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平成22年8月24日(火)昨日:インド、インフラ整備へ1兆円基金検討。 インド政府は電力や道路などインフラの整備を促進するため、5000億ルピー(約1兆円)規模の基金を設立する検討に着手した。商業銀行のインフラ分野への貸出債権を基金が買い取り、新規の貸し出しを促す狙い。基金の半分は海外からの出資を想定、日本を含む海外の機関投資家やアジア開発銀行(ADB)など国際金融機関から資金を募る。公共投資を補完する枠組みをつくり、中国に比べて見劣りするインフラの改善を狙う。 政府の委託を受けた専門家委員会がこのほど基金の素案をまとめた。同委のパレク委員長(住宅開発金融会社会長)は日本経済新聞に対し、ムカジー財務相が関係省庁に具体的な検討を要請したことを明らかにした。 8月24日は、「愛酒の日」です。(「飲酒の日」にあらず。) ◇ 愛酒の日:酒をこよなく愛した若山牧水の1885年の誕生日に因むもの。 ◇ 若山牧水(1885年〔明治18年〕8月24日〜1928年〔昭和3年〕) 1899年(明治32年)宮崎県立延岡中学校に入学。短歌と俳句を始める。18歳のとき、牧水と号す。1904年(明治37年)早稲田大学文学科に入学。同級生の北原射水(後の白秋)、中林蘇水と親交を厚くし、「早稲田の三水」と呼ばれる。 1908年(明治41年)早大英文学科卒業。7月に処女歌集『海の声』を出版。翌1909年(明治42年)中央新聞社に入社。5ヶ月後に退社。 1911年(明治44年)創作社を興し、詩歌雑誌「創作」を主宰する。 1912年(明治45年)友人であった石川啄木の臨終に立ち合う。同年、太田喜志子と結婚。1913年(大正2年)長男・旅人(たびと)誕生。その後、2女1男をもうける。 1920年(大正9年)沼津の自然を愛し、特に千本松原の景観に魅せられて、一家をあげて沼津に移住する。 1926年(大正15年)詩歌総合雑誌「詩歌時代」を創刊。この年、静岡県が計画した千本松原伐採に対し、新聞に計画反対を寄稿するなど運動の先頭に立ち、ついに計画を断念させる。1927年(昭和2年)妻と共に朝鮮揮毫旅行に出発し、約2ヶ月間にわたって珍島や金剛山などを巡るが、体調を崩し帰国する。 翌1928年夏頃より病臥し、自宅で死去する、享年43。沼津の千本山乗運寺に埋葬される。戒名は古松院仙誉牧水居士。 牧水の没後、詩歌雑誌「創作」は歌人であった妻・喜志子により受け継がれた。長男・旅人も歌人となり、沼津市立若山牧水記念館の初代館長をつとめた。 出身地・宮崎県では牧水の功績を称え、1996年より毎年、短歌文学の分野で傑出した業績を挙げた者に対し「若山牧水賞」を授与している。 ◇ 日々一升酒を呷った牧水 猛暑に死すも腐臭なし 旅を愛し、詩歌を詠み、各地に歌碑を遺した牧水。大変な酒好きで、一日一升程度の酒を呑んでいたと言い、死因となったのは肝硬変。 夏の暑い盛りに死亡したのにもかかわらず、死後しばらくは死体から腐臭がしなかったため、「生きたままアルコール漬けになったのでは」と、医師を驚嘆させた。 ◇ 「愛酒」と「飲酒」と「淫酒」と … 「愛酒」とは酒を嗜むことであり、「百薬の長」として銘酒を戴くこと。 「飲酒」とは酒に呑まるること、既に自己を喪えり。 「淫酒」とは酒に溺れること、自己と酒と既に分かち難し。酒、吾をして吾に呑ましむるなり。即ち、依存症の淵に沈むばかりなり。周囲の者らの悲嘆、如何ばかりならむ。嗚呼、嘆かざるべからず。 ※ 本日よりサークルKにて、おでんが始まりました。 秋の夜の酒の肴はおでんなり ロールキャベツにつくねごぼ巻。 ◇ 今日の誕生花・カラスウリ(ウリ科) 花言葉は、「よき便り」。 垣に咲きあるじも知らずからすうり 水原秋櫻子 いい便りありそうな日のカラスウリ 手のとどかない高みに赤し 鳥海昭子 |

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