今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成22年6月26日(土)昨日:参院選 与党過半数は微妙、自民1人区で優勢。

 7月11日投開票の第22回参院選を前に、全国世論調査を実施した。 民主党は比例選で強さを見せるものの、選挙区選で苦戦を強いられ、獲得議席は50程度にとどまる可能性がある。連立を組む国民新党も厳しい戦いをしており、与党の過半数(122議席)維持は微妙な情勢。自民党は参院選のカギを握る1人区で優位に立つなど、前回参院選の議席を大きく上回り、50議席に迫る勢い。

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   菅首相、目標議席未達成でも辞任せず

 菅直人首相は24日夜のNHK番組で、参院選で同党が目標とする「(改選)54議席プラスアルファ」が達成できない場合の自らの責任について、「日本の首相が毎年のように代わり、弱い政治、弱い外交になった。参院選で議席を大きく伸ばしたいが、すぐに(職責を)あきらめることは全く考えていない」と語り、引責辞任の可能性を否定した。 首相はその上で、「与党、あるいは単独で(衆参両院の)ねじれがない状態を作れればと思うが、そこまでいかない場合にはいろいろ考えなければいけない」と連立組み替えを示唆した。自民党との大連立の可能性に関しては「ねじれが生じることを前提とした質問にはお答えしかねる」と否定しなかった。

 ※ 自民との大連立をやってしまったら、選挙そのものの意義を失う。選挙とは、十年に一度の政権交代を担保するものだ。大連立は、選挙権の剥奪にも等しいものだ。 政界再編とは 、自民の解党的再構築 … 、民主の芹沢鴨的存在の排除 … 、第3局の強い新党結成 … 、政教分離の原則の徹底 … etc 。 来るべき11日が楽しみな今日この頃です。



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 6月26日は、パール・バックの誕生日です。

 パール・S・バック( Pearl Sydenstricker Buck, 1892年〜1973年 )

 南長老ミッション派宣教師の両親と中国に渡り、そこで育つ。処女作「東の風・西の風」に続き、代表作「大地」を発表して1932年にピュリッツァー賞を受賞する。 「大地」は「息子たち」「分裂せる家」とともに三部作『大地の家』を成す。1938年にアメリカ人女性として初めてノーベル文学賞を受賞する。

 1917年、帰国してランドルフ・マコン女子大学に入学、1924年に卒業し、母校で心理学の講師をしていたが、母の病気の知らせを受けて中国に戻る。1926年、一時帰国してコーネル大学で修士号を取得。1932年、ニューヨークの講演が原因で、長老派伝道委員から非難され宣教師の地位を辞す。1938年のノーベル文学賞受賞は、スウェーデンの探検家・学者スヴェン・ヘディンの推薦によるものだった。小説やノンフィクションの他に、児童書や絵本も執筆。

   愛娘キャロラインと「大地」

 1921年、彼女は愛娘キャロラインを生みます。フェニルケトン尿症が悪化し、重度の知的障害を持ちます。その知能は生涯、子供のままで、それ以上にはならなかったと言われています。母親としての苦悩は深刻だったに違いありません。

 「大地」には主人公・王龍(ワンロン)の娘として一人の白痴の娘があらわれます。娘は常に家族の悩みの種となり、足手纏いになります。しかし、母・阿蘭(アーラン)や王龍、そして梨花(リーホウ)は、常に娘のそばに寄り添い、暖かく見守ってゆきます。激動の時代を描きながらも、この娘の存在だけは変わることがなく、読者に慰めと安らぎを与えます。

 母親の阿蘭は、「忍従」という言葉に象徴される東洋の伝統的女性として描かれています。逞しく大地に立つ母親の姿は、それ自体がこの物語のテーマであり、作者の心を端的に表わしているもののように思われます。パール・バックは自身の夢と理想、そしてさまざまな思いを、この阿蘭に託し投影したのです。

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 「大地」は1930年、南京において執筆され、1931年に出版されました。1920年代の彼女は、娘の養育にかかりきりだったのでしょう。9年間、手許において育てたキャロルを1930年にニュージャージーにある養護施設に送りだし、その後、本格的な執筆活動に入ったのです。彼女の代表的な作品は全て1930年代に集中しています。長年、鬱積していた彼女の思いや感情が、一気に噴出した時期と言えます。キャロラインを養育した9年間が、作家パール・バックを大きく育てたとも言えます。   1940年代に入って、活動の重点は徐々に社会運動へと移っていったようです。西側諸国の横暴をなくし、東洋との公平な交流をはたそうという目的で、1941年「東西協会」を設立。またアメリカの軍人が駐留先のアジアで置き捨てた混血児たちを養子・養女として引き取り、立派な国際人に育てるために、1948年「ウェルカム・ハウス」を開設します。そこでは常時30人〜50人ほどの混血児たちが共同生活していたそうです。ノーベル賞で得た賞金や、原稿料や本の印税など、ほとんどのお金をつぎ込みました。里親としての彼女は嬉しそうに、「なんと私はたくさんの子宝に恵まれているのでしょう」と言ったそうです。 彼女はキャロル出産後、癌のために子宮を摘出していた。

   彼女は、苦悩を抱える多くの母親たちに語りかける。

 「世の親たちよ、恥じることはありません。絶望してはなりません。
  この子たちは特別な目的をもっているのです。
  頭をあげて、示された道を歩きなさい」  (「母よ嘆くなかれ」)



 ◇ 相撲協会、28日に緊急理事会 調査委が報告

 伊藤滋座長(早大特命教授)は「緊急性のある仕事」と強調するなど、早期収拾に向けた動きが慌ただしくなった。 25日に開かれた調査委の記者会見。伊藤座長が27日の会合の中身に触れ、興奮気味に切り出した。 「琴光喜は当然やる。一番のクビだ」 … 。 まだ、琴光喜の聴取を終えていない段階ではやや勇み足な発言といえるが、NHKも中継中止を検討するなど、社会的にも迅速な判断が求められている。 伊藤座長は「親方に対して腹が立っている。親方の監督がなっていないから、こうなる」とも憤り、師匠の監督責任を追及していく考えも示した。

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 ◇ 『井蛙不可以語於海者、拘於虚也。』(『荘子』秋水篇)

(白文)井蛙不可以語於海者 拘於虚也 夏蟲不可以語於冰者篤於時也 曲士不可以語於道者束於教也。

(訓読文)井蛙(せいあ)は以って海を語るべからず、虚に拘(なず)めばなり。夏虫は以って氷を語るべからず、時に篤ければなり。曲士は以って道を語るべからず、教に束(とら)わるればなり。

(訳文)井の中の蛙と海を語ることはできない、虚(くぼみ)のことしか知らないのだから。夏の虫も、氷のことを語ることはできない、夏の時季しか知らないのだから。曲士(あることにのみ秀でる人)と「道」の事を語ることはできない、教条にとらわれているのだから。

  「井の中の蛙、大海を知らず」への、後世の付け足し。
 「されど、天の高みを知る」 「されど、その深さを知れり」

 昔々、ある古井戸に一匹の蛙が棲んでおりました。蛙が井戸のそばで遊んでおりますと、一匹の海亀に出会いました。蛙は得意げに海亀に申します。 「僕が棲んでいるこの井戸は楽しいよ。井戸の縁から跳びこんで遊ぶんだ。遊んで疲れたら井戸の中の壁の窪みで休むのさ。鼻だけ出して、水にぷかーと浮かんでいるのも悪くないね。やわらかな泥の中を散歩するのもいいよ。他の、蛙やオタマジャクシは僕にはかなわないよ。だって、ここは僕の井戸なんだから、自由なんだ。君も遊びにおいでよ」。

 言われるままに、海亀は井戸の中に入ろうとします。ところが、海亀が井戸に片足を入れただけで、もうつかえて体は入りません。海亀はためらって後ずさりすると、海について蛙に語ります。 「海はどこまでも広くて、どこまでも深いよ。昔、禹王の頃、10年間に9年もの間、大雨が降りつづいたけど、海の水はほとんど増えなかったんだ。湯王の頃、8年間のうち7年間も日照りが続いたけど、海の水はちっとも減らなかったんだ。海に棲むのって本当に楽しいよ」。

 井蛙、驚きの余り、口を閉ずるを忘れをりしとか … 。


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   ◇ 今日の誕生花・ザクロ(ザクロ科)

   花言葉は、「円熟した優美」。

   あかあかと一と夜の旅の花柘榴   石塚友二

 雨のみちにザクロは朱く散りいたり 侘びたき想いにわかにおこる  鳥海昭子

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 ※ 子どもの頃からザクロは苦手だった。見るのも大嫌いだった。でも、母は好んでザクロを食べていた。おいしそうにザクロを食べる母の顔も、少々気味悪かった。 縁あって、中山の鬼子母神に小学校の6年間、毎月内弟子としてお参りしてした。母に手をひかれ、電車に乗って、毎月お参りした。この鬼子母神、改心する前には人の子どもを食べていたという恐るべき鬼神であります。 お釈迦様に諭されて前非を悔い、以後は子どもの守り神(安産・子育て)となったと言います。

 でも、長年の習いと申しましょうか、人肉の食感忘れがたく(キモイです)、子どもを食べたくなる気持ちが、どうしても起きてしまいます。そこで、お釈迦様がご提案なさいます。人肉の替りにこれを食べなさい。差し出されたものこそ、柘榴で御座いました。 子どもの頃から、ザクロ嫌いだったのも頷けました。 そんな私が、鬼子母神に救われ、ザクロ好きの母に守られ、今日まで齢を重ねておりますのも、ありがたいご縁のお陰さまと感謝しております。

 後年、母が亡くなって、父と二人で鬼子母神(正中山法華経寺)を参詣した。子どもの頃も、母の都合が悪い時に、父と共に二度ほどお参りしていた。父も懐かしそうだった。折角なので、母の供養を申し込む。かなり大きな塔婆を書いて頂き、本堂にて四、五件ほどまとめて読経を頂く。その折に求めた交通安全御守護のお守りは、今も私の車を守ってくれております。お守りの裏には、父と共に参詣した旨が書きつけてある。その父も今はいない … 。

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 【参照】6月26日、雷記念日
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/34051147.html

 【参照】6月26日、露天風呂の日
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/9473268.html

 【参照】6月26日、格闘技世界一決定戦の日(1976年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/43213398.html

 【参照】朝日新聞の「死に神報道」(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/43220461.html

 【参照】6月26日、田代まさしが出所(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/48755117.html

 【参照】M・ジャクソン、死亡(2009年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/48756598.html

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