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平成22年2月18日(木)本日:米・ホワイトがHP連覇、国母8位、青野9位。 他を圧倒するホワイトの技量、まさに別次元だった! スノーボード男子ハーフパイプの決勝が17日(日本時間18日)行われ、国母和宏(東海大)は35.7点で8位入賞、青野令(松山大)が32.9点で9位となり、ともにメダルには届かなかった。 ショーン・ホワイト(米国)が、48.4点のハイスコアを出して五輪2連覇。ペートゥ・ピロイネン(フィンランド)が銀、スコット・ラゴ(米国)が銅メダルだった。 工藤洸平(シーズ)は準決勝で敗退、村上大輔(クルーズ)は予選落ち。 “朝青龍”になれなかった、あの国母クン ◇ 公式服装の乱れで母国の反発を買った国母クン 不発! JOCや全日本スキー連盟に抗議電話が殺到。連盟から連絡を受けた萩原文和監督(52)が、国母に注意。一緒に行動してきた綿谷直樹コーチ(39)ら3人に対しても「指導者の問題でもある」と厳しく指摘。JOCも 萩原監督とコーチを注意。入村式に出席したJOCの市原則之専務理事(68)は「 スポーツマンの服装ってモノがある。国民の税金を使った服装じゃない」と御立腹だった。 何かと目に付くスノボー選手らの“個性”? トリノ五輪では、国母も出場したが本番では男子全員が予選落ち。女子も中島の9位が最高だった。自作のラップを披露するなど、注目を浴びた今井メロは2度の転倒で予選最下位に終わった。大会後、選手村の壁を破損するなど不行跡が指摘され、JOC幹部から「戦う姿勢、態度がなっていない」と名指しで批判された。 スノーボードの男子ハーフパイプ代表で、出国時の公式服装問題で謝罪した国母和宏が15日(日本時間16日)の公式練習後、取材に応じた。「迷惑かけた人にいい滑りを見せたい」と誓った国母の口元には「SAMURAI」の文字が光る黒いマウスピースが見えた。国母が所属する北海道を拠点とするトップスノーボーダー集団「真七人侍」を意味するとみられた。 約2時間の練習では、縦回転の大技「マックツイスト」を決めるなど絶好調。練習中にルイ・ビトー(アメリカ)と話し込んでいたが、「言ったら1面飾っちゃうんで … 」と、元気いっぱいのカンジ。日本時間18日に行われる競技は、スーパースターのショーン・ホワイト(アメリカ)がダントツの優勝候補。国母も地元紙では銀メダルと予想されていたが … 。「自信? あります」と不敵な笑みを浮かべていたが、朝青龍のようなヒールチャンピオンにはなれなかった。 2月18日は、ザ・ピーナッツ 引退表明の日です。 1975年2月18日、姉妹歌手の「ザ・ピーナッツ」がこの日、16年間の歌手生活からの引退を表明しました。 当時、東京都千代田区有楽町の三信ビルディングにあった渡辺プロダクション社屋で記者会見を開き、現役を引退することを表明。 同年3月31日には番組開始時より何度も出演した「夜のヒットスタジオ」(フジTV系)で引退記念特集「さよならピーナッツ」が組まれ、4月5日には、NHKホールで高橋圭三司会の「さよなら公演」を興行。 さよなら公演は、3月から4月にかけて大阪・京都・名古屋でも行われています。 以後、現在に至るまで一切公の場には姿を現していないと伝えられる。 姉の伊藤エミは、1975年6月4日に同じ所属事務所の元・ザ・タイガースの沢田研二と結婚し、ハナ肇宅の隣に居を構えていた。その後、一男を出産するが、1987年1月に離婚。 「ザ・ピーナッツ」の奏でるハーモニーとメロディは、繊細で歯切れ良くハートフル、抜群の歌唱力を誇った。「ザ・ピーナッツ」以降、数多くの双子歌手が誕生したが、「ザ・ピーナッツ」を上回る双子歌手は現れていない。今もなお数多くのファンの支持を保ち、生「ザ・ピーナッツ」を知らない世代にも愛され続けている。 「ザ・ピーナッツ」(恋のフーガ、他) |

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