今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成22年1月19日(火)昨日:鳩山内閣、ついに不支持率が支持率を逆転。

 小沢一郎民主党幹事長の資金管理団体の土地購入をめぐる事件を受け、17、18両日、全国電話世論調査を実施した。鳩山内閣を「支持しない」との回答は前回調査(10、11両日)から10.9ポイント上昇し44.1%で、「支持する」の41.5%を上回った。昨年9月の鳩山内閣発足後の調査で、不支持率が支持率を逆転したのは初めて。前回は支持率50.8%、不支持率33.2%だった。

 秘書を務めていた衆院議員の石川知裕容疑者らが逮捕された小沢氏の進退に関しては、「幹事長を辞めるべきだ」「議員辞職すべきだ」の合計が73.3%に上り、鳩山由紀夫首相が容認した小沢氏続投に反対する回答が大半を占めた。 政党支持率は、民主党が32.1%と前回調査から6.6ポイント下落。自民党は22.7%で5.4ポイント上昇した。


 ◇ 小沢氏一転、東京地検の聴取に応じる方向

 民主党の小沢一郎幹事長の資金管理団体「陸山会」の土地購入を巡る政治資金規正法違反事件で、小沢氏側が東京地検特捜部の参考人聴取に応じる方向で検討を始めたことが、関係者の話で分かった。小沢氏は聴取に応じていなかったが、「説明すべきだ」との声が高まってきたことから聴取に応じる方向に転じた。



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 1月19日は、家庭消火器点検の日です。(1と19で「119」)

 全国消防機器販売業協会が1991年に制定しました。
 11月9日は、消防庁が定めた「119番の日」です。

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 ◇ 消火器の寿命は8年。直射日光にあたる場所や雨ざらしは危険です。

 (2009/10/21)
 大阪市や福岡県で老朽化した消火器が破裂する事故が相次いだことを受け、家庭用の古い消火器の処分に関する問い合わせが20日までに、高松市消防局など香川県内の全9消防に計約120件寄せられていることが分かった。各消防ではホームページで専門業者を紹介するなどし「自分で処理せず、必ず回収を依頼して」と呼び掛けている。

 大阪市で9月15日、古い消火器が破裂して小学4年の男児が重体になる事故が発生。同月16日には、福岡県行橋市でも同様の事故で高齢男性が軽傷を負った。 高松市消防局によると、消火器の耐用年数は設置場所にもよるが5〜8年。加圧ガスで消火剤を噴出するため、底部に圧力がかかりやすく、容器の底部は溶接で接合している構造のため、老朽化したものは底部が破損しやすいという。

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 各消防本部ではHPや市町の広報誌を通じて、古いものを回収する専門業者を紹介。高松市消防局は独居の高齢者宅を巡回して取り扱いについてアドバイスを行い、善通寺消防本部では、10月中の日曜日、同市内で広報車を走らせ、専門業者での処分を呼び掛けている。 高松市消防局によると、専門業者での処分や回収にかかる費用は1000〜1500円程度という。問い合わせは地元の各消防本部へ。

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 ※ 小さな火を消すつもりが、長期間の放置で時限爆弾のような物になってしまう老朽化消火器。火の用心は、日頃の要慎、平生の点検こそが肝要です。消火器で防火意識の喚起を。



 ◇ 浅川マキさん急死(2010年1月17日)

 演出家の寺山修司に見いだされ、「かもめ」などの曲で団塊の世代を中心に支持された歌手の浅川マキさん(67)が17日夜、滞在先の名古屋市のホテル自室で倒れているのが見つかり、その後死亡が確認された。愛知県警によると、死因は急性心不全。石川県出身。葬儀は近親者のみで行う。

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 1968年、寺山さん演出の新宿「蠍座」の一人舞台で注目を集めた。1970年にアルバム「浅川マキの世界」でデビュー。当時「アングラ」と呼ばれる前衛的表現の代表的な担い手として、若者たちの熱い支持を受けた。ジャズやロックなど、幅広いジャンルのアーティストと共演。独特の世界で人気を集めた。CDに自選集「ダークネス」など。「こんな風に過ぎて行くのなら」などの著書がある。

 浅川さんは15日から17日まで3日間、名古屋公演の拠点にしている名古屋市東区のライブハウス「ジャズ・イン・ラブリー」に出演するためホテル入り。15、16日は予定通り出演し、最終日の17日も午後7時30分から出演することになっていたが、会場に姿を見せないため、ライブハウス側がホテルに連絡。同8時20分ごろ、裸で浴槽に顔をつけた状態で倒れていたのが見つかったもの。

 中署によると、浅川さんは16日のライブ後、食事をして17日午前0時ごろ、1キロほど離れたホテルへ戻っていた。ライブハウス担当者は浅川さんに持病があることを知っていたと言い、17日に会場入りしない浅川さんを心配してホテルに連絡した。室内に荒らされた形跡などはなく、病死とみられる。

 浅川さんは高校卒業後に一度就職したものの、その後、歌手を目指して上京。1967年に「東京挽歌/アーメン・ジロー」を発表。1968年に寺山さんが演出した東京・新宿のアンダー・グラウンド・シアター「蝎座」のワンマン公演が若者たちの熱い支持を得た。黒装束に身を包んだ独特のライブ活動で知られ、ステージを主体の音楽活動を展開、「アングラの女王」と呼ばれた。毎年大晦日に東京の池袋ル・ピリエで開いてきた公演は大きな話題を呼んだ。 代表曲の「夜が明けたら」は70年安保闘争が吹き荒れた時代を象徴する歌として人気があった。2007年2月14日発売の「ダークネス」は最後のCDベスト盤。著書に「こんな風に過ぎて行くのなら」などがある。

   ラストライブ満席

 浅川さんの最後の舞台となったライブハウス「ジャズ・イン・ラブリー」のステージについて同店オーナーは「独特の美学で独特の世界を繰り広げていた」と振り返った。同店には約20年前、5年前、昨年1月に次ぐ出演。15、16日の2日間とも満席で、17日は開演の午後7時半を過ぎても姿を現さなかった。「ホテルで倒れていた」と伝えられた約70人の客は「大丈夫?」と心配した様子。ユニットを組む渋谷毅、セシル・モンローが約40分演奏し、代金を払い戻した。オーナーは「弱視以外に体調が悪いという話も聞かず、歌っている時もそぶりもなかった」と話した。

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 作詞家の喜多条忠さんの話「亡くなったという連絡を受けた時はびっくりして、動けなかった。自分にすごく厳しい人で、周りが完璧なコンサートだったと思っても、自分でそのように言うことは一度もなかった。昨年末に新宿でライブを見た時は血色が良く、声もよく出ていて、すごく元気だった。『1月の名古屋公演が終わったら6月まで何もないから、一緒に歌でも作ろうよ』と言われたのに … 」。

 ※ みよ看よっ! かくの如くに無常に 時は過ぎゆき消え逝くものなり。


 ◇ ミッキー安川逝く 享年76(2010年1月18日)

 ミッキー安川さん(本名:安川實)が18日、肺炎のため死去。葬儀は24日午前10時、横浜市戸塚区戸塚町461の親縁寺テンプル斎場。喪主は妻・昌子さん。 横浜市生まれ。高校卒業後渡米し、アルバイトをした後に帰国。日劇ミュージックホールでコメディアンとしてデビューした。俳優や司会、ルポライターとして活動する一方、ラジオパーソナリティーとして多くの番組を担当した。2009年12月下旬、体調不良を訴えて入院。ラジオ日本「ミッキー安川のずばり勝負」などの出演番組は長男のマット安川さんが代役を務めていた。自叙伝「ふうらい坊留学記」はベストセラーになった。

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 ラジオ日本の生放送『ミッキー安川のずばり勝負』(金)(12:30〜16:00)

 ※ 憎まれっ子なら、もっともっと、世に憚って欲しかった。


 【参照】1月19日、明恵忌(1232年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/46573788.html

 【参照】1月19日、森鴎外の誕生日(1862年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/27237244.html

 【参照】1月19日、春日の大とんど(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/39668019.html

 【参照】女王・吉田は、負けをどう克服するか?(2008年1月19日)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/39689834.html

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