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平成22年2月27日(土)昨日:浅田真央、自己ベストも銀メダルに号泣。 ショートプログラム2位からの逆転優勝を狙った浅田真央(中京大)は131.72点を出し、合計で自己ベストの205.50点で銀メダルを獲得。 浅田は五輪史上初めてフリーで2度のトリプルアクセルに成功させたが、直前に演技したキム・ヨナ(韓国)の世界歴代最高の228.56点を超えられなかった。試合後は「悔しさはある。納得していない」と号泣。安藤美姫(トヨタ自動車)は5位、鈴木明子(邦和スポーツランド)は8位にそれぞれ入賞。男女6名すべてが入賞して、日本のレベルの高さを示した。 ◇ 伊藤みどり「大技2度 自分をほめて」 金妍児、ロシェットと並んで立った表彰台だが、浅田には笑顔がなかった。自己ベストを更新したが、金妍児に23点余りの大差をつけられての銀メダル。報道陣の前で「悔しいです」と涙を見せた。 女子フィギュア史上に残るトリプルアクセルの成功など見事な演技は、世界のファンの胸に強く刻まれたはず。浅田自身、「五輪でアクセルを3回決めたのは誇り」と胸を張った。努力を重ね、スランプを克服して得た銀色のメダルは、銀盤上に大きな輝きを放った。 ラフマニノフ作曲の前奏曲「鐘」に乗って演技した浅田だが、曲想は沈鬱なイメージでもあった。「後半になるにつれて緊張が出てきた」と言うように、後半の3回転フリップ → 2回転ループ → 2回転ループは、フリップの着氷が回転不足でオーバーターン。続く3回転トーループは左足エッジが途中で氷に刺さって跳ぶタイミングが遅れ1回転に。「後半は少し足に疲れがきていた」と浅田は悔やんだ。 1992年アルベールビル大会で、銀メダルの伊藤みどりが浅田にエールを送る。「トリプルアクセルと金メダル。真央ちゃんには二つのこだわりがあった。涙が出ちゃう複雑な気持ちは分かるけど … 」。 伊藤はSPでアクセルを回避して、難度の低いジャンプに変更したが、転倒して4位と出遅れた。フリーでも、大技に失敗した。それでも演技後半に挑んだアクセルが成功して銀メダリストになった。 伊藤は言う、「私はSPで逃げちゃった人。金メダルが絶望的になった時点で、トリプルアクセルだけはやりたいと思った。終わった時は晴れやかな気持ちだった」。 悲しいかな、伊藤と浅田と、採点方法は大きく変ってしまった。 悔し涙の浅田真央と感激の涙のキム・ヨナと … 。 2度のトリプルアクセル成功の評価が低すぎるとの声も大きいが、8年前のソルトレークシティー五輪で、採点を巡る審判の疑惑が噴出。その後、採点方法が大幅に改正された。演技の「要素」と「プログラム構成」について採点項目が細分化され、審判がそれぞれの技や表現力などをどのように評価したかが数値で示されている。 ※ キム・ヨナ陣営は、戦略的に五輪に挑んできた。いかにポイントを稼ぐかも練り上げてきている。日本サイドは、いまだに技術至上主義的観念から脱却できていないようだった。4回転できぬ者が「金」なのかと言う、男子某選手の不満も時代遅れだった。「金」を狙うには、システマティックな戦略が不可欠な五輪だと、認識を改める必要がある。 今回の五輪では、男子フィギュアの高橋大輔選手が日本男子として初めて銅メダルを獲得した。高橋選手の母校・関西大と、浅田選手の中京大に共通するのは専用のスケートリンクがあること。両校から五輪メダリストが生まれたのは偶然ではない。しっかりした練習環境が整えば今後もメダリストが誕生する可能性はあるのだ。 2月27日は、蓮佛美沙子の誕生日です。(1991年) 鳥取市出身の女優。堀越高等学校卒業。2009年4月、白百合女子大学文学部児童文化学科、児童文学・文化専攻に入学。 竹内結子のファンで、ドラマ「ランチの女王」を見て女優を志す。2005年に行われた第1回スーパー・ヒロイン・オーディション ミス・フェニックスのグランプリに選ばれて芸能界入り。 2007年公開の映画『犬神家の一族』でデビュー、同年『 転校生 さよなら あなた 』で映画初主演、『ガラスの牙』でテレビドラマ初出演・初主演を果たす。大林宣彦監督からは「20年に一人の逸材」と言われている。 好きな食べ物は、梨とお肉とお弁当。 ◇ NHKドラマ『七瀬ふたたび』のヒロイン「火田七瀬」 ドラマ8の枠で、2008年10月9日〜12月11日の放送だった。原作は、筒井康隆のSF小説。超能力者であるが故の苦悩や葛藤を描く。蓮佛美沙子の個性が役柄とマッチして、もの悲しくもヒューマンな心あたたまるドラマに仕上がっていた。 ある日、人の心が読めてしまうことに気づいた七瀬は、自身の異様な能力に途惑い、人に知られることを極度に懼れるようになる。だが、そのことが元で職場を去らなければならなくなる。 旅に出た七瀬は、夜行列車内で同じように人の心が読める能力を持つ少年・朗と出会い、さらに予知能力を持つ青年・恒介(マジシャン)にも出会う。 恒介は列車が事故に遭うことを予知し、乗客らに列車を降りるように説得するが、誰も相手にしてくれない。七瀬ら三人は次ぎの駅で降りた。その後、列車は彼の予言どおりに遭難し、多くの犠牲者が出た。生存者の証言から、列車の事故を知っていた者の存在が明らかになる。警察(刑事:市川亀治郎)は重要参考人として、その青年の後を追い求めてゆく。 やがて、三人の前に超能力を悪の組織に利用する者たちが現れる。 最終回にヒロインは死ぬ。死の間際に、多くの人びとの心にダイレクトに平和のメッセージを遺す。七瀬のメッセージは、人びとの心にふかく深く染み入る。 「風の谷のナウシカ」のように、「イマジン」のように … 。 ◇ 森光子、「放浪記」中止(2010/02/26) 森光子(89)の主演舞台「放浪記」(5月5日〜6月27日、東京・有楽町シアタークリエ)の中止が26日、発表された。健康診断で主治医から「4時間の舞台を2ヶ月間演じることは体に差し障る」とアドバイスを受け、東宝が中止を決めた。1961年初演以来、2017回演じた森にとっても、苦渋の決断だった。東宝は「これからも上演する希望は残したい」と再演をあきらめていない。 森は公演前に受ける19日の健康診断で、主治医から「日常生活に心配はないが、4時間の舞台を2ヶ月演じることは体に差し障る。養生した方がいい」と忠告された。21日に制作の東宝、森の事務所、演出家が協議した。その夜、マネジャーが自宅にいた森に中止決定を伝えたが、森は涙を浮かべながらも納得したと言う。 森は2月6日に帝劇「新春 人生革命」を終え「放浪記」の準備に入っていたが、実は公演を乗り切れるか悩んでいた。この日の中止発表会見で公表された手紙で、森は「私の体を気遣ってくださる皆さまのご心配をいただく中、正直、心が揺れ動く毎日でもございました」「林芙美子という役の人物を2ヶ月間演じ続けることができるのだろうかとの不安も募りました」と打ち明けている。 体力を考慮して4時間の舞台を短縮する案も検討されたが、女優としての意地が許さなかった。「『放浪記』をこれまで以上に、いいえ、せめてこれまでのように演じることができなければ、お客さまはじめ大恩ある菊田一夫先生、三木のり平さんに申し訳が立ちません。途中で幕を下ろすようなことになれば、ご迷惑をおかけすることになります。毎日眠れないほどに悩みました」と、苦渋の日々が続いたことを告白する。その上で「役者にとりまして、舞台をお休みすることはこれにまさる苦しみはございません。毎日毎夜考え悩みましたが、自分自身決心しました。心からお詫びを申し上げます」と結んだ。 「放浪記」は中止となったが、森は女優業を続ける。雑誌の取材やテレビ出演の予定もあるという。会見した東宝の増田憲義専務(63)は、「森さんは戦後すぐに結核で片方の肺を失い、1つの肺で演じてきた。悲嘆に暮れていると思うので、励ましの手紙を送ってほしい。森さんの体調を見ながら、できればまたやりたい」と、森「放浪記」再演の余地を残しており、来年の帝劇開場百周年には「森さんの出る舞台を考えたい」と話した。中止に伴う代替公演はこれから検討するという。 ◇ 今日の誕生花・クロッカス(ラジオ深夜便) 花言葉は、「青春のよろこび」「堅実」。 日がさしてもうクロッカス咲く時分 高野素十(たかのすじゅう) 球根のままにて腐るミソッカス 高野槙人(こうやまきと) |

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