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平成21年10月24日(土)昨日:税収の2割が国債の利払いで消滅! 国破れて銀行在り 民責むるも悔恨深し 既に還すに耐へざらむと欲す 2009年度の新規国債発行額が50兆円を超す見通しになるなか、国債の利払い費が膨らむ可能性が強まっている。国の税収に対する利払い費の比率は10年ぶりに20%を超え、政策に使える税収が一段と減る見通し。利払い費に償還分も合わせた国債費全体では20兆円を超え、社会保障費の25兆円に迫る。政府は利払い費の増加リスクを抱え、難しい財政運営の舵取りを迫られる。 2009年度の利払い費は、麻生政権が策定した補正予算後の一般会計ベースで9兆5000億円。1日あたり約260億円を利払いに充てている計算。政府は補正予算の見直しで約3兆円を削減したが「国民生活に密着したものに振り替える」(藤井財務相)として借金返済に充てない方針を示している。 ※ 「稼ぐに追いつく貧乏なし」、なんて良い言葉なんでしょうか。そうであって欲しいとは思いながらも、「利払いに追いつく稼ぎなし」と言う現実が突きつけられます。社会保障に関わる給付費は膨張の一途、借金は増えるばかり。ほんでもって、大企業は海外で生産して、海外で販売して日本をスルー。 ニッポン人 なんでおまんま 喰えばよい! 10月24日は、根上 淳の命日です。 ◇ 根上 淳(1923年〜2005年) 東京都出身の俳優。本名は、森 不二雄。1950年代から大映で、菅原謙次と人気を二分した二枚目スターだった。 1965年、根上の大ファンであった歌手のペギー葉山と結婚する。夫婦で本を出版したり、書道の展覧会に二人で出展するなど、芸能界一のおしどり夫婦として知られていた。 晩年はサイレントキラー(自覚症状がないのが特徴)と言われる糖尿病になり、それから脳梗塞、認知症を患う。ペギー葉山が7年間ほど介護して看取った。 ◇ ペギー葉山さんの介護(2009.5.29) ペギー葉山さん(75)は、糖尿病や脳梗塞などを患い、2005年に亡くなった夫の根上淳さんを介護した。ペギーさんは「高齢化社会の中で大切なのは、介護に携わった人たちがお互いに情報交換ができるような環境づくりではないか」と語った … 。 糖尿病だった夫は、平成10年8月に突然、脳梗塞を併発しました。お医者さんから私だけ呼ばれて、「俳優の仕事は無理です」といきなり言われたときはもう腰が抜けちゃった。その晩、息子の前で泣きました。私は彼のファンの1人でしたから … 。 リハビリでは「右手を出して左の足を前に」と指導されてもできなかった。それなのに「言われなくても分かっている」なんて反抗していました。本当に情けなかったですよ。彼は颯爽とした俳優でしたし、「どうして … 」という言葉ばかりが頭の中を巡りました。 歩くときに、私が手で支えようとしても「独りで歩ける」と振り払ってしまう。お医者さんから「転んだら寝たっきりになる」と言われていたので、息子や私が一緒に後ろについて、公園での散歩のときは、いつでも座れるように小さい椅子を手にして、よろよろっとすると、椅子をさーっと出して、まるで殿様のようだった。 でも介護をしていくうちにだんだん私は強くなったんです。夫はその後、心不全、腎不全、心筋梗塞、膀胱癌など、いろんな病になりました。私の方でも「また次の病気ですか」とお医者さんに対して、反応ができるようになったんです。人間って変わるのですね。 心筋梗塞になったときなんて、リサイタルの開演30分前に突然、病院の主治医から電話がかかってきて、「ご主人が心筋梗塞で集中治療室に行きました。危険な状態です。早く来てください」と言われましたが、会場では、お客さまが待っている。完璧に公演をやらなきゃならなかった。もうやるっきゃないという思いでした。 死ぬ間際、夫が要介護4になったころには「病気のデパートみたいね」と笑えるほどに強くなりました。介護をしたのは約7年で、最後の1年は寝たきりの生活。夫は17年10月24日、82歳で息を引き取りました。最後は「あなた、よく闘ったね。あっぱれ」と言いたかったです。 どうして私が強くなれたのか。今振り返ってみると、仕事が介護の支えになっていたと思うんです。仕事をしているときは、介護をすべて忘れて歌に没入できたし、元気な歌い手としてファンの方々のためにやらなければ、という思いがエネルギーにもなり、自分を強くしてくれたんです。「ドレミの歌」の「ファ」と「ファイト」を関連づけた一節をよく口ずさみましたね。 仲間が居たことも支えになりました。見舞いに行ったとき、夫にくるっと後ろを向かれて、「もう来なくていいよ」と言われて落ち込んだこともありました。でも、介護経験がある歌手で先輩の石井好子さんから、「あなたを愛しているから、彼は甘えてわがままをいうのよ」と言われて、気持ちを切り替えることができました。介護に関する情報の交換はこれからの高齢化社会にとっても大事なことだと思います。 介護の講演を頼まれたときは「皆さん、なにが大変なのか、よーく、分かりますよ」と言って、話し始めるようにしています。介護経験がある人同士はなんとかして自分が知っている対応方法を、心を込めて伝えたいと思うものなんです。そこで話がつながるんですよね。講演でも自分の経験を話すと、目に涙をためて「分かるわ」とうなずく人がいます、「共感」。それは今の時代の支えになるはずだと思います。 ※ 彼女は、末期の水に新婚旅行で買ったブランデーを根上の唇に含ませた。 ◇ 「いいもの持ってるよ、アイツ … 」主砲・山崎も敬服 <日本ハム2―3楽天>(23日・札幌ドーム、CSパ第2ステージ第3戦) 後の無くなった老将が“神の子”の力投で踏みとどまった。追い込まれた楽天は、田中のCS2連続完投で接戦をしのいだ。今季限りでの退任が決まっている野村監督は、第2ステージ初勝利で日本ハムに1勝3敗(アドバンテージを含む)とした。4回に渡辺直の1号ソロ、中島の勝ち越し打などで逆転。田中は8回に連打と犠飛で1点を失ったが、ピンチで底力を発揮し、勝利をもぎ取った。 田中が叫んだ。日本ハム・ファンのため息で満たされた札幌Dの中心で、田中の雄たけびが響き渡った。「あそこを乗り越えれば勝てると思った。力を振り絞りました」。 1点差に詰め寄られた8回2死一、三塁、打席には4番・高橋。カウント2―1からの4球目。渾身のスライダーが外角低めに決まった。空振り三振、ピンチ脱出。拳を握り、吠えた。18番が久々に本能の赴くまま喜びを爆発させた。 「将大が1年目のような雄たけびを上げていた。いいものを持っているよ、アイツ … 」。気迫の126球に主砲・山崎武も目を細めた。 老将は会見中、田中がくれたウイニングボールを握ったままだった。「マー君にもらったよ。よう頑張った。マー君任せだった。マー君で負けたら、みんな納得でしょう。明日の1面はマー君やろ。オレはいいよ」。年齢差54歳の2人が織りなす師弟物語にも、最後の瞬間が近づいている。 田中は第4戦からはリリーフ待機する。「いつでも投げられるようにしておきたい。残りを連勝でいけばいい。チャンスはある。明日からみんなで勝ちにいきたい」と語った。 ※ 落合ドラゴンズも1勝3敗、後がありません。 |

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