今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成22年8月26日(木)昨日:黒船の6年前誕生、戸籍上「163歳」生存。

 高齢者の所在不明問題を巡り、江戸時代生まれの人が戸籍上は生存状態にあることが25日、各地で明らかになった。 三重県志摩市では、黒船来航の6年前にあたる弘化4年(1847年)生まれの163歳の男性が戸籍上いると判明。大阪市も同日、尊皇攘夷派が弾圧された「安政の大獄」の前年となる安政4年(1857年)生まれの152歳がいると発表した。

 大阪府柏原市では、江戸時代生まれの8人が戸籍上は生きており、最高齢は万延元年(1860年)に生まれた150歳の女性だった。三重県松阪市では、文久2年(1862年)生まれの147歳の男性、愛知県高浜市では、幕末の慶応3年(1867年)生まれで142歳の女性が、それぞれ同様にいた。 大阪市は、戸籍上は生存しているのに、住民基本台帳に登録されていない120歳以上が、5125人に上った。

 戸籍法は1871年に制定され、翌72年に初の全国戸籍調査が行われた。住基は総務省の所管で、住民登録の抹消は各自治体の権限で行っているが、戸籍の所管は法務省。除籍する場合は、法務省に申請して許可を得る必要があり、手続きは後回しになりがち。 また、戸籍が紙で保存されていた時代は、保管場所を確保するために除籍を行うこともあったが、戸籍法の改正で1994年以降は電算化が可能になった。 149歳の戸籍上の生存が発覚した大阪府東大阪市の担当者は「保管場所に困らず、特に弊害がない除籍作業より、出生届や死亡届などの処理を優先してきた」と話している。

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 ※ 戸籍:東アジア諸国特有の制度で、「戸」と呼ばれる家族集団単位で国民を登録する公文書。中華文明から政治的、文化的影響を受けつつ国家形成を行った日本では、律令制を制定して戸籍制度が導入された。しかし、平安時代には朝廷による中央政府が戸籍によって全人民を把握しようとする体制は放棄され、戸籍制度は事実上消滅した。

 その後、地域社会の統治は、現地赴任国司筆頭者(国司、受領)に大幅に権限委譲され、「家」という拡大家族的な共同体が広範に形成されていき、支配者は自然成立的な「家」を把握の基礎単位とした。 江戸時代の幕藩体制下での人別帳は、血縁家族以外に遠縁の者や使用人なども包括した「家」単位に編纂された。しかし、従来の封建的社会構造を打破し、中央集権的国民国家体制を目指す明治政府においては、「家」における主従関係、支配被支配関係の解体は必須であった。新政府は「戸籍」を復活させて、「家」単位ではなく「戸」単位の国民把握体制を確立した。 戸籍制度の復活は封建的な主従関係、支配被支配関係から国民を解放するものでもあった。

 そして現在も、戸籍制度は事実上消滅しているものと思われる。公的年金制度の杜撰さで、夙に知られた公的記録の好い加減ぶりに、さらに輪をかけたように、安政4年生まれの人までも除籍されていなかった。「戸籍」制度は有名無実化しているようだ。もとより、住民基本台帳さえあれば済む話なのだから … 。本籍地など知らない人が大半であろうし … 。「家制度」が崩壊して既に久しいのに、「戸籍制度」だけが形骸化して残っているというのも妙なものだ。



 8月26日は、アポリネールの誕生日です。

 ◇ ギヨーム・アポリネール(1880年〜1918年)

 イタリア出身のポーランド人、詩人、小説家、美術批評家。印象派批判主義「キュビスム」の先導者。のちにシュルレアリスムと名付ける。有名な作品に『ミラボー橋』がある。

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 Le Pont Mirabeau : Apollinaire



 『ミラボー橋』(Le pont Mirabeau)は、画家マリー・ローランサンとの恋と
 その終焉を綴ったもの。シャンソンの曲として歌われるようになった。

 Le pont Mirabeau ( Guillaume Apollinaire )

 ミラボー橋の下をセーヌ河が流れ われらの恋が流れる
 わたしは思い出す 悩みのあとには楽しみが来ると
 日も暮れよ、鐘も鳴れ 月日は流れ、わたしは残る

 手に手をつなぎ 顔と顔を向け合おう こうしていると
 二人の腕の橋の下を 疲れたまなざしの無窮の時が流れる
 日も暮れよ、鐘も鳴れ 月日は流れ、わたしは残る

 流れる水のように恋もまた死んでいく
 命ばかりが長く 希望ばかりが大きい
 日も暮れよ、鐘も鳴れ 月日は流れ、わたしは残る

 日が去り、月がゆき、過ぎた時も 昔の恋も二度とまた帰って来ない
 ミラボー橋の下をセーヌ河が流れる
 日も暮れよ、鐘も鳴れ 月日は流れ、わたしは残る [堀口大學訳]


 Apollinaire / Leo Ferre - Le Pont Mirabeau


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 1905年、パブロ・ピカソと知り合う。ピカソのアトリエ「洗濯船」で、多くの芸術家と交流する。そして、1907年、このアトリエにやってきた画家、マリー・ローランサンと劇的な恋に堕ちる。ローランサン22歳、アポリネール27歳。まだ画家として自立していなかったローランサンをアポリネールは励まし助言し、精神面から芸術家として開眼させていきます。しかし、ローランサンはやがて「洗濯船」のメンバーたちが熱中するキュビズムに違和感を覚えます。アポリネールとの関係も色褪せてきます。

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 1911年8月22日、ルーブル美術館から「モナリザ」が盗まれるという事件が起きます。捜査の中で、アポリネールの秘書をしていた男が、ルーブル美術館から彫像を盗み出して売り飛ばしていたことが発覚します。この男がモナリザに関しても、関与していないかということで警察から執拗に追求され、アポリネールも仲間なのではないかと疑われ、警察に勾留される。

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 結局、男はモナリザ事件には関与しておらず、アポリネールは全くの無実だった。だが、この事件をきっかけに、ローランサンの彼への恋心は完全に冷めてしまった。そして警察から戻って来た彼に訣別を宣言します。 アポリネールは第一次世界大戦に従軍し、1916年に負傷する。1918年、スペイン風邪で病死、享年38。ペール・ラシェーズ墓地に埋葬される。


 『 檸檬 』 さだまさし


 あの日、湯島聖堂の白い 石の階段に腰かけて 君は陽溜りの中へ
 盗んだ檸檬、細い手でかざす それを暫くみつめた後できれいねと
 云った後で齧る 指のすきまから蒼い空に 金糸雀色の風が舞う
 喰べかけの檸檬 聖橋から放る 快速電車の赤い色がそれとすれ違う
 川面に波紋の拡がり数えたあと 小さな溜息混じりに振り返り
 捨て去る時にはこうして出来るだけ 遠くへ投げ上げるものよ

 君はスクランブル交差点斜めに 渡り乍ら不意に涙ぐんで
 まるでこの町は青春達の 姥捨山みたいだという
 ねェほらそこにもここにもかつて 使い棄てられた愛が落ちてる
 時の流れという名の鳩が 舞い下りてそれをついばんでいる
 喰べかけの夢を聖橋から放る 各駅停車の檸檬色がそれをかみくだく
 二人の波紋の拡がり数えたあと 小さな溜息混じりに振り返り
 消え去る時にはこうしてできるだけ 静かに堕ちてゆくものよ



 ◇ 寝苦しき熱帯夜へて今朝の秋

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 天皇、皇后両陛下が24日夕、静養先の長野県軽井沢町でテニスを楽しまれた。プレーされたのはお二人が出会った旧軽井沢の思い出のコートだった。観客約250人が見つめる中、お二人はペアを組んで友人たちと対戦。息のあったプレーで粘り強くボールを返し、皇后さまのショットで試合が決まると観客から大きな拍手が起こった。



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   ◇ 今日の誕生花・ケイトウ(ヒユ科)

   花言葉は、「永遠の愛」「お洒落」。

   鶏頭の十四五本もありぬべし   正岡子規

 台風が過ぎて三日目 倒されしケイトウむっくりと立つ気配なり  鳥海昭子


 ◇ ケイトウや鶏頭論争に思案顔 : 俳句界に「鶏頭論争」なるものあり。明治33年の子規の句会で、子規は「鶏頭の十四五本もありぬべし」という名句(迷句?)を詠む。句会は総員19名で、この句をとったのは鳴球と稲青の二人だけで、他の16名からは支持されていなかった。この時、虚子は、子規の「鶏頭や二度の野分に恙なし」の句を取っている。

   のちに、歌人・長塚節と斉藤茂吉が絶賛する

 長塚節は「この句がわかるものは現代の俳壇にはいないだろう」と斉藤茂吉に語った。斉藤茂吉はこの一句を子規晩年の代表作とした。茂吉曰く、「子規は晩年、芭蕉の句に巧みを感じ厭味を感じた、芭蕉は新古今の幽玄を味わっても万葉の純真素朴端的の趣きが分らない。芭蕉には『鶏頭の十四五本もありぬべし』の味ひは分らない。従って芭蕉を浅薄に理解して芭蕉を崇び子規を貶す人々もまたこの端的単心の趣きが分らないのである。 これから子規の進むべき純熟の句がはじまったのである。もう寸毫も芭蕉でも蕪村でもないのである」。 しかし、子規の後継者となった高浜虚子は、終生この句を黙殺した。子規句集を編む際にも、虚子はこの句を入選させていない。

 ※ 鶏頭や病臥の子規の置き土産


 【参照】8月26日、リンドバーグ夫妻が霞ヶ浦に着水(1931年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/44248273.html

 【参照】2月4日、リンドバーグの誕生日(1902年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/40049600.html


 【参照】8月26日、宇野ヘディング事件(1981年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/49247554.html

 【参照】8月26日、「ベンチがアホやから…」(1981年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/18090498.html

 【参照】8月26日、世界宗教者平和会議(2006年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/18109025.html

 【参照】8月26日、2007・バサラ祭り
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/35973427.html

 【参照】またも農水相、祟られてます?(2008年8月26日)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/44261075.html

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