|
平成22年8月11日(水)昨日:大阪2児放置死、嘘を重ね遊び歩いた母親。 大阪市西区のマンションで幼い姉弟2人の遺体が見つかった事件で、大阪府警が10日、殺人容疑で再逮捕した母親の下村早苗容疑者(23)は、6月初旬に家を出てから2か月近く遊び歩き、友人から「子供はどうしたの」と心配されるほどだった。 しかし、周囲には嘘を言ってごまかし、一度も帰宅しなかった。置き去りにした我が子を顧みることはなかったのか。複数の友人の証言や、インターネットの会員制交流サイトへの書き込みなどから、その間の足取りをたどった。 下村容疑者は、6月以降、故郷の三重県四日市市にたびたび戻り、中学時代の友人らと集まってカラオケや飲食を楽しんでいた。 長女の桜子ちゃん(3)と長男の楓ちゃん(1)を連れておらず、友人に「ほったらかしでは」と指摘され、「私が晩ご飯もお風呂も済ませてから、親類に預けてる」と笑顔で答えた。だが、「大阪に行くから泊めて。子供の面倒も見てあげる」と話し掛けられると、表情が一瞬、凍り付いたという。 実際、故郷の友人らが大阪に訪ねてきたが、自宅には立ち寄らせなかった。6月中旬に子連れの友人が来た際は、「外で食事しよう」と提案、約束の場所に一人きりで現れたという。7月22日には、来阪した友人から電話で「家近い?」と問われ、「え、え」と動揺した声を上げ、「帰郷するので」と来訪を遠回しに断っていた。 大阪では、特定の男性と食事やドライブを楽しむ様子を、サイトに多くつづっていた。一方で、友人には「本命の彼のほかに5、6人と付き合っている」と自慢していたという。 ミナミのスポーツバーでサッカーW杯日本戦を観戦し、ブブゼラを手にはしゃぐ様子や、道頓堀川に殺到するファンの写真も掲載。7月になると、「夏はいっぱい遊ぶぞ」と記入した写真を載せ、海水浴に行った写真には、「今年初海なう〜。たーのーしー」と、コメントを添えた。子供に関する記載は全くなく、心配した友人から「桜子、楓、元気?」とメールで問われると、「ちょー元気だよ。今はストーカーのせいで夜は離ればなれ」と答えていた。 下村容疑者は7月24日、勤務先だった風俗店に「実家に帰る」と告げ、以後は欠勤した。同29日夕、マンション住民から管理会社を通じ、悪臭の苦情を受けた同僚が、下村容疑者に電話。下村容疑者は帰宅し、子供2人の遺体を確認した。 その直後。下村容疑者は友人男性に電話し、「友達が事故で死んだ。どう乗り越えたらいいの」と相談していた。この友人は「すごく暗い声だった。まさか自分の子供のことを言っていたとは」と振り返った。 「私を恨んでいると思う」、2児放置死の母親 下村容疑者は「殺人罪ということはわかっている。子供が死んだ原因は私にある」と容疑を認め、「家に帰らなかったことを後悔している。子供たちは私を恨んでいると思う」と供述している。 発表によると、下村容疑者は6月10日頃、長女の桜子ちゃん(3)と長男の楓ちゃん(1)を残しマンションから立ち去り、7月29日まで室内に閉じ込め殺害した疑い。 ※ 人は多かれ少なかれ、自分に嘘を吐きながら生きている。その嘘の苦さを噛み締めながら … 。 まじまじと自己の内面を直視することを避けながら、そこそこの折り合いをつけて生きている。もとより、自分への嘘は無いほうが良い。他者への大嘘などはダメージが少ないが、自分への嘘は、ちょっとした嘘でも深く傷つき、ながく引きずることになる。 下村容疑者はこれから、かなり深刻な心の深淵との対峙を余儀なくされる。有り余る時間の中で、彼女は如何なる思索を営むのだろうか? ながい長い時間の果てに、どれほど微かであろうとも一筋の光の現れる事を望みたい。 そして、異常な状況の下で、周囲に見放されて死ぬ他はなかった二人の幼い命の、無念と怨念と絶望を思いやる時 … 、ただ只、言葉が無いばかりだ … 。 8月11日は、山本昌の誕生日です。(1965年生まれ) 本名、山本昌広。中日ドラゴンズに所属する投手。東京都大田区生まれ、神奈川県茅ヶ崎市出身。1988年に頭角を現して以降は、先発ローテーション投手として活躍。 40歳を過ぎた現在も円熟のピッチングで中日の先発投手陣の一角を任っており、数々の投手最年長記録ホルダーとなっている。選手としての同一球団在籍記録は日本プロ野球記録を更新中です。 日大藤沢高から1983年秋のドラフト5位で中日ドラゴンズに入団。本人は高校卒業後は日本大学に進学し、社会科教諭を目指すつもりでいたが、スカウトの高木時夫の説得もあり入団を決意。しかし入団当時、野球解説者だった星野仙一は「背番号が34で左投げというから『金田2世』と期待してブルペンを見に行ったが、ただの大柄な男で、あまりに不恰好なモーションでコントロールもない。球も130キロ前後しか出ないからがっかりした」と語っており、本人も「小松辰雄さんのピッチングを見て、とんでもない所に来てしまったと思った」と述懐する。 1986年シーズン終盤の消化試合一軍初登板を果たしたが、1987年は一軍登板機会に恵まれず、整理対象にもなった。 「とりあえず体は大きいから」という理由だけで退団は免れたものの、相変わらず球団からは整理対象にされたままだった。 中日は業務提携していたロサンゼルス・ドジャースと同じベロビーチでキャンプを行い、山本ら若手選手5人が野球交換留学としてそのままアメリカに残ることになる。 実情は、中日がドジャーズとの交流関係を保つために選手を派遣する必要があり、その年の戦力にならない選手が選ばれたもの。山本については「手足は長いし、体も大きい。本場アメリカの指導者ならこういう選手の扱いに慣れている分、うまくいくかもしれない」という多少の期待もかけられてのものだった。(その時の山本は、置き去りにされた気持ちで、今にも泣きそうな顔だったとか … ) 恩師・アイク生原氏との再会で生まれ変わる ドジャース傘下の1Aベロビーチ・ドジャースには、山本と西村英嗣投手が所属することになり、そこで前年に山本を指導していたドジャースの世話役・アイク生原との再会が人生の転機となった。アイク氏からは、投手の基本である低目へのコントロール、スローカーブの精度の向上、生活習慣を厳しく指導されたが、特に大きかったことは消えかけていた野球への熱意や楽しさを再び思い出させてくれたことであったという。 また、この時期にスクリューボールを習得して、決め球となる。 山本のビデオを見た星野監督は、山本の成長ぶりに驚き、目下のリーグ優勝を実現するためのチーム戦力とするべく、当初1年間のはずであった留学予定を打ち切り、日本に呼び戻すことを決定した。投手が足りない状況だったこともあり、山本は先発の一角に加わると、一軍で5連勝(いずれも自責点0)、リーグ優勝に大いに貢献した。その1988年の日本シリーズでは秘密兵器として、第3戦の先発に抜擢され、工藤公康と投げ合い負け投手となるも、その後の活躍を予感させるものがあった。 現在、2009年からの2年契約中。推定年俸1億5,000万円(2009年)。 ◇ 山本昌、「阪神戦ダメなら引退だった」(2010年8月10日) 7日の阪神戦(ナゴヤドーム)で今季初登板初勝利を挙げ、23年連続勝利のプロ野球タイ記録をつくった中日山本昌投手(44)が自身の進退について語った。 阪神戦で結果が出なければ、引退を決意していたことを明かし、また、来季現役続行の条件として、今季終了までローテーションに入り、クライマックスシリーズまで戦力になるというノルマを自身に課した。 8月7日阪神戦、44歳の山本昌は6回1失点の好投で、今季初勝利を挙げた。進退をかけたシーズンで苦しみながら挙げた1勝に200勝左腕が思わず涙した。その姿は23年連続勝利のプロ野球タイ記録とともに多くのファンにインパクトを与えた。その余韻がまだ冷めやらない中、本人は周囲の想像以上の覚悟を抱いていたことを明かした。 山本昌「結果が出てよかった。でも、あの試合でKOされて2軍落ちしていたら、引退しようと思っていた。試合後にこれまでお世話になった人たちに電話していたと思う。そして、今ごろ、引退発表の文章を考えていたと思うよ」。 野球人生をかけて臨んだ阪神戦は、ベテラン下柳との40代対決だった。昌は、下柳以上の若々しい投球を披露した。強力打線を直球でつまらせた。最速は138キロだったが、球のキレと制球に衰えはなかった。内容と結果から引退危機は脱出したかに見える。だが、本人は首を横に振り、現役続行のノルマを自らに課した。 山本昌「まだまだ。半歩前進しただけだよ。単発じゃだめ。これを何回も続けないといけない。最低でも今年の最後までローテーションに入って、クライマックスで投げられなければいけないと思っている」 「引退は自分で決めるものとは思っていない。まわりの人に『あんな成績でまだやっているの』とは思われたくない。僕にもプライドがあるから。やっぱり、年間通して投げたら10勝はするんだなという力を証明できないといけない。内容はもちろんだけど、やっぱり結果を残さないと。最後は数字でしか評価されないからね。今年は3勝から5勝? そうだね。そのくらいは勝たないといけないと思っている」。 ※ 45歳の誕生日を迎えた山本昌の次回先発は、14日の広島戦が予想される。引退か、現役続行か、瀬戸際に追い込まれた山本昌のギリギリの闘いが続く。通算206勝のベテラン左腕は次もまた、背水の覚悟でマウンドに立つ。 ◇ 今日の誕生花・オモダカ(オモダカ科)(沢瀉/面高) 花言葉は、「秘めたる慕情」「高潔」。 沢瀉(おもだか)の水に手入るるわれもわれも 大石悦子 暑い日の続く水辺のオモダカの ひとり涼しく咲きいでにけり 鳥海昭子 |

- >
- 生活と文化
- >
- 祝日、記念日、年中行事
- >
- その他祝日、記念日、年中行事



