今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成22年2月8日(月)昨夜:岐阜市長に現職の細江茂光氏。

 岐阜市長選は7日、投開票され、3期目を目指した無所属現職の細江茂光氏(61)が、無所属新人の会社社長・浅野真氏(41)ら3候補を破って4選した(任期途中の辞任あり)。投票率は39.54%で、過去最低だった2006年の前々回を9.26ポイント上回った。

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 細江氏は改革推進で後世に先送りしない政治を掲げ「医療・健康立市」や「教育立市」など4つの立市を提案。現職の知名度を生かし、行財政改革で市債残高を減らした実績をアピールして支持層を広げた。   浅野氏は、細江氏に批判的な自民から共産まで超党派の市議の応援を受けて各種減税などを訴えたが、最後まで知名度不足が響き涙をのんだ。 市長選は、昨年3月に白紙化で決着した学校法人立命館の中高一貫校の誘致計画をめぐり、市議会の自民、民主系会派が分裂。対立構図を引きずり、全政党と連合岐阜が自主投票の「分裂選挙」となっていた。 当日有権者数は33万2804人。

 64,700 細江 茂光(61) 無現
 52,743 浅野  真 (41) 無新
 10,446 大西 隆博(44) 無新
  2,357 岩田 良子(52) 無新


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 ◇ 今もなお引きずる 「女の戦い」&「刺客」

 岐阜市長選で、自民党前衆院議員の佐藤ゆかり氏(48)(党東京5区支部長)が、現職の細江茂光候補(61)の支援に乗り出していた。同市長選で中立を表明していた同党衆院議員の野田聖子氏(49)(選挙区敗退、比例復活)が、新人で会社社長の浅野真候補(41)を支援していると細江陣営が判断し、対抗措置として佐藤氏に支援を要請したもの。

 佐藤氏は2005年衆院選で、郵政民営化方針に反対した野田氏への「刺客」として、岐阜1区から出馬。市の自民党組織を二分し、激しい「女の戦い」を繰り広げた。当時、佐藤氏を応援した岐阜市議の多くは今回、細江候補を支援。野田氏を応援した市議の多くは浅野候補を支援する構図だった。

 今回の市長選で野田氏は中立を表明していたが、実際には浅野候補の選対本部長に自身の後援会連合会幹部を送り込むなど支援していた。告示前の1月30日には、野田氏が数千人の支援者らを集めて市内のホテルで開いた会合に浅野候補が姿を現し、出席者と握手を交わしていた。 細江陣営は野田氏が中立を破ったと判断し、いまだ知名度の高い佐藤氏に応援を依頼。佐藤氏は細江候補の選挙事務所で演説などを展開した。

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 ※ 小泉さんの“刺客戦略”が、今もなお岐阜市議会を混乱させている。ひと度歯車が狂うと、保守王国は惨憺たる様相を呈するようだ。ほとほと政治の世界とは、物理的力学でしか動かぬものと見える。信念・理念などは端からないのだ。これほど人間的な世界もありませんね。 かと思えば、「刺客」佐藤ゆかり氏を支援して、一時は冷や飯喰いだった市議・笠原多見子氏は、幸運にも(?)昨夏の衆院選で小沢幹事長に“一本釣り”して頂き、今や民主党の衆院議員(比例東海)でございます。さながら戦国大名の如く、機を見るにまことに敏でございました。天晴れ!



 2月8日は、長塚 節の命日です。

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 ◇ 長塚 節(たかし、1879年〜1915年)歌人・小説家

 明治12年、茨城県岡田郡国生村(現・常総市国生)の豪農の家に生まれた。茨城県尋常中学校(現・茨城県立水戸第一高等学校)に入学したが、4年進級後に脳神経衰弱のために退学。療養に過ごした郷里の自然に親しみつつ、文学への関心を高めていった。

 19歳の時、子規の写生説に共感、21歳で子規を訪ね入門、『アララギ』の創刊に携わった。もっぱら万葉の短歌の研究と作歌にはげんだが、子規の没後も写生主義を継承した作風を発展させた。また散文の制作もてがけ、写生文を筆頭に数々の小説を『ホトトギス』に掲載。また、長編「土」を『東京朝日新聞』に連載、彼の代表作となった。農民小説の魁の一人として知られ、当時の農村の写実的描写が見事だった。

 晩年は喉頭結核を発病、病に苦しみ九州帝国大学医学部で加療中、大正4年(1915年)、九州帝大にて没す、享年37。子規の正当な後継者であると言われる。 現在、常総市では、短編小説・短歌・俳句の三部門について長塚節文学賞が隔年実施されています。

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 鬼怒川を夜ふけてわたす水棹の 遠く聞えて秋たけにけり

 鬼怒川の土手の小草に交りたる 木賊(とくさ)の上に雨晴れむとす

 ガラス戸の中にうち臥す君のために 草萌え出づる春を喜ぶ

 古雛をかざりひゝなの繪を掛けし その床の間に向ひてすわりぬ

 枝の上にとまれる小鳥君のために 只一聲を鳴けよとぞ思ふ

 我が心萎えてあれや街行く 人の一人も病めりとも見ず

 衰ふる我が顔さびしこゝにだに あけに映えよとあけの紙貼る

 打ち萎え我にも似たる山茶花の 凍れる花は見る人もなし

 我が母の肉(しゝ)のゆるびは嘆き故 あを思ふ故にわれすべもなし

 我さへにこのふる雨のわびしきに いかにかいます母は一人して

 山茶花よそをだに見むと思へるに 散らなくあれな我が去ぬるまでに

 二月廿日といふに漸く病院を出づ、七十八日の間我を慰めし花は、只一株の山茶花に過ぎざりけるを、けふを限りと復た更に其の傍に立ちて見るに、思はざる花の綻びたるが、それも彼方に一つ此方に一つと只二つのみに餘所にはふゝめる枝もなし、此の花遂に我がためにのみさきつくしけるにこそとさへ思ひいでられて …

 我がおもふ人にあらなくに山茶花は 一樹が枝に相隔りぬ

 掃かざりし杉の落葉を熊手もて 掻かしめしかば心すがしき

 雨はやがて雪にかはりたれば寒さ身にしむに 母と相對して火鉢に手を翳す

 草臥を母とかたれば肩に乘る 子猫もおもき春の宵かも

 頬の肉落ちぬと人の驚くに 落ちけるかもとさすりても見し

 いさゝかのことなりながら痒きとき 身にしみて人の爪ぞうれしき

 垂乳根の母が釣りたる青蚊帳を すがしといねつたるみたれども

 なきかはす二つの蛙ひとつ止み ひとつまた止みぬ我も眠くなりぬ

 曉の水にひたりて鳴く蛙 涼しからんとおもひ汗拭く

 すべもなく汗は衣を透せども ききやうの花はみるにすがしき

 あさがほの藍のうすきが唯一つ 縋りてさびし小雨さへふり


 白菜や間引き間引きて暮るゝ秋

 柿くふや安達が原の百姓家

 稻を扱く藁の亂や赤蜻蛉


 ◇ 長塚節のプラトニック・ラブ

 長塚節は、漱石の推薦で東京朝日新聞に「土」(明治43年6月13日〜11月17日掲載)を執筆中のある日、遠縁にあたる詩人の横瀬夜雨(1875-1934)宅を訪ねた。そこで夜雨から一人の女弟子の写真を見せられた。若杉鳥子(1892-1937)という女性で、庶子のため生後間もなく里子にだされ芸者の修業をさせられていたが、強い向学心と文学の才能があり、16歳の時、家出、上京したという素性を聞く。節はその楚々たる容姿に魅了され写真を貸してもらう。明治43年6月、夜雨から鳥子の写真を返すように督促された節は写真の代わりに、「擬古二首」を夜雨あてに送る。

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 まくらがの古河の桃の樹ふふめるを いまだ見ねどもわれ恋にけり

 紅の下照り匂ふももの樹の 立ちたる姿おもかげに見ゆ

 ほどなくして、鳥子が夜雨宅に来ることを知らされる。夜雨は二人を引き合わせることにしたが、生憎、節が痔を病んで実現しなかった。鳥子は翌年9月、英文学者の板倉勝忠(1887-1973)と結婚する。 節は終生独身で、結核のため大正4年、40歳に満たずに早世。鳥子も昭和12年、病をえて44歳で亡くなっている。 鳥子は節が亡くなるや、挽歌7首を夜雨のもとに送り届けている。

 大利根の川千載を流るとも 故郷悲し君あらなくに

 筑波野に君います日は一握の 土くれさへも光出しを

 君しあれば筑紫野に師の痛めるを たのみ来てにし逆さ事はも

 ※ 病で外出もままならぬ夜雨の世話を、本来は自分がすべきであるのに、嫁いでしまって長塚に任せてしまった事を「逆さ事」としたものか。



 ◇ 参院選投票先で民主党が伸びる、民主ひとまず「ほっ」(2010年2月7日)

 夏の参院選比例代表投票先で民主党が数字を伸ばした、共同通信社の世論調査結果を受け、小沢一郎幹事長をめぐる政治資金規正法違反事件への影響を懸念していた政府・民主党には六日、ひとまず安堵感が広がった。ただ、小沢氏辞任を求める厳しい声は相変わらずで、党内には戸惑いも隠せない。 ある副大臣は調査結果について、「世論は『事件の本質は小沢氏の問題で、党や内閣は関係ない』と冷静に見ている」と歓迎した上で、「党内に『小沢対反小沢』みたいな動きがなく、ちょっと大人になったので支持率が下げ止まった」と分析。ベテラン議員も「国民は、民主党政権を選んだ責任を感じてくれている」と強調。

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 小沢氏の進退を判断する指標とされたのが参院選への影響度。だが、今回の調査では少なくとも参院選への影響は表れていない。このため、小沢氏側近は「期待感が変わらないのはいい材料だ。まだまだ頑張れる」と、強気の姿勢を貫いている。党幹部も「時間がたてば忘れていくんじゃないか。自民党にも決定打はない」と期待する。

 だが、小沢氏辞任を求める世論は7割超。続投を容認した党内との温度差は大きい。小沢氏と距離を置く中堅議員は「説明責任が残っていることを証明した数字。厳しい状況」と指摘。小沢氏に近い若手も「信頼回復には時間がかかる。小沢氏自身も繰り返し説明するしかない」と不安を隠さない。 反小沢の中核的存在とされる「七奉行」のまとめ役・渡部恒三元衆院副議長は6日、都内で記者団に「小沢君は世論を謙虚に受けとめて、決断してくれると信じている」と辞任を期待する一方、「私が右にしろとか左にしろとか言わない」と静観する考えを示した。


 【参照】2月8日、夜儺追神事
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/46886665.html

 【参照】2月8日、針供養(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/40151522.html

 【参照】2月8日、『原爆の図』を発表(1950年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/28233911.html

 【参照】野田聖子と佐藤ゆかり、「手打ち」(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/40167468.html

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