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平成21年12月26日(土)昨日:11月の全国消費者物価 1.7%下落。 総務省が25日発表した11月の全国消費者物価指数は、変動の大きい生鮮食品を除くベースで99.9となり、前年同月比で1.7%低下、低下は9ヶカ月連続。下落率は前の月より縮小したが、前年に急騰したガソリン価格の反動による面が大きい。衣服や食料など身近なモノの値段が下がっており、日本経済は依然としてデフレ状況にある。 需要低迷を背景に、身近な商品の値下げ競争が続いている。生鮮食品を除いた食料価格は前年同月比1.2%低下した。食用油やチーズ、マヨネーズなどの値段が下がったほか、大手チェーンなどがキャンペーン値下げした影響で、外食の牛丼の価格が3.8%低下した。価格競争が激しい衣料品も、男子ズボンや婦人スラックスの値段が低下した。 ※ 物価が安定するのは喜ばしいが、下落するのは社会全体の消耗戦となる。五里霧中の坂道を転げ落ちるようなもの。前途に待ち構えるは、デフレスパイラル。安いものしか売れないから安くする。消費者は、益々安いものしか買わなくなる。そして、人件費は極限までカットされる。落語ではないが、そして誰も居なくなった … 。 12月26日は、落合が日本人野球選手初の1億円プレイヤーになった日です。 1986年12月26日、ロッテから中日に移籍した落合博満が日本人野球選手で初の1億円プレイヤーになりました。落合は1953年12月9日生まれで、秋田県南秋田郡若美町(現・男鹿市)出身。2004年から中日ドラゴンズの監督。 秋田県立秋田工業高等学校で野球部に在籍していたが、野球をしている時間よりも映画館にいる時間の方が長かった。「練習が嫌い」という理由で野球部を退部したが、投打共に落合ほどの実力を持った選手がいなかったため、試合が近づくと部員たちに説得され、復帰した。落合はほとんど練習をせずに、4番打者として試合に出場した。 プロ入り当時のロッテの監督、山内一弘はレベルスイングの本家ともいえる人物であり、アッパースイングだった落合のバッテイング・フォームの矯正に取り掛かった。「ホースで水を撒く感じで打て」などのアドバイスを貰ったものの、落合自身は「当時の自分には、山内さんの高度な打撃理論が理解できなかった」と述べている通り、山内から教わった打法ではボールが前に飛ばない状況だった。 落合は、ベテラン捕手・土肥健二の柔らかいリストを使って、ボールをはじき返すフォームに注目し、それを真似して我流のフォーム改造を図る。打撃コーチの高畠康真は、落合のこのリストワークが気に入り、1980年に、ロッテに移籍して来た張本勲のもとへ落合を連れていった。張本はレベル&アッパーの打撃理論の打者だが、「素晴らしい。このままのスイングで打てる」と断言する。 だが、落合のフォームは大方の野球人から酷評された。特に前監督・金田正一は、面と向かって落合の打撃を貶した。後年落合は、「オレは社会人もやってプロ入りしたから何とも無かったが、もし高校出の若い選手が、あんな偉い人からプロに入っていきなりあんなこと言われたら潰れるだろ」と、度々口にした。落合の名球会加入拒否は、金田が名球会の中心人物だからと言われている。 1981年、首位打者のタイトル獲得。1982年、史上最年少で三冠王に輝く。しかし、数字的には突出したものではなく(打率:.325、本塁打:32本、打点:99)、野球評論家・豊田泰光が落合に苦言を呈するなど、三冠王のレベルではないと非難された。これに反発した落合は、1985年に圧倒的な成績で2度目の三冠を獲得(打率:.367、本塁打:52本、打点:146)。1986年も2年連続で3度目の三冠王を獲得(打率:.360、本塁打:50本、打点:116)。 2年連続の三冠王は日本プロ野球界で王貞治(1973年〜1974年)、ランディ・バース(1985年〜1986年)、落合の3名のみで、通算3度獲得は落合のみの記録だ。 狭い川崎球場やシーズン終盤に消化試合になってしまう当時のロッテのチーム事情もプラスにはなった。落合の良き理解者であった稲尾和久が成績不振で監督を解任されると、「稲尾さんのいないロッテに自分はいる必要がない」と発言。牛島和彦・上川誠二・平沼定晴・桑田茂の4選手との1対4のトレードで中日ドラゴンズに移籍。日本人初の年俸1億円プレーヤーとなる。 監督としての落合氏の光と影 2003年10月、中日ドラゴンズの監督に就任。「この1年は補強を凍結し、個々の選手の能力を10%底上げして日本一を獲る」という公約を掲げた。世に「オレ流采配」として注目を集めた。その後、毎年好成績をあげ、かつ、選手育成に手腕を発揮したことから、「川上哲治、野村克也と並ぶ超一流選手と一流監督を両立させた名将に近づいたと言える」と、二宮清純が評した。反面、個性的な言動と、記者に対する極端なまでの無愛想さから批判も多い。 ◇ 病気休職教員、2008年度は過去最多の8578人(2009年12月26日) 2008年度に病気のため休職した全国の公立学校の教職員は8578人と前年度より509人増え、過去最多を更新したことが25日、文部科学省の調査でわかった。このうち、鬱病や適応障害といった精神疾患は5400人で、前年度比405人増とこちらも過去最多を更新。病気休職全体の63%を占めた。 精神疾患による休職は、10年前に比べると3.15倍に増えている。各教育委員会の聞き取り調査では「生徒指導の問題や教育内容の変化についていけない」「教員同士のコミュニケーションが少なく相談相手がいない」といった訴えが目立ったという。 文科省は教職員の処分(懲戒、訓告、諭旨免職)の状況も調査。「個人情報の不適切な取り扱い」による処分は277人と前年度から59人増え、調査項目を設定した2005年度以降で最多になった。子どもの個人情報が入ったパソコンやUSBメモリーを持ち出して紛失したり、ファイル交換ソフトによって流出したりする事案が多かった。 セクハラを含めた「わいせつ行為」による処分は176人(前年度比12人増)。被害者は、「自校の児童生徒」が49%、「自校の卒業生」が3%。「自校以外の18歳未満」も15%いた。 処分理由で最も多かったのは交通事故の2502人(前年度比28人増)。体罰は376人(同5人増)だった。 ※ 真の教育とは、家庭以外で出来るものではない。家庭とは人生の道場。 ※ 音声は 「落合博満のスランプ」 落合が1990年、オールスタ−終了後のスランプについて語った。 |

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