今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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12月14日、森田草平忌

 平成21年12月14日(月)昨日:民主新ルールで11県が予算陳情を中止。

 予算編成に向け、要望書を携えて中央省庁をめぐる「陳情」を今年末にかけて行う知事が9人にとどまっている。一方で、民主党が陳情を幹事長室で一元化する新ルールを打ち出した中で、11県は今年から知事の陳情を中止した。知事や自治体の議長らがそろって上京していた歳末の光景は様変わりしている。

 今年、すでに済ませた知事は青森、福島、岡山、高知、大分、鹿児島の6人で、ほかに長野、鳥取、島根の3人がこれから行うとしている。11日に陳情した青森県の三村申吾知事は「地域の実情を理解していただくうえで必要な機会だ」と話している。

 一方、陳情をしないと明確にしているのは31人。うち秋田、山梨、愛知、兵庫、徳島などの11県が今年から取りやめた。三重の野呂昭彦知事は新ルールに従い、民主党県連に「提言書」を提出。11月に上京して、地元選出国会議員に説明した。滋賀の嘉田由紀子知事は「政治主導を掲げる民主党政権では、各省に対して一斉に行うことは効果が低いと判断した」として取りやめた。 20都府県の知事は昨年に続き陳情せず、大阪府は橋下徹知事の名前で党大阪府連に緊急要望を提出した。

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 ※ 利益誘導型の政治に訣別しない限り、日本丸は浮上しない。



 12月14日は、森田草平忌です。(1949年)

 ◇ 森田草平(1881年〜1949年、本名=米松)

 岐阜県方県郡鷺山村(現在の岐阜市鷺山)に生まれた。海軍に志したのち、第四高等学校、第一高等学校を経て、東京帝国大学英文科卒業。文学への開眼は森鴎外の『水沫(みなわ)集』による。生田長江らと回覧雑誌『夕づゝ』を出し、また上田 敏、馬場孤蝶らの同人雑誌『芸苑』に加わる。1904年(明治37年)、夏目漱石の木曜会に出席しはじめ、その影響下に文壇人となる。

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 漱石に師事、漱石門下の四天王に数えられた。処女作にして出世作の『煤煙』(1909年) は、漱石の推薦により『朝日新聞』に連載された。これは、平塚らいてうとの恋愛事件の体験(心中未遂)を描いたものだった。 その後、『自叙伝』(1911年)、『初恋』(同年)、『十字街』(1912年) などを発表。

 ※ 漱石門下の四天王:安倍能成、小宮豊隆、鈴木三重吉、森田草平。

 戯曲に『袈裟御前』(1913年) があるが、この頃から創作上の行き詰まりを感じて翻訳に転じる。 ゴーゴリの『死せる魂』、ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスター』をはじめ、各国の作品を手がけた。イプセン、ドストエフスキー、ゴーゴリなどの海外文学は、森田草平によって翻訳され日本に紹介された。

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 1920年(大正9年)、法政大学文学部教授の職に就く。創作に復帰したのは、自伝的小説『輪廻』(1925〜26年) からで、その内容は『煤煙』の前編にも位置すべきものだった。そして、作者の最も優れた作品となる。 そのほか歴史小説『吉良家の人々』(1929年)、『四十八人目』(同年)、『細川ガラシヤ夫人』(1948年) などがある。

 晩年は共産党に入り人びとを驚かし、随筆集「私の共産主義」を出した。 漱石門下の小説家としては、鈴木三重吉と双璧をなすが、作風は対照的だった。平坦な自然主義的筆致を越えて、鈍重なまでにエネルギッシュであり、情熱を込めて意志的に自己を生かす迫力に特色がある(愚移山)。また『夏目漱石』正・続の著もある。

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 ※ 内田魯庵(貢=みつぎ)宛葉書(原稿送付に対する礼状)

 1949年(昭和24年)12月14日、「夏目漱石の永遠の弟子」という意識を常に持ち続けた彼の生涯を終えた。死の間際まで、政治への関心と創作活動への情熱は衰えなかった。

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 岐阜市鷺山にある森田草平出生地の屋敷跡に、文学碑が建つ。

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 草平庵 (森田草平記念館) (ふれあい鷺山)
 http://sagiyama.main.jp/burari/sohei/sohei.htm

 森田草平記念館(電話 058-232-2147)
 入館希望者は事前の連絡が必要です。(館長:森崎憲司)

 ◇ 森崎憲司氏(森田草平記念館館長)略歴

 昭和13年生まれ、岐阜市在住、農業。元・文学ぎふ会員。昭和31年以来、鷺山出身で遠縁にあたる森田草平の作品収集と草平をめぐる人々を研究する。昭和36年、家の光協会発行の月刊誌によせた取材原稿が活字になった最初の本となる。 共著に『鷺山史誌』、『連信通心』ほか。

 ※ 岐阜市指定史跡「草平庵」(森田草平記念館)は、鷺山本通りの鷺山白鷺町バス停を少し東へ、ガス屋さんの脇の小道を北へ100米ほど行けば、手入れの行き届いた広い庭、木立にひそっりと佇む草平庵があります。

 ※ 現在、見学は少々無理なようです。命日のこともご存じない90過ぎの御婦人が電話に出られて、森崎憲司さんの電話番号を教えてくれましたが、余り歓迎されない雰囲気でした。



 ◇ 本の販売2兆円割れ、170誌休刊(2009年12月13日)

 今年の書籍・雑誌の推定販売金額が2兆円を割り込むことが確実になった。出版科学研究所の分析で明らかになった。1989年から20年間にわたって「2兆円産業」といわれてきたが、最終的には1兆9300億円台に落ち込む可能性がある。

 書籍は10月末で昨年同期比3.9%減。村上春樹著「1Q84」の2巻で224万部が目立った。だが、オリコン調べでは、昨年5作あったミリオンセラーが今年は2作のみだった。 新刊の刊行点数は1989年の約3万8千点に比べて、昨年は約7万6千点と倍増、今年は10月末時点で昨年より3.2%増えているが、販売金額の減少は止まらなかった。出版社は少しでも売り上げを増やそうと刊行点数を増やしているが、売れない本は書店が次々と返品している実態が背景にある。2008年の返品率は40.1%で、今年10月末の時点では40.7%とさらに悪化している。

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 ◇ 出版業界の流通革命? 返品改善へ「責任販売制」広がる(2009.6・22)

 小学館、講談社、筑摩書房など大手・中堅の出版社10社が、新たな販売方法「責任販売制」に乗り出した。定価に占める書店の取り分を現行の22〜23%から35%に上げる代わりに、返品する際の負担を書店に求める制度。出版不況の中、長年の懸案だった4割に及ぶ返品率を改善する狙いがある。 高い返品率の背景にあるのが出版業界の慣行となっている「委託販売制」。書店は売れなかった本を返品する際、仕入れ値と同額で出版社に引き取ってもらえる。多様な本を店頭に並べられる利点があるが、出版社の負担は大きい。

 小学館は昨年11月に税込み6300円で発売した「ホームメディカ新版 家庭医学大事典」(現・6825円)で、書店の取り分22%の委託販売制と35%の責任販売制のどちらかを書店が選べるようにした。返品を定価の30%の額でしか引き取らない責任販売制では7500書店から5万6千部の注文があり、これまでに7割が売れた。委託販売分は1万4千部で売れたのは半数にとどまるという。成功を受け、小学館は第2弾を決めた。7月に「くらべる図鑑」(1995円)など3点を出す。

 講談社も「CDえほん まんが日本昔ばなし 全5巻セット」(6825円)を10月に発売する。書店の取り分は35%、返品は定価の40%。共同で責任販売制を書店側に働きかけるのが、筑摩書房や河出書房新社、青弓社、中央公論新社、二玄社、早川書房、平凡社、ポット出版の8社。11月に各社1〜6点を刊行する。書店の粗利益は35%で、返品も定価の35%で引き取る。

 小学館マーケティング局の市川洋一ゼネラルマネージャーは「責任販売制で書店は高マージンで経営が安定し、意欲が向上する。版元も計画生産ができる」と話す。 店頭では返品を避けるため、出版社の同意を得て値下げ販売も出そうだ。返品コストが減れば、本の価格水準が下がることもありうる。一方で、品ぞろえが偏ったり、在庫を抱えて苦しんだりする書店が出る可能性もある。

 出版社の在庫を管理する倉庫会社「昭和図書」の大竹靖夫社長によると、2008年の出版社への返品はコミックスなども含めて約8億7千万冊。4分の1は再出荷もされずに断裁処分され、損失額は年間約1760億円になるという。 大竹社長は「責任販売制は本の世界の流通革命。この動きは確実に広がっていく。今後5年で書籍の2割が責任販売になれば、その後は一気に広がるだろう」と話す。

 ※ 「出版不況」という言葉を聞いてから、既に余りにも久しい。返本率が40%を越えると言う現状は、出版界全体の自転車操業を意味する。売れようと売れまいが、一定の点数を確保しない限り営業的に回っていかないと言う。 書店側も、再販制度があるため安売りできないなど、販売の自由度は低い。売れないと見切られた本などは、梱包を解かれることなく返本に回される。返本された商品は、誰に読まれることなく断裁されて廃棄される。大量消費される週刊誌など、出版界の仕事は概ねエコに反するものだ。 一方では、「1Q84」のような売れ筋の本は大型書店に集中して、いわゆる「町の本屋さん」には殆ど回らないようだ。「町の本屋さん」が“死に絶える”時に、「出版不況」は不可逆的なものになるだろう。 ぶらりと店に入り、買うともなく本の背中を見つめる習慣が絶え果てれば、「本好き」も絶滅種となる。知性なき国民の明日は、「明るい日」とはならないだろう。


 【参照】12月14日、義士祭・吉良祭(1702年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/25327315.html

 【参照】12月14日、阪東妻三郎の誕生日(1901年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/46032237.html

 【参照】12月14日、東大寺二月堂「仏名会」(2007年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/38868918.html

 【参照】無責任首相が、「公約忘れた?」(2007年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/38873591.html

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