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◇ ドイツの終盤の追い込みに逃げ切れなかった日本、銀メダル(2010.02.28) スピードスケート女子団体追い抜きで、日本は田畑真紀(35)、穂積雅子(23=ともにダイチ)、小平奈緒(23=相沢病院)の3人で臨み、銀メダルを獲得した。準決勝でポーランドに競り勝ち、決勝ではドイツに100分の2秒差で敗れて惜しくも金メダルを逃したが、スピードスケート女子五輪史上最高の2位。今大会スピードスケートとしては3個目、日本選手団としては5個目のメダルとなった。 わずか靴一足分の差で、日本は金メダルに届かなかった。横一線に広がった日本と縦にばらけたドイツが、ほぼ同時にコースの対角にある、それぞれのゴールラインを通過。電光掲示版が示したタイムは日本の3分2秒84に対して、ドイツは3分2秒82。0秒02差、距離にして約25センチ。最後にゴールした穂積は「もう少し脚が長かったら … 」と悔しさを露わにした。 メダルの色は金目前で銀になったが、女子では98年長野五輪女子500メートル銅の岡崎朋美以来のメダル。苦戦続きの中長距離陣にとっては悲願の表彰台だった。日の丸を掲げてのウイニングランを終えた田畑は「物凄く悔しかった。でも、それもすぐに消えました。やっぱりメダルが欲しかった。夢みたいです」と目を潤ませた。 準決勝のポーランド戦に競り勝ち、メダル獲得を確定させて迎えた決勝戦。控室を出る前には橋本聖子団長とメンバー4人で円陣を組み、団長からは「死ぬ気で行って来い」と檄を飛ばされた。穂積は出場メンバーから外れた高木の手袋をつけて出陣した。序盤はスピードのある日本がリード。残り2周で1秒72の差をつけた。しかし、徐々にペースダウンし、長距離の強豪選手をそろえるドイツにラスト1周で一気に逆転された。 日本は前回のトリノ五輪では個人種目を優先し、五輪直前しか団体追い抜きの練習をしなかった。その結果、3位決定戦で大津が転倒して4位。メダルを逃した。当時の悔しさをメンバーの中で唯一知る田畑は「4年前は自分たちの力を出し切れずに終わった」と振り返る。その後の4年間は田畑がリーダーとしてチームを牽引。今季は夏から所属の枠を超えて3度の合同練習も実施した。 「他の2人に勝つつもりでないと、速くなれない」。五輪を前にしたW杯で、田畑はスピードについて来られない若手選手を置き去りにして、先にゴールしたこともある。妥協を許さぬ厳しい姿勢で後輩たちを引っ張るのが田畑スタイル。今回、準決勝に勝ち、銀メダル以上が確定した時も「わざと嬉しくない顔をしてました」と同じ寅年で12歳下の小平、穂積の気を引き締めた。 「最近はメダルを欲しいと思うことはダメだと思っていたけれど、メダルが欲しくて、スケートを続けてきた。そう思うと直前の練習で、逆にぐっと集中できることが分かった。最後の五輪で原点に戻れた」 富士急入社1年目の1994年にリレハンメル五輪出場。長野五輪は2ヶ月前の練習中に左足首を骨折して出場を断念。2003年5月には富士急を辞めた羽田雅樹コーチを追って、自身も退社。その後1年間は所属もなく、貯金を切り崩して活動。数々の苦難を乗り越えて迎えた4度目の大舞台で、ようやくメダルへの思いは通じた。 「みんな世界のトップを争えるまで力をつけた。後輩たちには、この自信を次につなげてほしい」。日本の中長距離も世界で戦える … 、田畑が最後の五輪で証明した信念は、また次の時代へと受け継がれていくことだろう。 ◇ 「ハナの差」ならぬ「尻尾の差?」 百分の2秒差で惜敗 トラック6周、2400メートルで争われる団体追い抜き。残り2周で1秒72あったドイツとの差が縮まっていく。残り1周で1秒14差。あと半周で0秒74差。穂積雅子を先頭に、日本が懸命に逃げる … 。 だが、0秒02差で逆転負けを喫した。最後尾でゴールした穂積のスケートの「刃先の差」で金メダルを逃した。 「悔しい。でも、これが精いっぱい。私たちもできるんだというのを見せられた」。スピードスケート女子で過去最高の銀メダル。小平奈緒は充実感をにじませた。 35歳の田畑真紀、23歳の穂積と小平。性格の違う3人が力を合わせた輝かしい結果だった。 ※ 田畑真紀 1974年11月9日生まれ、北海道鵡川町出身 ※ 小平奈緒 1986年5月26日生まれ、長野県出身 ※ 穂積雅子 1986年9月11日生まれ、北海道出身 ◇ 今大会で日本の獲得したメダルは銀3、銅2の計5個 17日間の雪と氷の祭典は28日(日本時間3月1日)の閉会式で幕を下ろす。日本選手団は、フィギュアスケート女子で銀メダルの浅田真央が旗手を務める。 日本選手団の橋本聖子団長は、バンクーバー冬季五輪最終日の2月28日、バンクーバー市内で会見し今大会を総括した。 橋本団長は、メダル数で前回のトリノ五輪を4個上回った日本の戦いぶりについて、「選手が頑張った証し」としながらも、「あとは金メダルを一つでも取りたかった」と無念さも窺わせた。 メダル総数14個の韓国、11個の中国と他のアジア勢の躍進が著しいことについては、「圧倒される部分もあるが、これまでは体の大きな選手にアジア選手が挑むのが厳しかったことを考えれば、明るい材料だ」とした。また、「メダル大量獲得国があったころに比べ、競技力の分散化が際立ってきた」との認識を示し、「ソチ五輪では、今回を上回る成果を必ず上げねばならない」と決意を表明。強化方針として「医学、情報などを担当するスタッフの質を上げることが大切だ」と述べた。 大会序盤に一部選手の公式服装の乱れが問題になったことについて、「帰国後も代表として自覚や責任を持って行動するよう、指導をお願いしたい」と改めて苦言を呈した。また政府の事業仕分けで話題となり、今回も不振だったソリ系など、マイナー競技については、「メリハリのある強化が必要。研究開発費などを(関係機関に)見てもらえれば」と述べ、引き続き支援が必要との考えを示した。
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