチローはこの日、1打席目二ゴロ、2打席目は左飛で、3打数無安打。打率を3割5分3厘に落とした。 ランジ審判は昨年、マリナーズ vs メッツ戦で、メッツのマニエル監督の抗議に退場を宣告した際の態度が“反審判的”だったとして出場停止処分を受けるなど、お騒がせ審判としても有名なお方。

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 ◇ 土井正三氏の訃報に、イチロー「そうじゃないのにねえ … 」

 マリナーズのイチローは、オリックス入団当時の監督だった土井正三氏の訃報を知人からのメールや電話で知った。25日のブルージェイズ戦後、「相当悪いということは聞いていましたし、覚悟はしていました。ご冥福をお祈りします」と静かに話した。 「(病気にもかかわらず自分のことを)気にしてくれている、と聞いていた。だから200本のこととかを知っていてくださったらうれしいですけどね」。メジャー史上初の9年連続200安打は、同氏が亡くなる11日前の達成だった。

 土井氏が監督を務めていた1993年までの登録名は鈴木一朗。同年末に仰木彬氏が監督を引き継ぎ、1994年には登録名「イチロー」で大ブレーク。その後15年以上にわたり、日米球界で大活躍。そんな経緯からか、土井氏には「イチローという才能を見いだせなかった」とのイメージが付きまとうことになったが、当事者のイチローはこの見方を否定する。 「そうじゃないのにねえ…」。

 ※ 土井正三氏は入団当時、荒川コーチからバッティング・フォームの改造を要請されたが、「自分はこれでやらして欲しい」と、押し通したと言う。 だが、土井監督は、鈴木一朗にバッティング・フォームの改造を強要して譲らなかったと言う。名馬、必ずしも名伯楽たり得ず。


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 ◇ 滝川クリステル・キャスターが「ニュース JAPAN」を降板(9月25日)

 フジテレビ系「ニュース JAPAN」(月〜木曜・後11時半、金曜・後11時58分)の滝川クリステル・キャスター(31)が25日、都内の同局で後任の秋元優里アナウンサー(25)と交代会見を行い、この日夜の放送を最後に同番組を卒業した。 2002年10月から7年間、「斜め45度の女神」としてニュースを伝えてきた滝川キャスター。瞳を潤ませながら、約3か月前から辞意を固めてきたと明かし、今後については「少しリセットしてから。グローバルな視点を持つジャーナリストが理想的です」と語った。

 秋元アナは「滝川さんの助言をいただきながら、自分なりの角度を見つけたい」と脱45度を宣言。同局の豊田晧社長は「制作費の削減が理由ではありません。そんなにギャラをもらってないんじゃないか」と円満な交代を強調していた。

 ※ 9月21日の発表から4日後の25日降板というのは、人気メインキャスターには考えられない降板。何らかのトラブルがあったということか。めでたく“卒業”とは、体のいい追い出し。高額ギャラ・キャスターのリストラという側面もありそう。

 滝川アナは昨年、共同テレビとセント・フォースが共同設立したアナウンサープロダクションの「フォニックス」に移籍。彼女のギャラは現在1回50万円とも言われる。「テレビ局の収益はここ数年きびしい。結局、ギャラの問題で折り合わず決裂したのでは … 」とも言う。

 滝川クリステル 「 それでは、今夜はこの辺で … 」


 テレビ不況は、ますます厳しさを増している。今春の各局の決算は、減収に次ぐ減収で、制作費削減をますます求められている。フジテレビは1年前に制作費5%の削減とタクシーの利用規制などを打ち出していた。そして、最後の砦ともいえる高額ギャラタレント起用の削減に乗り出したと言うわけか。ギャラの安いお笑いタレントでお茶を濁し、ギャラの高いタレントをはずす。やがて、誰もテレビを見なくなる? ( グーグルは、破壊の帝王です? )



 本日9月27日は、井上一樹の引退セレモニーが行われます。

 中日・井上一樹外野手(38)が25日、今季限りでの現役引退を発表しました。今季は開幕から極度の打撃不振に陥り、41打数3安打の打率 .073 と精彩を欠いた。

 「4日前に決断しました。いろいろ悩みましたけど、始めがあれば終わりがあると思って。僕が初めて優勝した1999年に、優勝を決めた試合で決勝タイムリーを打てたことは今でも鮮明に覚えてます」。今日27日に引退セレモニーが行われます。球団側は来季の2軍打撃コーチを要請する方向で、井上本人も受諾する見込みです。


 ◇ 井上一樹外野手(元・投手)

 今季は4月3日の開幕・横浜戦(ナゴヤドーム)でスタメン出場したものの2試合3打席無安打で同8日には登録抹消。大半を2軍で過ごし、「チームに迷惑をかけた。打てなくても応援してもらったけれど、声援が涙腺を緩ますようにも聞こえてきて … 」と引退に傾いた。他球団に働き場所を探してでも、という考えが浮かんだ時期もあったが、「ドラゴンズに育ててもらった。ドラゴンズで終わるのが一番だと思った」。あとはいつ覚悟を決めるか、だけだった。

 5年目の1994年、キャンプまでは投手として過ごしたが、故障者が続出したこともあって開幕前の2軍オープン戦で突然、外野手転向を命じられた。「それからもう16年ですからね。自分としてはよくやったと思いたいし、家族はそう言ってくれている」。自らを「たたき上げ」と称する男は、そう言って遠くを見詰めた。

 そんな井上が一番の思い出に挙げたのは、「やっぱり優勝を決めた二塁打。カメラマンがよく撮っていてくれました。後から考えても、どうしてあんなポーズをしたのか分からないんですけどね … 」。1999年9月30日のヤクルト戦(神宮)。同点の8回に左翼越え決勝二塁打を放つと、両手を頭上で広げて一本足でベース上に立つ鶴のような歓喜のポーズをつくった。ちょうど10年前、プロ10年目の輝いた瞬間だ。

 今後は、「これからゆっくり考える。就職活動でもしようかな」と笑わせた。もちろん「ドラゴンズにかかわり続けたい」。野球から離れるつもりはない。今はただ「たくさんの人やファンに支えられてきた20年。みなさんにお礼が言いたい」。27日は鹿児島から両親や恩師の塩瀬重雄・元鹿児島商野球部監督らも招き、心のこもったパフォーマンスを披露するつもりだ。

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 <中日2 - 8阪神>(27日午後2時、ナゴヤドーム)
 (勝ち投手:岩田6勝4敗 負け投手:山本昌1勝4敗)

 中日・井上へ、元バッテリーの阪神・矢野が花束贈呈

 先輩・立浪の花束贈呈に、こらえられずに号泣するカズキ

 中日の井上一樹外野手が27日、ナゴヤドームでの阪神戦で引退した。中日一筋20年の井上は、「故郷鹿児島から名古屋に出てきて20年。僕を助けて、励ましてくれたみなさんに感謝いたします」と挨拶。「しゃべるのは不得意な方ではないけれど、今日は言葉がでません」、井上は何度も感極まって、言葉が途切れ途切れになった。 無言であることが、これほど雄弁であったとは、感動的な一瞬だった。 引退セレモニーでは元中日の阪神・矢野と、同じく今年で引退を表明している立浪から花束を贈られると、抱き合って号泣した。 井上の最後の試合は、「6番・右翼」で先発出場。4打席に立ったが無安打に終わった。

 ベテラン山本昌、白星を贈れず、5回8失点KO

 山本昌は5回8失点であっさりと降板。球に切れがなく、持ち味の制球力もなし。二回に相手先発の岩田に不用意な先制打を許すと、その後も立ち直る気配は見られず、五回には狩野に満塁本塁打を浴びるなど散々な内容で、見るべきものは何もなかった。 試合後、「一樹の引退試合なので、何とかいい試合にと思ったが。申し訳ないですね…」と肩を落とした。

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 井上は、「ふるさとの鹿児島から出てきて20年。球団、名古屋、ファンに育ててもらい感謝しています。そして、一緒にプレイしてくれた皆に感謝します」と、涙ながらに挨拶。最後の胴上げでは、なんと阪神サイドから矢野、高橋光の元中日メンバーの2人も加わった。 中日一筋でプレーしてきた井上。チームで選手会長を2年務め、ファンサービスの向上にも尽力してきた38歳に、左翼席の阪神ファンからも温かく熱い声援が送られた。

 ※ 眼に刻む薩摩隼人の夢舞台 竜一筋に今ぞノーサイド



 ◇ 楽天が先発全員安打で球団史上初の貯金10!

  <西武4−11楽天>(27日、西武ドーム)

 楽天は序盤から打線がつながり西武先発の涌井を早々に粉砕。その後も西武投手陣をことごとく打ち崩し、先発全員安打の16安打11得点で、4位西武に連勝。貯金を球団史上最多となる10とした。これで西武とのゲーム差は「4」に広がり、クライマックスシリーズへのマジックナンバーは2つ減って「6」。悲願の球団史上初となるCS進出へまた一歩前進した。

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 【参照】9月27日、女性ドライバー誕生の日(1917年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/36918529.html

 【参照】9月27日、天皇がマッカーサー元帥を訪問(1945年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/20472136.html

 【参照】9月27日、“火サス”最後の日(2005年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/44773416.html

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