今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 ◇ 中川昭一元財務相、自死 ? 事故死?

 警視庁によると、自民党の中川昭一元財務相(56)が
 東京都世田谷区の自宅二階で死亡しているのが発見された。

 中川元財務相はベッドでうつぶせになって死亡していた。
 外傷はなく、事件の可能性はないとみられる。

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 ◇ 先の衆院選で落選の憂き目

 衆院選の北海道11区で落選した中川昭一氏(56)は、再出馬に前向きだったが、陣営内の意思統一が進んでおらず、後援会と党とを合わせた水面下の調整が注視されていた。

 中川氏は8月30日の落選後の挨拶で、「これからもまたやらなくてはならない事がある。皆さんにまたご恩返しをさせていただきたい」と発言していた。9月2日には、十勝の新聞社を訪れ「再起を期すということはこれまでの方針通り」とも語っていた。 6日の会議には、後援会の町村の後援会幹部ら約30人が出席。中川氏は事務所の引っ越し作業などから不在だった。非公開で行われ、参加者1人ひとりが選挙戦の総括・反省点について発言。本人が欠席したことに対し、出席者から疑問の声も挙がっていた。

 中川氏が支部長を務める自民党支部も、全国的な惨敗の反省を含めて総括の作業を進め、支部幹部は、道11区の候補選びに「後援会で、はっきりと方向性が定まってから」と後援会側の動きをみながら対応する考えだった。支部内には「2度連続して落選したわけではなく、実質的に新たな候補を選ぶのも難しい。中川さんで次も戦うべき」との声も出ていた。

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 だが、中川氏本人の総括や再起への意思表示の方法など、敗戦処理の仕方に不満がくすぶっていたのも事実。中川氏の後援会内部からは「本人が一軒ずつ回り、組織的に『またやるぞ』という気持ちを起こさせることが重要」との指摘が挙がっていた。 後援会の古参幹部は「時間をかけると後援会が霧散してしまう。再構築を含めて、本人がしっかりとした形で意思表示することが必要」と話していたのだが … 。

中川氏は公式HP上のコーナー「中川昭一が語る」で、身辺雑観をつづっていたが、8月30日の衆院選で落選した後は9月14日に一度だけ更新。

 「私の選挙が終わった。多くの人々が仕事、家庭、お盆を犠牲にして私の為に戦ってくれた(中略)それでも負けた。活動してくれた人々、約9万人の支持を考えると誠にありがたい」。逆風の中の選挙戦を振り返り、支持者への感謝の意を淡々と述べる中川氏。「悔しい。しかし、十勝の総意として、私は否定された」などと敗戦の心情を吐露した。

 さらに、「私を含め、『保守』議員の多くがいなくなったが、まだ残っている。彼らがいかに保守の旗印をもう一度立て直し、日本を守り、真の意味で国民を守るかを真摯に議論してほしい。心ある国民はそれをぜひ応援してほしい」と保守政治にかける思いを語った上で、「私は今後新たに決意を持って進んでいきます。発信していきます。『日本が危ない』から」と結んでいた。


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 ◇ 自民・谷津氏、「自殺の痕跡はない」

 自民党伊吹派の谷津義男氏は4日、中川昭一元財務相・金融相の死因に関連し、中川氏の自宅前で、「自殺の痕跡はない。解剖したいので病院に連れて行くとのことだった」と述べた。

 起きてこないため奥さんが様子を見に行き、動かなくなった中川氏を見つける。
 室内に荒らされたような形跡はなく、中川氏は寝間着姿だった。
 妻が3日午後9時すぎにベッドで寝ている中川氏を見た際には呼吸をしていた。
 中川氏は妻と息子、娘の4人暮らし。当時、息子と娘は外出していた。


 ◇ ベッドに若干の嘔吐物、行政解剖へ

 4日朝に東京都世田谷区の自宅のベッドで死亡していた中川昭一元財務相が、嘔吐していたとみられることが、警視庁世田谷署への取材で分かった。 同署によると、ベッドに若干の嘔吐物があった。家族は「最近は通院しており、睡眠薬を服用していた」と説明しているという。今後行政解剖して死因を調べる。

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 中川氏は1953年、中川一郎元農相の長男として東京都渋谷区で生まれた。東大法学部卒業後、旧日本興業銀行に勤務したが、一郎氏が自殺したことに伴い、1983年の衆院選に北海道旧5区から自民党より立候補して初当選。小渕内閣で農相、小泉内閣で経済産業相、党政調会長、麻生内閣で財務・金融相など政府、党の要職を歴任した。


 中川昭一 公式サイト
 http://www.nakagawa-shoichi.jp/

 (以下、公式サイトより抜粋)

 選挙中、周りの人からは「あまり民主党を攻撃するな」と言われた。もちろん自分の主張はしたが、マスコミは既に我々の敗北が決まった様な報道をしているので、そうなれば「大変なことになる」と訴えざるを得なかった。「泣け」とか「土下座しろ」というアドバイスもあったが、私には出来なかった。

 それから2週間経過し、十勝は夜を徹して収穫の真っ盛り。コスモスが咲き乱れている。マスコミは新政権の行方と自民党の混乱、そして事件・事故報道ばかり。予想通り「危ない政権の危ない日本作り」が着々と進んでいる。そんな中JALの経営危機問題。この問題は永年の労組中心の高コスト構造と甘い経営に尽きる。アメリカのGMと同じだ。労組は「自分達の労働条件が悪化すると乗客の安全性が保証できない」と客の生命を人質に脅かしている。新政権になれば、ますます労組の主張が通るだろう。だからこそ、日本と日本人を守るために自民党がしっかりしなければならない。

 ところが・・・・・。党内議論は「若手に主導を渡せ」「上の人間は出て行け」「派閥をなくせ」・・・・。党がおかしくなると感じた時に、毎回「セミ」のように騒いでいる。近くは、今回解散前、遠くは今から16年前の記憶が私には鮮明だ。 平成5年、我々は負けて野党になった。(私は当選したが)。やはり、不況、悪天候で不作、年末にはウルグアイラウンド(GATT、WTOの前身)で細川内閣は「無条件降伏」をした。あの時も党内で上を下への大議論をやった。しかし、激論の末、石原慎太郎さんの下で党再生の本格的議論が始まった。私も参加して、各分野ごとに、日本の為に党はどうなるべきか、どういう政策を打ち出すべきかを連日議論した。そして一年後、政権政党に戻った。その前提は唯一つ「保守」であった。

 私を含め、「保守」議員の多くがいなくなったが、まだ残っている。彼らがいかに保守の旗印をもう一度立て直し、日本を守り、真の意味で国民を守るかを真摯に議論してほしい。心ある国民はそれを是非応援してほしい。 自民党は末期的だが、今こそ日本の保守の軸を改めて確立するために全力を尽くすべきだ。さもなければ、日本は世界の中で埋没しながら自壊してゆく。

 P.S. 過日、麻生総理の「就任直後に解散しておけば勝っていたかもしれない。しかし、経済状況を考えると、とてもそれはできなかった。」という主旨の報道があった。それが総理の本音であり、総理という立場の判断の辛さだと思う。私は麻生総理に対し、心から申し訳なく思っている。何故なら、昨年来、経済・生活対策を最優先にすべしと一番強く迫ったのは、財務・金融担当大臣つまり私だからである。何よりも政局より、政策実行の為に。総理の選挙を負けさせ退陣に追い込んでしまった。私も議席を失ったが、あの時の判断は、その後の対策が日本と世界を上向きにしつつある現状を見ても、間違っていなかったと今でも思っている。

 私は今後新たに決意を持って進んでいきます。
 発信していきます。「日本が危ない」から。


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 麻生前首相は4日、中川昭一元財務・金融相が死去したことについて、「自民党の再建に向けて、次の世代を担う大事な人材だった。麻生政権では、財務・金融担当相として、世界の金融危機への対応に卓越した力を発揮していただいた。言葉にならない位にショックを受けており、慎んでお悔やみ申し上げる」とのコメントを発表しました。

 ※ 全世界のメディアの前で、取り返しのつかない醜態を晒した罪過は拭いがたいものがある。あの折りに潔く政界から脚を洗っておけば、別の人生も開けたはずだ。酒に流されたのと同様に、周囲の意見に流されて決断を誤ったとしたら、千般悔いて尚も恨みが遺るだろう。 (合掌)

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