|
平成22年4月11日(日)一昨日:劇作家・小説家の井上ひさしさん死去。 笑いの中に鋭い社会批評を炙り出す作品で、テレビ、演劇、小説と幅広く活躍した文化功労者で劇作家・小説家の井上ひさしさんが9日午後10時22分、肺癌で死去した。75歳。葬儀、告別式は未定。 山形県生まれ。上智大在学中からコント作家、放送作家として台本を書き始め、1964年スタートのNHKテレビ「ひょっこりひょうたん島」の脚本、「てんぷくトリオ」のコントを手がけた。1969年には、テアトル・エコーが上演した「日本人のへそ」の戯曲で演劇界にデビュー。言葉遊びをふんだんに使い、一躍、喜劇作家として名を挙げた。 1984年には「こまつ座」を旗揚げ。座付き作者として、「頭痛肩こり樋口一葉」「人間合格」「シャンハイムーン」(谷崎潤一郎賞)などの評伝劇で時代と人間に切り込んだ。広島原爆を題材にした「父と暮せば」「紙屋町さくらホテル」や、東京裁判を多角的な視点でえぐった3部作なども発表。昨年も宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘の“後日談”を描いた「ムサシ」、「蟹工船」の小林多喜二を主人公にした「組曲虐殺」を発表するなど精力的な仕事ぶりだった。今年も新作の執筆準備に取り掛かっていた。 小説では1972年、江戸の戯作者の業を描いた「手鎖心中」で直木賞。その後も「吉里吉里人」で日本SF大賞、読売文学賞(小説賞)、「腹鼓記」「不忠臣蔵」で吉川英治文学賞を受賞。1999年には菊池寛賞が贈られた。1993〜98年に日本劇作家協会の初代会長を、2003〜07年には日本ペンクラブ会長を務めた。2004年に文化功労者。今年は第17回読売演劇大賞芸術栄誉賞も受賞した。 昨年12月、肺癌闘病中であることを公表し、治療を続けていた。 ※ 紀伊国屋サザンシアターで、こまつ座公演「太鼓叩いて笛吹いて」を観たことがある。小気味良いセリフの応酬は、リズミカルで爽快感があった。面白おかしく人間社会の実相を遺憾なく暴きたてる手法は、まことに鮮やかで舞台の緊張感を楽しんだものだ。 言葉で思索し、言葉で冒険し、言葉で遊んだ遅筆家・井上ひさし。 「ひょっこりひょうたん島」よ、永遠なれ! 4月11日は、鷺沢 萠の命日です。 ◇ 鷺沢 萠(1968年6月20日〜2004年4月11日) 昔むかしのこと。 ある国にひとりの農夫がいた。 農夫は自分の足で立てるようになる年齢になるころには、もう畑に出て働いていた。 だから農夫は読み書きをできなかった。 読み書きのできないその農夫のつくる葡萄は、けれどその国でいちばん素晴らしいものだと、これは誰もが認めることだった。 名前があるような特別な神を農夫たちは持っていなかった。 神を持たない農夫たちは、しかし葡萄やその他の果実、それから麦を育んでくれる太陽と風と土、季節ごとに降ってくれる雨、それらのものを尊敬し、うやまっていた。 だから農夫たちは太陽を拝み、肥沃な土地に感謝し、日照りが続いてなかなか雨が降らないときには、雨を乞うためにみんなで祈った。 同じ国に王がいた。 国を心から愛していた王は、いつの日かこの国を継ぐことになるのであろう我が子に、いつもいつも、毎日のように言い聞かせていた。 「国の宝はその民である。宝たる民を粗末にする国は、その民によっていつか必ず滅ぼされることになろう」 賢い王の子は父王の言うことを深く理解した。 だから王の子は、ごく小さなころから、国と国の宝である民を守るためにするべきことを一生懸命に学んだ。 王の一族は、もう長いこと昔、何代も何十代も前から、名前の付いている神を信じていた。 だから王や王の子どもたちは、遠い昔から続いているしきたりとして、農夫たちが太陽や土や水を崇めるのと同じように、その神に向かって毎日毎日祈るのだった。 ある日、農夫はいつものように畑で仕事をしていた。畑に引くきれいな水を探して、いろいろなところを掘っていたら、なぜか急に、黒い水が泉のように湧き出てきた。 農夫はとても困った。泉のように潤沢にほとばしり出てはいるけれど、そんな「黒い水」では葡萄を育てることができないからだ。 農夫は場所を代えて、またもや畑のための水を探した。 今度は清冽な水源を探しあてた。 きれいな水と太陽と土と風のおかげで、その年、農夫の畑では極上の葡萄が収穫された。 農夫はその葡萄でたくさんの葡萄酒をつくった。 農夫のつくった葡萄酒は、奇跡のような味がした。 何年かが過ぎて、父王がなくなった。 新しい王となった王の子は、父王の教訓を守り、これまで学んできたことの上にさらにたくさんのことを学び、そうして国の民を守る立派な王となった。 国の民はそんな王を尊敬した。 けれど、王はあまり幸せではなかった。 毎日毎日、大臣たちはたくさんの難しい決心を王に迫った。 隣国が、王の国を攻めてくるらしい、という噂が流れた。 隣国では、王の一家が信じているのとは別の神を信じている、ということは王も知っていた。 そのことが原因で、両国のあいだに小さな諍いが繰り返されていた時期もあったが、少なくともここしばらくは、隣国とは平穏な関係が続いていたはずだった。 「またもや彼らの神を、我々にも信じろというのか」 王は驚いて言った。 「それもひとつの理由です」 大臣が目を伏せて答えた。 「他にも理由があるというのか」 「はい。もっと大きな理由があります」 「それはいったいどんな理由であろうか」 「我が国の土中深くから『黒い水』が湧くことは王もご存知でしょう。隣国は、あの『黒い水』をも手に入れたいのです」「あのように役に立たないものをなぜ?」 「この国では役に立ちませんが、隣国ではたいへんに役に立つもののようなのです」 「ならば少しくれてやればいいではないか」 王が言うと、大臣は答えた。 「そうはいかないのです。この国の土を掘れば、あちこちからあの『黒い水』が湧き出てくるのです。いったんくれてやれば、隣国はいずれ、我が国にあるすべての『黒い水』を手に入れたいと考えるようになりましょう」 「………」 「隣国はやがて、『黒い水』ほしさに、幾たびも幾たびも我が国の土地に侵入するようになりましょう。それを許していたら、いつか彼らは我々の神をも追い出すでしょう。それに……」 「それに?」 「国土の大半を掘り返されてしまえば、我が国の畑はどうなりましょう。神に与えられた肥沃な土地でできる麦はどうなりましょう。葡萄はどうなりましょう。それらの畑で働くおおぜいの農夫たちはどうなりましょう」 王はまたもや考え、悩んだ。 三日三晩考え抜いて、やがて攻めてくる隣国を迎え撃つことを決めた。 王は、戦をかまえることを決めたのだった。 王の仕事は、国の民を守ることだったからだ。(中略) 激しい戦がはじまった。 王ももちろん、戦に加わった。 賢い王は戦術にも長けていたので、戦はそう長引かずに終わった。 だが、戦をかまえれば必ず死者が出る。 戦のあいだに起こったさまざまな悲劇の中には、あの農夫の死もあった。 いつものように畑で働いていた農夫の背中に、どこから飛んできたのかは判らないが、一本の矢が命中してしまったのだ。 王の国は隣国の兵士たちを国内から追い出すことに成功した。 王の国は、戦に勝ったのだった。そのことによって、王はさらに民の信頼を得た。 しかし王はますます幸せではなくなっていた。生きのびた兵士たちの半分は畑に戻ったが、残りの半分は畑には戻らなかったのだ。 賃金を手にした彼らは、働く楽しみを忘れてしまっていた。 ひどい者は「また戦がはじまればいいのに」とも言った。そうやって見捨てられた畑は、荒れていった。 国の宝を守ったつもりでいた王は、自分が守っていたものは何だったのか、判らなくなった。 とても悲しかった。 王の不幸にはもうひとつの原因があった。 ただひとつの楽しみであったあの素晴らしい葡萄酒が、どこにもなくなってしまっていたのだ。 それでも戦が終わってしばらく経つと、畑に戻ってくれた農夫たちのおかげで、国はだんだんに落ち着いてきた。 いったんは畑を捨てた農夫たちの中にも、あきらめて畑に戻る者がぽつぽつとあらわれた。畑へと戻った農夫たちは、太陽の光が降り注ぐ肥沃な大地で、ふたたび畑の仕事に専念した。 けれど彼らは、昔ほど楽しそうではなかった。 国の様子をたしかめるため、王が畑を見まわっていたときのこと。 かつては葡萄畑だったらしい荒地が、王の目にふととまった。王はそばにいた農夫に訊ねた。 「あの畑を耕していた者は、戦場で死んだのかね。それとも畑を捨てたのかね」 「いえ、あのじいさんは戦には行かなかったんでさ。不運なことに、流れ矢にあたって命を落としたんでさ」 王は深い悲しみをおぼえたけれど、昔は自らに安らぎを与えてくれていたあの葡萄酒が、かつてはみずみずしい畑であったその荒地から収穫された葡萄からつくられていたことを、知るすべはなかった。 王はあの葡萄酒を失った。隣国の王も、ほしがっていた「黒い水」を手に入れることはできなかった。 そうして両国は、お互いにそれ以上のものをも、たくさん失くしていた。 唯一の楽しみを奪われた不幸な王は、眠る前、葡萄酒を飲むかわりに、ときどきこんなことを考えるようになった。 自分が信じていたのはどんな神だったのだろうか。隣国の王が信じていたのはどんな神だったのだろうか。 その神は、我々を救ってくれたのだろうか。 ※ 一読して、鷺沢 萠のアイデンティティーが主題であることが分かる。そして、その死が強く暗示されている。ある意味で芥川と共通の漠たる不安が、彼女の内面を蝕んでいったのかも知れない。真摯なる思索は、その人を滅ぼすことがある。しかし、真摯なる思索なくして真摯なる人生もまた無い。 人間とは、悩むことの出来る生きものなのだ。 ◇ 今日の誕生花・ミヤコワスレ(ラジオ深夜便) 花言葉は、「忘れ得ぬ人」。 とほく灯のともりし都忘れかな 倉田紘文 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用





井上ひさし氏の御冥福を祈ります。私は、彼が広島原爆を題材に書かれた頃から、よく存じておりました。広島には3・4年住んでおりましたので、作品に納得する点がたくさんありました。肺がんで亡くなられたとか、ヘビー・スモーカーでしたね。
心よりご冥福を祈ります。
2010/4/13(火) 午前 2:41 [ kaz*_51** ]