今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成22年1月25日(月)昨日:名護市長選、辺野古移設反対派の勝利。

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題が争点になった沖縄県名護市の市長選が24日、投開票され、日米が合意した同市辺野古への移設に反対する新顔の稲嶺進氏(64)=民主、共産、社民、国民新、沖縄社会大衆、そうぞう推薦=が、移設を容認する現職の島袋吉和氏(63)を破り、初当選した。鳩山内閣は5月末までに移設先を決める方針だが、辺野古への移設は極めて困難になった。当日有権者数は4万4896人、投票率は76.96%(前回74.98%)。

 1996年末に名護市辺野古が普天間飛行場の移設候補地に浮上して以来、13年余で4度目の市長選だった。再選を目指した島袋氏を含め、これまで移設容認派が推した候補が3連勝したが、今回は移設反対の候補が1588票差の接戦を制し、初勝利を収めた。 稲嶺氏は24日夜、「私は辺野古の海に基地を造らせないとの公約を信念をもって貫いていきたい」と明言。政府が移設先の再検討を進めるなか、市民があきらめかけた「県外移設」の実現に期待する層を引き寄せた。

 島袋氏は普天間問題について、「過去3度の市長選で結果が出た話」と争点化を避けたが、県外移設を求める世論のうねりにはかなわなかった。 自民、公明から推薦を受けず政党色を薄めたが、政権交代で、これまでアピールしてきた「政府とのパイプ」を打ち出せないことが響いた。移設に期待する建設業や商工業などを通じた票固めを図ったが、業者の倒産などで細った支持基盤は回復せず、一部の離反を食い止められなかった。

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 ※ 辺野古に移設できなくなれば、普天間飛行場の固定化につながるという懸念もあるが、米軍撤退も視野に入れての抜本的改革を日本側が構築しなければならない。いつまでも米軍依存の、準占領国であっていい筈はない。自前の軍隊を保有し、自前の国家防衛ができなくて独立国など存在し得ない。わが日本国の“戦後”は、いまだ終わっていない。 その事とは全く別に、具体的な展望もないまま県外移設に言及した鳩山首相の無責任な“放言”は非難されるべきだ。夢想家は素晴らしいが、政治のトップに立ってはいけないのだ。鳩山政権には、基地に関する具体的な政策が全くないようだ。首相が表明した「5月までの決着」は、何とも胡散臭い。普天間問題解決が、日米同盟深化の試金石になる、と明言した鳩山首相の言葉は、少々不気味だ。



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 1月25日は、法然上人の御命日です。(1212年)
 法然上人は、建暦2年(1212年)1月25日(旧暦)に御遷化されました。
 御歳80歳、京都・東山の吉水、現在の総本山・知恩院の地にて御遷化。

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 ◇ 御忌会 (ぎょきえ、正当:1月25日)

 宗祖・法然上人の御命日に、上人の御遺徳を偲び御遺訓の『一枚起請文』を声高らかに拝読し営まれる法会。「御忌」という言葉は、天皇や皇后の 忌日法会の敬称のことでしたが、大永4年(1524年)、 後柏原天皇が知恩院第25世・超誉存牛上人に「 知恩永(ちおんいん)は、浄土宗の根本道場であり、宗祖入滅の霊跡であるから、毎年7日間、ここで御忌を勤めよ」という「大永の御忌 鳳詔」を出したことから、以来、法然上人の忌日法要を特に「御忌」と呼ぶようになりました。

 毎年知恩院では、1月19日から25日までの1週間、昼夜にわたって御忌会が勤められてきました。しかし、明治10年からは 参詣者の便などを考えて、厳寒の1月をさけ、気候のよい陽春4月に変更され 、「御忌詣」と親しまれ今日に至っています。他の大本山や全国の浄土宗寺院でも、これにならって春に行うところが多くなりました。

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 御忌のこころは、 求道研鑚の日々を送り、念仏信仰をあまねく広めた上人のお徳を偲び、感謝の気持ちを捧げること。それには「南無阿弥陀仏」のお念仏をおとなえすることが大切。参詣して、御忌会に大いに上人の御遺徳を偲び、報恩と感謝の念仏を称えましょう。

 宗祖・法然上人800年大遠諱(2011年)
 http://www.jodo.or.jp/onki800/
 (法然共生の4文字に、「ともいき」のかな文字があります。)


 法然上人御遺訓 『 一枚起請文 』

 源空述
 もろこし我がてうに、もろもろの智者達のさたし申さるる
 観念の念ニモ非ズ、又学文をして念の心を悟リテ申念仏ニモ非ズ
 ただ往生極楽のためニハ、南無阿弥陀仏と申て
 疑なく往生スルゾト思とりテ、申外ニハ別ノ子さい候ハず
 但三心四修と申事ノ候ハ、皆決定して南無阿弥陀仏にて往生スルゾト
 思フ内ニ籠リ候也

 此外ニをくふかき事を存ぜバ、二尊ノあハれみニハヅレ、本願ニもれ候べし
 念仏ヲ信ゼン人ハ、たとひ一代ノ法ヲ能々学ストモ
 一文不知ノ愚とんの身ニナシテ、尼入道ノ無ちノともがらニ同しテ
 ちしやノふるまいヲせずして只一かうに念仏すべし。

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 ◇ 承元(じょうげん)の法難(1207年)(建永2年10月25日に承元に改元)

 法然率いる吉水教団が既存仏教教団より弾圧され、後鳥羽上皇によって専修念仏の停止(ちょうじ)と、門弟4人の死罪、法然と親鸞ら中心的な門弟7人が流罪に処された事件。

 京都東山・吉水の法然上人の草庵は、弥陀の本願を聞き求める参詣者であふれていた。比叡山延暦寺や奈良興福寺は、法然上人らを非難する直訴状を何度も朝廷に提出し、吉水教団の撲滅を画策する。朝廷内でも念仏の是非を論じる評議が続いていた。 建永元年(1206年)、後鳥羽上皇が熊野神社参詣の留守中に、上皇が寵愛する「松虫」と「鈴虫」という女官が、密かに御所から抜け出して「鹿ケ谷草庵」にて行われていた念仏法会に参加する。安楽房遵西と住蓮房の『六時礼讃』の美声が、世を憂いていた松虫と鈴虫を魅了し出家を懇願する。安楽房と住蓮房は、上皇の許可が無いため躊躇するものの、二人の直向さを受け、剃髪を行う。

 建永2年(1207年)2月、松虫と鈴虫が出家し尼僧となった事を知った後鳥羽上皇は、激怒して専修念仏の停止を決定。住蓮房・安楽房に死罪を言い渡し、住蓮房は六條河原において、安楽房は近江国馬渕にて処される。その他に、西意善綽房・性願房の二名も死罪に処された。この事件をきっかけに、法然門下に弾圧が加えられた。同月28日、怒りの治まらない上皇は、法然ならびに親鸞を含む七名の弟子を流罪に処した。法然は、土佐国番田(現、高知県)へ、親鸞は越後国国府(現、新潟県)へ配流された。この時、法然・親鸞は僧籍を剥奪され、法然は「藤井元彦」の俗名を与えられ、親鸞は「藤井善信」(よしざね)を与えられる。親鸞は始め死罪の宣告を受けるが、一門の不名誉を憂慮する九条兼実公の奔走により、罪一等を減ぜられ流刑となったもの。法然は土佐まで赴くことはなく、円証(九条兼実の僧名)の庇護により、九条家領地の讃岐国(現、香川県)に配流地が変更され、讃岐で10ヶ月ほど布教する。

 ※ 九条兼実:実弟に太政大臣・藤原兼房、天台座主・慈円。出家して円証。

 1211年(建暦元年)に流刑をとかれ、帰洛をゆるされた法然(源空)は、翌1212年1月25日、東山大谷の住坊で80歳の生涯を閉じる。 その二日前、死期の迫っていることを悟った門弟の源智が、念仏往生の要点について一筆たまわり、形見にしたいと申しいれる。これに応じて書かれたのが『一枚起請文』です。添え書きに「源空が所在、このほかにまったく別義を存ぜず」と記す。

 1211年11月、親鸞に対しても赦免の宣旨が下る。親鸞は法然との再会を願うものの、時期的に豪雪地帯の越後から京都へ戻ることが出来なかった。雪解けを待つ内に法然は亡くなり、師との再会は果せなかった。親鸞は、子供が幼かったこともあり越後に留まることを決め、後には東国の布教にも注力することになる。



 ◇ 初場所を 終えて天下の 一大事?(2010年1月24日)

 日本相撲協会の理事選挙(2月1日)に無所属で立候補する貴乃花親方(元横綱)が24日、初場所千秋楽後に東京都内のホテルで記者会見し「厳しい戦いであるのは間違いない」と、選挙の見通しを語った。 当選ラインは10票前後とされるが、貴乃花親方が確保したのは、二所ノ関一門から離脱した間垣親方(元横綱2代目若乃花)ら6人を合わせた7票。当選にはさらなる上積みが必要だが「選挙までの活動は特にありません」と他の一門への表立った支援の呼びかけはしない意向。「7人の結束を固めて取り組んでいこうと思います」と話した。

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 ※ 貴乃花が目指す角界改革とは、まさに「構造改革」なのだ。既得権益さえ守れれば事足りる、「無風状態」を最良とする角界の弊害を根こそぎ“ぶちかまし”たいのだ。現役時代は、あまり好きなタイプではなかったが、親方としての貴乃花は一本筋が通っている。 そもそも、選挙に立候補した者を支持すれば、即破門なんてぇ世界が何処にあるんだろうか? 貴乃花は腐敗しきった角界に大きな波紋を起こそうとしているのだ。負け戦でも、一石を投じた事実は厳として残る。伝統を守る、その美風を変えないためにも変る努力が不可欠なのだ。


 【参照】1月25日、お詫びの日
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/27540274.html

 【参照】1月25日、大場政夫が交通事故死(1973年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/39813620.html

 【参照】1月25日、朝青龍が綱取り(2003年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/46667759.html

 【参照】鬼の目に 涙あふるる 復活 V(2009年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/46674074.html

 【参照】2009大阪国際女子マラソン、 渋井陽子が優勝(2009年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/46672662.html

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