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7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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12月29日、南方熊楠忌

 平成21年12月29日(火)昨日:「貧困ビジネス」大手、脱税容疑2億円。

 千葉、埼玉など首都圏を中心に生活保護受給者らに宿泊施設を提供する「無料低額宿泊所」を運営する個人事業者ら3人が、2007年までの数年間で総額約5億円の所得を隠し、脱税したとして、名古屋国税局が所得税法違反容疑で検察当局に告発する方針を固めた。路上生活者らから生活保護費を吸い上げる「貧困ビジネス」が社会問題化するなかで、脱税の実態が明らかになるのは初めて。

 告発されるのは、東京、神奈川、埼玉、千葉、愛知の1都4県で21施設の「無料低額宿泊所」を運営し、業界2位の規模とされる「FIS」の経営者(45)と、いずれも東京都北区在住の50歳と45歳の幹部。 関係者によると、経営者は入所者1人あたり毎月12万円前後支給される保護費から、家賃や食費約9万円を集めた。そのうえで各宿泊所の口座から経費を除く利益を自らの個人口座に振り込ませていた。幹部2人は、自治体との折衝や運営の助言などをし、経営者から報酬を受け取っていたという。経営者は2007年までの数年間で約3億円、幹部2人はそれぞれ1億円前後を全額申告せず、所得を隠したとされる。脱税額は3人で計約2億円とみられる。

 ※ 生きとうも ありゃせむわいな 娑婆世界 。



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 12月29日は、南方熊楠忌です。

 ◇ 南方熊楠(1867年〜1941年)

 和歌山県出身。戦前日本の博物学者、生物学者(とくに粘菌)、民俗学者。
 菌類学者としては動物の特徴と植物の特徴を併せ持つ粘菌の研究で知られる。著書に『十二支考』『南方随筆』など。投稿論文や書簡が主な執筆対象であったため、平凡社編集による全集が刊行された。「歩くエンサイクロペディア」と呼ばれ、彼の言動や性格が奇抜で人並み外れたものであるため、数々の逸話を残している。

  神童にして「てんぎゃん」

 子供の頃から驚異的な記憶力を持つ。常軌を逸する読書家であり、蔵書家の家で100冊を越える本を見せてもらい、それを家に帰ってから記憶により書写するという能力をもっていた。 また、何日も家に帰らず山中に籠もり昆虫や植物を採集し、「てんぎゃん(天狗)」というあだ名があった。旧制中学入学前に『和漢三才図会』『本草綱目』『諸国名所図会』『大和本草』『太平記』を書き写した筆写魔(『和漢三才図会』のみは旧制中学在学中に筆写完了)であり、また、旧制中学在学中には漢訳大蔵経を読破したといわれる。

 彼の学究は、ひとつの分野に関連性のある全ての学問を知ろうとするものであり、土蔵や那智山中に籠もっていそしんだ研究からは、曼荼羅のような知識のネットワークが産まれた。1892年にはイギリスに渡り、ロンドンの天文学会の懸賞論文に1位入選。大英博物館東洋調査部に入り、資料整理に尽くし、人類学・考古学・宗教学などを独学するとともに、世界各地で発見、採集した地衣・菌類に関する記事を、科学雑誌「Nature」などに次々と寄稿した。

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 帰国後は、和歌山県田辺町(現、田辺市)に居住し、柳田國男らと交流しながら、卓抜な知識と独創的な思考によって、日本の民俗、伝説、宗教を、広範な世界の事例と比較して論じ、当時としては早い段階での比較人類文化学を展開した。菌類の研究では新しく70種を発見し、また、自宅の柿の木では新しく属となった粘菌を発見。民俗学の研究では、『人類雑誌』『郷土研究』『太陽』『日本及日本人』などの雑誌に数多くの論文を発表した。

  超人的な才能

 彼にまつわるエピソードは膨大で尽きることがない。エキセントリックな行動も多く、酒豪であり酒にまつわる失敗も少なくなかった。 語学には極めて堪能で、英語、フランス語、ドイツ語はもとよりサンスクリット語におよぶ19ヶ国語の言語を操ったといわれる。また、田辺では、1906年末に布告された「神社合祀令」によって神社林(いわゆる「鎮守の森」)が伐採されて生物が絶滅したり、また生態系が破壊されてしまうことを憂い、1907年より神社合祀反対運動を起こした。 今日、この運動は自然保護運動、あるいはエコロジー活動の先駆として高く評価されており、その活動は、2004年に世界遺産(文化遺産)にも登録された熊野古道が今に残る端緒ともなっている。

 1925年、長男熊弥に精神異常発症。 1929年、紀南行幸の昭和天皇に田辺湾神島沖の戦艦長門艦上で御進講。当初の予定は25分間であったが、天皇の希望で5分間延長された。その際に、南方が粘菌を入れた容器がキャラメル箱であったので、周囲の者らは慌てふためいたが、天皇はニコニコしていたと言う話が伝わる。 1962年5月、白浜町を行幸した昭和天皇は、御宿所の屋上から神島を眺めて歌を詠んでいる。昭和天皇が民間人を詠んだ最初の歌であった。

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  雨にけぶる神島を見て紀伊の国の生みし南方熊楠を思ふ  昭和天皇御製

  一枝もこゝろして吹け沖つ風わが天皇のめでましし森ぞ  南方熊楠



 ◇ 慶喜晩年の境涯 「進退周旋必於理合出處行 蔵一以義決」

 (趣旨)人間が行動する時、進むべきか退くべきかのけじめは、必ず理にかなっていなければならない。ひたすら、筋を通して決めるべきだ。
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 江戸幕府第15代将軍・徳川慶喜(1837〜1913)が、亡くなる前年に記したとみられる書が、神奈川県小田原市の民家で見つかった。 生涯を振り返り心境をつづっている。歴史家の松浦玲さん(78)は「慶喜が『理にかなった一生だった』と胸中を表している点で、興味深い」と話す。   書が見つかったのは、晩年の慶喜を往診していた同市国府津の医師・和仁真一さんの孫の敬一さん(61)方の土蔵。 慶喜の「家扶日記」に、明治天皇崩御前日の1912年7月29日、慶喜の使用人が東京・小石川の本宅から和仁さんに書を送ったとの記載があり、茨城県立歴史館の永井博・首席研究員は「慶喜から贈られたと考えて矛盾はない」としている。   松浦さんによると、慶喜はこの頃、実業家の渋沢栄一らから取材を受け、重要な事実について回想していた。松浦さんは「大政奉還や鳥羽・伏見の戦いなど自らの生涯を『信念を貫き、恥じるところがなかった』と振り返った言葉だろう」と話している。 慶喜に詳しい大阪経済大の家近良樹教授(59)(日本近代政治史)は、慶喜が明治時代後半、再評価され公爵となった点を指摘し、「晩年にたどり着いた心境をつづり、今後の指針とすべき言葉として贈ったのだろう」とみる。 (2009年12月29)

 ※ 明治天皇は、維新の最大の功労者として慶喜を評価していたとか。慶喜の不決起と西郷の決起と、共に明治政府を強固ならしめた。



 ◇ 本日12月29日は、三木露風の命日です。(1964年)

 【参照】6月23日、三木露風の誕生日(1889年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/43156784.html


 ◇ 本日12月29日は、「シャンソンの日」です。

 「銀巴里」の閉店に因み、「シャンソンの日」と言われます。
 クロード野坂(野坂昭如)も出演していた。コーヒー付き¥1.800-。
 フランスのシャンソン、イタリアのカンツォーネ、ポルトガルのファド。
 日本の謡(うたい)。謡は声明となり民謡ともなる。新春シャンソンショー。

 【参照】12月29日、「銀巴里」が閉店(1990年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/46256353.html


 ◇ 本日12月29日は、薬師寺さんの「お身拭い」です。

 本尊薬師三尊像(国宝)は3月28日と12月29日の2回拭き清められます。
 お餅つきが朝から行われます。その時、使用するお湯で薬師如来ほか、
 日光・月光菩薩立像のお身拭いが行われます。

 【参照】12月29日、薬師寺「お身拭い」(2007年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/39196342.html


 【参照】ひこにゃんの仕事納め & 招き猫(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/46263413.html

 【参照】帰省時期のシステム障害、JR東日本(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/46257573.html

 【参照】ハローワークに求職者次々、仕事納め後も相談受け付け(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/46262588.html

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