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平成22年8月3日(火):「ちゃんと子育て中 … 」良い母演じる哀しみ。 大阪市西区南堀江のマンション一室で幼い姉弟2人の遺体が見つかった事件で、母親の下村早苗容疑者(23)が7月中旬、実家のある三重県内で複数の友人に会い、2人の写真を見せながら、「ちゃんと子育てしているよ」などと語り、良き母を演じていたことがわかった。 下村容疑者はこの時点ですでに2人の死亡を知っていたとみられ、府警は放置していた間の心理状態を詳しく調べる。 下村容疑者は三重県四日市市出身で、2006年12月に結婚し、翌2007年に桜子ちゃん(3)を、2008年に楓ちゃん(1)を出産。2009年5月に離婚した後は、名古屋や大阪を転々とした。 下村容疑者と交流を続けていた中学時代の友人女性は7月中旬、三重県内の飲食店で約1年半ぶりに会った。その際、下村容疑者が子供を連れていなかったため、「子供をほったらかしにしてるんじゃないの」とただすと、下村容疑者は笑顔で「ちゃんと子育てしてるよ。今は大阪の親類に預けてきてるだけ」と答え、携帯電話に保存した子供の写真を見せたという。 友人は「最近、遊び歩いている様子だったので育児放棄を心配していた。こんなことになっていたなんて」と言葉を詰まらせた。 また7月20日には、3年前に地元の子育てサークルで意気投合し、下村容疑者が地元を離れた後も近況を報告し合っていた同県鈴鹿市の主婦(21)の自宅を訪ねた。主婦によると下村容疑者に特に変わった様子はなかったという。この主婦は「遅い時間に出掛けたりしていたので、子供のことが気にはなっていた。育児を放棄していることに気付けず悔しい」と胸中を吐露した。 ※ 下村早苗容疑者を責めることは容易だが、私たちは皆、下村早苗容疑者のような生き方を密かにしているのではないだろうか。苛酷な現実から逃避して、自身のイメージの世界で安全地帯を構築しながら、辛うじて吾が身を支えて生きてゆく … 。 誰もが傷つきながら生きてゆく、誰もが人を傷つけながら生きてゆく、高度に発達した現代社会は、何処に向かって疾駆するのか? その果てに何を夢見るのか? 追われつつ逃れつつ見る悪夢かな 終りなき夜の果てなき哀しみ。 8月3日は、黒鉄ヒロシの誕生日です。(1945年生まれ) ◇ 黒鉄ヒロシ 高知県高岡郡佐川町出身の漫画家にして、読売ジャイアンツファン。本名、竹村 弘。 TBS系『クイズダービー』の初代3枠レギュラー解答者として、1976年の番組スタート時から出演していたが、本業の漫画に専念したいという理由から降板、はらたいらに交代した。黒鉄が出演していた時は視聴率が振るわなかったが、はらたいらに代わってから『クイズダービー』は国民的番組として大ブレークする。 レギュラー降板後、黒鉄はゲスト解答者として、あるいは出場者側に度々出演した。 ◇ 延暦十年(791年)八月三日、伊勢神宮炎上 この夜、驚天動地の大事件が発生した。伊勢神宮内宮東宝殿に侵入した盗賊の炬火から燃え移った炎は、正殿一宇、財殿二宇、御門三間、瑞垣一重、即ち最も内側の区画が全焼してしまったのである。宝殿(財殿)は正殿の後方に東西に並んで建つ神宝などを収める建物。ご神体については正史に記載はないが、神宮側の記録では無事であったとされる(逆に何かあれば正史に記載される大問題となっていたたであろう)。 伊勢神宮の長い歴史の中でも内宮の全焼はこの時のみである。なお、外宮はその後、文明十八年(1486年)に指示に従わない外宮の神人(じんにん、僧兵の神社版)と伊勢国司北畠具方(きた ばたけともかた)軍との戦闘で全焼したことがある。 現在一般の参拝が出来るのは四重目の玉垣の外からであり、特別な場合でもその内側までしか入ることは出来ず、それ以上は皇族以外は入ることも許されない。そのような神聖な場所に盗賊が侵入したことは驚きではあるが、現在と異なり当時は伊勢神宮はあくまでも皇室の私的な祖神であり、一般の信仰を集める存在ではなかった。まして現在も伊勢市の神宮徴古館に展示されているような刀剣や衣服など豪華な神宝類が宝殿に収められていたこと、広い神域は充分な警備も困難と思われること、などを考えると盗賊の標的とされたのも無理はなかったのかも知れない。 天武天皇によって斎宮の制度をはじめ規模や諸制度が整備された伊勢神宮が、天武皇統の断絶とともに全焼してしまったのは一つの歴史の終わりを物語っているのだろうか。 ◇ 今日の誕生花・ニチニチソウ(キョウチクトウ科) 花言葉は、「楽しい思い出」「友情」。 大事より小事重んじ日々草 伊丹三樹彦 集い来てよく笑いたる子らなりき ニチニチソウが咲けば想えり 鳥海昭子 |

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