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平成22年4月21日(水)昨夜:山崎さん搭乗のシャトル帰還。 山崎直子さん(39)ら7人が乗り組むNASAのスペースシャトル・ディスカバリーが米東部時間20日午前9時8分(日本時間同日午後10時8分)、ケネディ宇宙センターに帰還した。シャトルは年内に退役の予定で、日本人宇宙飛行士の搭乗は山崎さんが最後となる。 国際宇宙ステーション(ISS)を3日前に離れたディスカバリーは、帰還の約1時間前に地球周回軌道を離脱。北米大陸を北西から横断してフロリダ半島に接近し、滑走路に滑り込んだ。当初、19日の着陸を予定していたが天候不順で1日延びた。この日も日本時間20日午後8時半の着陸を予定していたが、天候が悪く、さらに地球を1周した後、着陸に臨んだ。パラシュートが開いて機体が止まり、乗組員の無事が確認された。 着陸後、山崎さんは体調の確認をした航空宇宙医師を通じて「地球に戻って重力の強さを非常に感じています。ありがとうございました」とコメントした。 着陸してから1時間40分後、帽子と青い服で地上に降り立った山崎さんは、出迎えた関係者一人ひとりと笑顔で握手をして言葉を交わした。滑走路に準備されたマイクを前に乗組員は一言ずつ挨拶。山崎さんは「日本のみなさん、応援してくださって、ありがとうございました。美しい地球の自然を感じることができてうれしく思います」と日本語でも話した。 山崎さんは着陸後、地上で待つ夫の大地さん(37)、娘の優希さん(7)らと再会、テキサス州ヒューストンに戻り、歓迎式典に出席する。 日本人はこれまで計8人が延べ14回の飛行をし、うち12回はシャトルへの搭乗。シャトルは日本初の有人宇宙施設「きぼう」をISSに運び、日本の有人宇宙開発に大きな役割を果たした。順調なら今年9月が最後の飛行になる。 ※ 宇宙への「足」は当面、ロシアのソユーズ宇宙船が担う。2011〜12年に相次いでISSに長期滞在する古川聡さん(46)、星出彰彦さん(41)もソユーズで向かうことになる。 シャトル退役には地元フロリダ州などで根強い反発があるが、オバマ米大統領は15日の演説で予定通りの退役方針を改めて表明した。 アメリカの“一時離脱”が、今後の宇宙開発にどのような影響を与えるかは不透明だ。それにしてもロシアのソユーズは旧式だが、質実剛健な設計とみえる。 4月21日は、藤田 田の命日です。 ◇ 藤田 田(ふじた でん、1926年〜2004年) 日本の実業家。大阪府大阪市生まれで大阪十三の(旧制)北野中学を卒業。(旧制)松江高等学校を経て東京大学法学部へ。在学中に通訳アルバイトでユダヤ人米兵の自由な生き方に触れて感動し、在学のまま1950年に輸入雑貨販売店「藤田商店」を立ち上げる。 その後、1971年に米国マクドナルド社と合弁で日本マクドナルドを設立。 1989年に「日本トイザらス」(アメリカのおもちゃ専門店トイザラスの日本法人)を創業。 「デンと発音してください」という自己紹介が有名だった。田(でん)は、クリスチャンだった母親が、十字架をイメージして名づけたと言う。 巷間、よく喋る子なので黙らせようと口に「×(バツ)」を入れた、とも言われた。 デフレ気味の経済環境のなかで、1994年、百円ハンバーガーを売り出し、大幅な売上げ増を実現した辣腕経営者。 「価格破壊とは違う。うちは肉など原材料は全部輸入品だから円高によって仕入価格が2割下がる。1ドル=115円のとき、80円から85円になると踏んだ」と、情報収集に基づく値下げ決断だったと打ち明ける。人より二ミリ前進しろというのが、口癖。日本マクドナルドの店舗だけで一年間の来店者数は7億人を超す。 2003年2月、藤田氏は、「インフレが来る」と、半額セールの打ち切りを決定。その後、客数が減り、再び値下げするなど価格政策が迷走したことで経営が悪化、牛海綿状脳症(BSE)騒動などの逆風も響いて、社長を退き会長となる。 同年3月、2002年12月期連結決算で、創業以来の最終赤字になったことから、会長も退く。 そして、2004年4月21日午前5時56分、心不全のため東京都内の病院で逝去、享年78。 ◇ カリスマ経営者の光と影 藤田 田会長の退任で、マックの株価は上向く。藤田 田にとって、この市場評価は無念であったろう。 「明日はストップ安になるかもしれませんね」、日本マクドナルドの創業者である藤田 田・日本マクドナルドホールディングス会長が、3月28日に退任する。その発表があった3月5日の夜、外食担当のアナリストは、マックの株価動向をこう予想したものだった。藤田会長と言えば、日本を代表する名物経営者の一人。1971年、東京・銀座の三越に「マクドナルド」の1号店を開店して、日本にハンバーガーを定着させた。1994年の「バリュー戦略」、2000年の「平日半額」ハンバーガーなど、消費トレンドをも牽引してきたのだ。そのカリスマ経営者・藤田会長が引退するのだから、マックに打撃があると考えるのは自然なことだった。 ところが株価は逆の動きをした。発表翌日の3月6日、マックの株価はストップ安どころか、一時は前日比120円高の1830円まで高騰。終値は前日より10円高い1720円。市場は、藤田会長の退任がマックにとっての好材料と判断した。 ハンバーガーの再値下げに見られるように、その後の経営判断は精彩を欠き続けた。 「こんなはずではない。何か奇策を打ち出すはずだ」との期待が裏切られる過程で、市場はカリスマの神通力に陰りを見て取っていた。 退任の挨拶文も実に平凡なものだった。「77歳の誕生日を控え、体力の限界を悟った」「店舗へ自らが出向き、最新情報を入手できないようでは信念に悖る(中略)、潔く一線から身を引く道を選びました」。 老兵は死なず、ただ消え去るのみ、の言葉どおりに「ミスターマクドナルド」は現場を去った。 ※ 「McDonald's」は「マクドナルド」じゃない。 『マクダーナルズ』が正しい発音に近いが(メクダーナー)、藤田 田は、アメリカ本社の反対を押し切り、「日本語的に馴染みやすい3・3の韻になるよう」にと『マクドナルド』にした。 ◇ 「Mac からマック」は運命だった 日本マクド会長兼社長 原田泳幸氏 アップルで、暫定CEOのスティーブ・ジョブズと共に改革の大鉈を振るい、マイクロソフトの後塵を拝していた同社の建て直しに成功、そして2004年には「マックからマクドへ」、カリスマ経営者・藤田 田の後継として日本マクドナルドの社長に就任。ここでもV字回復を成し遂げた。 原田泳幸が社長に就任した時、藤田 田は既に入院していた。原田泳幸がアメリカ出張から帰国した時には、藤田 田は既に死んでいた。原田泳幸がアップル時代、ハンバーガー価格を59円に下げたり上げたりという事でマスコミが大騒ぎし、NHKの「クローズアップ現代」でも失敗事例として取り上げるぐらい大問題になっていた。藤田 田は、消費者の信頼を失った事例として取り上げられる対象だった。 ◇ 今日の誕生花・サクラソウ(サクラソウ科) 花言葉は、「少年時代の希望」「青春」。 咲きみちて庭盛り上がる櫻草 山口青邨 幼くて抱きし希望(ねがい)いまもあり 桜草自生の山陰にして 鳥海昭子 |

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