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平成21年10月20日(火)昨日:西川・日本郵政社長が辞意、月内にも新体制。 日本郵政の西川善文社長が辞任する意向を固めたことが19日、分かった。西川氏を巡っては、鳩山首相をはじめ亀井郵政改革相、原口総務相の関係閣僚が自発的な辞任を促す発言をしていた。事実上、これを受け入れた形。政府は、西川氏から正式な辞意の伝達を受け次第、後任社長を決める。小泉政権以降の郵政民営化の流れは、経営の方針、体制の両面で大きく転換することになる。 西川氏は13日、亀井郵政改革相から、郵政を巡る鳩山内閣の基本方針について説明を受けた。その後、親しい複数の関係者に「政府の方針が変わったので、辞めるのが適当だ」と辞意を伝えたという。 西川氏は、郵政民営化の象徴として、日本郵政グループの株式上場を最大の経営課題と位置づけてきた。しかし、鳩山内閣の下で、株式の上場を凍結する法案の成立が確実となるなど、経営の大転換を迫られることから、これ以上トップにとどまるべきではないとの判断を固めたとみられる。 28日に予定される日本郵政の取締役会までに、辞意を正式表明する見通し。それを受け、日本郵政は後任社長を取締役に迎えるための臨時株主総会の開催準備に入る。早ければ10月中にも新体制が発足する見込み。西川社長を支えてきた他の取締役にも辞任の動きが広がる可能性がある。 西川氏は三井住友銀行頭取、全国銀行協会会長などを歴任。2006年1月、当時の小泉首相に請われて、民営化の準備会社の社長に就任した。しかし、麻生政権下の今年1月以降、「かんぽの宿」売却を巡る不手際など不祥事が相次ぎ発覚、経営責任を巡り対立した鳩山邦夫総務相が更迭される事態に発展した。 ※ 2005年9月、「郵政選挙」なるものがあった。そして、小泉自民が地滑り的大勝を治めた。参院で郵政民営化関連法案が否決された事を受けての解散総選挙と言う異例なものだった。選挙の結果は、圧倒的多数の有権者が郵政民営化を支持したのだった。小泉氏は「自民党をぶっ壊す!」と叫んで総裁選に勝った。そして、自民党は確かに壊れた。 夥しい身内の血を流した果ての郵政民営化も、安倍・福田・麻生と言うトホホの三賢人を経て政権交代すると、既決の政策も手の平返しとなるのか。郵便の国有は問題ないが、簡保&郵貯の資金を国が、予算審議を経ることもなく運用する愚を繰り返すのは避けるべきだろう。 10月20日は、浦山桐郎の命日です。(1985年) ◇ 浦山桐郎(1930年5月14日生まれ) 兵庫県相生市に生まれるが、出産時に母を亡くし実母の妹が継母になった。高校3年生の時に父が自死、母の郷里の名古屋に移った。父は歌人としても有名で、播磨造船に勤めるかたわら相生市歌を作詞。 松竹の助監督募集に応募し、筆記試験で高得点をとるも、身体検査でおとされる。この時、大島渚は合格、山田洋次はおちる。 その際の試験官だった鈴木清順に誘われ、日活の入社試験を山田洋次と共に受け不合格、山田洋次は合格した。 しかし、山田洋次が松竹に補欠合格できたため、浦山は日活に補欠合格することができ、1954年に助監督として入社する。 『 キューポラのある街 』 1962年4月封切 ※ 子どもながらにも、社会への関心を開かせてくれた作品だった。 思えば当時の日本映画は、暗い作品が多かった。暗闇の世界から外へ出た時、 眩しく見えた世間の様子が、妙に色褪せた印象に変っていたものだった。 川島雄三、今村昌平らの監督につく。1962年、早船ちよ原作、吉永小百合主演の『キューポラのある街』で監督デビュー。鋳物の町に暮らす貧しい若者たちの生き方を描いたこの作品は、大好評となり日本映画監督協会新人賞、キネマ旬報ベストテン第2位など高い評価を受けた。 1963年、和泉雅子主演の『非行少女』を撮り、モスクワ国際映画祭金賞を受賞。さらに遠藤周作の原作をもとに実験的演出を試みた『私が棄てた女』を撮った後は日活を離れ、大竹しのぶのデビュー作となった『青春の門』、『青春の門・自立篇』、テレビドラマ『飢餓海峡』などを演出した。アニメ『龍の子太郎』、灰谷健次郎原作の『太陽の子 てだのふあ』と子ども向けの作品が続いたのち、1983年には古巣の日活(にっかつ)のロマンポルノ作品で、木村理恵主演の『暗室』を発表して話題を呼んだ。 ◇ 映画『青春の門(筑豊篇)』(1975年)、『青春の門(自立篇)』(1977年) 「青春の門」は、五木寛之が1969年から『週刊現代』に連載している大河小説。そして、映画『青春の門(筑豊篇) (自立篇)』は、まさに「青春の門」だった。浦山桐郎監督の手堅い演出で、それぞれの登場人物が活き活きとしていた。なかでも、大竹しのぶの織江は、はじけるような体当たり演技で、突出していた。塙竜五郎役の小林旭も良かった。田中健の信介しゃんは、やや内向的過ぎた演出にも見えた。伊吹重蔵に仲代達矢、伊吹タエが吉永小百合だった。 『 キューポラのある街 』 テーマ曲 生涯9本の映画の内、5本がキネマ旬報ベストテンに入り、寡作ながら日本映画を代表する監督としての名声を得たが、吉永小百合主演の『夢千代日記』を完成させた1985年、急性心不全により逝去、享年55だった。「1ダース映画を撮る」と言い続けたが、9本で打ち止めとなった。 ※ 彼は強烈なアンチ巨人だった。草葉の陰で、明日からのCS第2ステージでの中日ドラゴンズに、惜しみなき声援を送ってくれることだろう。 |

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