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平成22年8月7日(土)昨日:武蔵川部屋、藤島親方に継承へ … 。 日本相撲協会の武蔵川理事長(元横綱三重ノ海)が、武蔵川部屋付きの藤島親方(元大関武双山)に部屋を継承させる意向を持っていることが6日、協会関係者の話で分かった。 武蔵川理事長は11月の九州場所までに部屋を譲って理事長職に専念する考えだったが、辞任の可能性も出てきたため、継承時期は流動的。予定通り継承した場合、部屋は「藤島部屋」に改称される。 8月7日は、内田春菊の誕生日です。 ◇ 内田春菊(1959年生まれ) 漫画家、小説家、エッセイスト、歌手、女優。本名、内田滋子。 長崎市出身、長崎県立長崎南高等学校1年途中で中退。 その後、養父の性的虐待により家出。 慶應義塾大学通信教育課程文学部哲学科に入学するも、「スクーリングのカリキュラムが不親切」などと間もなく中退。 1984年、ペンネームの名付け親である編集者・プロデューサーの秋山道男に見出される。彼女の個性を認めたいしかわじゅん氏の紹介で、双葉社発行の『小説推理』に掲載された『シーラカンスぶれいん』で漫画家としてデビューを果す。性的テーマをストレートに描き、岡崎京子、桜沢エリカらと共に「女の子エッチ漫画家」として人気を博す。 1993年発表の小説『ファザーファッカー』はベストセラーとなり、第110回直木賞の候補作となった(1995年に映画化)。1994年には『私たちは繁殖している』『ファザーファッカー』両作合わせて第4回ドゥマゴ文学賞を受賞。 また『キオミ』で第112回芥川賞候補。同年『南くんの恋人』がテレビドラマ化された。 クラブ歌手だった経歴を生かし、1983年にラテンバンド「アベックス」を結成して歌手活動も行なった。 子供は4人(未婚中に1人、前夫との結婚中に他の男性との間に1人、現在の夫との間に2人)、長男「在波(あるは)」長女「紅多(べーた)」次女「紅甘(がんま)」次男「出誕(でるた)」と、ギリシャ文字のアルファベット順に名づけられた。 内田春菊 『 Bitchは貴女よ 』 ◇ 「俳句甲子園」開幕 五七五で全国制覇狙う(2010年8月7日) 高校生が俳句で対戦する「俳句甲子園」(全国高校俳句選手権大会、松山市、6〜8日)に、就実高文芸部が中国地区代表として出場する。 団体戦形式で、事前に決めたテーマに沿って詠んだ句を5人編成の2チームが交互に披露し、その出来を互いに厳しく評価しあう「質疑応答(合評)」がある。句の出来栄えに質疑の内容も加味し、審査員が勝者を判定します。 就実高は昨年、中国地区予選を初めて突破し、松山市での全国大会に出た。だが全国の壁は高く、予選リーグ0勝2敗で敗退した。「質疑応答の内容が専門的で、歯がたたなかった」(3年の岡嶋真紀さん)と言う。 今年は、卒業生で俳人の石原ユキオさんや俳句結社「銀化」同人の指導を受けて腕を磨いた。予選リーグがある7日が生徒たちの「開幕戦」になる。 ※ 俳句は「座の文芸」と言われます。団体戦形式で優劣を競う「俳句甲子園」も、合評で如何に相手の瑕疵をつくか、自句の味読を如何にプレゼンするかがポイントです。昨年の「俳句甲子園」をNHK・BSで観て大いに感心し、日本の若者は信ずるに足るものと安堵したものです。 ◇ 本日、立秋です。: 秋立つや 「んな、アホなー」と 腹の立つ? 立秋にたどり着きたる思ひかな 枚方市 石橋玲子 ◇ 井伏鱒二と俳人・飯田龍太との400通の交流書簡(2010年8月7日) 原爆の悲劇を描いた小説「黒い雨」で知られる作家の井伏鱒二と、戦後俳句の第一人者、飯田龍太が、40年にわたって交わした未発表の書簡約400通が両氏の遺族宅で見つかった。 井伏発が265通、飯田発が143通。自然と人間を愛した文人二人の深い交流が伝わる貴重な資料だ。 注目されるのは、「黒い雨」に関する記述。井伏は1965年新年号から文芸誌「新潮」に「姪の結婚」(同年夏、「黒い雨」に改題)の連載を開始した。連載中の同年12月27日の封書には、飯田に頼まれた原稿を書けないと謝ったうえで、「広島へ小説のことで取材に行つて来てからといふもの、どうも調子が変です。雑用も然りながら何だか変です」と、原爆という重い題材を描く苦悩を吐露している。 1966年夏に連載が完結すると、飯田は間髪入れず、「『黒い雨』のバクハツ的評判を各紙各誌で拝見致します。文芸地にオチズ … と思ひました」(1966年9月27日)と書き送った。 抑制のきいた筆致で原爆がもたらした惨状を描いた作品は評判を呼び、同年秋、井伏の文化勲章受章が決定。「十一月三日は先生は和服でせうか洋服でせうか と家内が申します」(1966年10月24日)と22歳年長の文学の師へ率直に喜びを伝えている。 二人は1952年に甲府市の講演会で知り合った。趣味の川釣りを通して急速に仲を深め、井伏は東京・荻窪から山梨県境川村(現笛吹市)の飯田宅などをしばしば訪問。飯田は、「山椒の芽を母が買つて置いてくれました(略)別送のさんろ煮を謹製してもらひました」(1959年5月21日)と地元の山菜や柿などを季節ごとに届けた。それに対して井伏は、「弁当の握飯のなかに山椒の佃煮を入れさせました。至極よろしいやうでした」(同29日)。 また、書簡には井伏と親しい庄野潤三、三浦哲郎氏らの作家の名前も登場する。 甲府市の山梨県立文学館が一昨年開いた企画展で、二人の手紙12通を公開。その後の調査で大量の書簡の存在が分かった。書簡集は今月下旬、角川学芸出版から出版。来月18日から一部が同館で展示される。 ◆ 井伏鱒二(1898〜1993年):広島県生まれ。1929年「山椒魚」で文壇に登場し、「ジョン万次郎漂流記」で直木賞。後輩の作家の面倒見も良く、弟子の太宰治が一時暮らした縁で、甲州の風土を愛した。 ◆ 飯田龍太(1920〜2007年):山梨県生まれ。父の飯田蛇笏没後、「雲母」を主宰。自然や風土を格調高く詠み、句集「忘音」で読売文学賞。代表句に「一月の川一月の谷の中」。 ◆ 「黒い雨」:広島に原爆が投下された後に降った「黒い雨」で、原爆症にむしばまれる姪の姿を叔父が静かにとらえる戦争文学の最高峰の一つ。 ◇ 今日の誕生花・カノコユリ(ユリ科) 花言葉は、「富と誇り」「威厳」。 百合の蘂みなりんりんとふるひけり 川端茅舎 不用なる富よ誇りよ さはあれど 威厳をもちてカノコユリ紅し 鳥海昭子 |

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