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平成22年10月9日(土)一昨々日:ジョン・レノンの指紋カードをFBIが押収。 9日に生誕70周年を迎える元ビートルズの故ジョン・レノンさんの指紋カードが6日(日本時間7日)にオークションに出品される直前に、FBIに押収されていたことが分かった。カードは、レノンさんが1976年に米国永住権を取得するためにつくられ、最低落札価格10万ドル(約850万円)で出品される予定だった。FBIは押収理由について「政府が発行した物で、売買されるものではない」と説明。競売元は「国家の脅威になるような物ではない」と遺憾の意を示した。 ※ このような物が流出しているということは … 、実は … どんだけーっ。 ◇ ジョン・レノン生誕70周年( John Lennon's 70th birthday! ) グーグル初の動画ロゴ ジョン・レノンの生誕70年を記念するGoogleホリデーロゴが登場。名曲とともにアニメーションが再生される初の動画ロゴ。 存命なら10月9日が70歳の誕生日になるジョン・レノン。 Googleトップページには、ジョンを記念したロゴが登場。Googleのホリデーロゴ(Doodle)としては初めてという動画になっている。 ジョンが生前描いたアート作品をベースに制作。クリックすると「イマジン」とともにアニメーションが流れ、終わると「ジョン レノン」の検索結果に切り替わる。 10月9日は、鳥海昭子忌です。 ◇ 鳥海昭子(1929年〜2005年) 鳥海昭子は1929年生まれで、2005年に没している。國學院大學文学部日本文学科卒業。1949年に「アララギ」入会。その後「歌と観照」を経て、1987年「短詩形文学」入会。1985年に第一歌集「花いちもんめ」で第29回現代歌人協会賞を受賞した。 鳥海は郷里山形から家出同然で上京し、児童養護施設に当初は洗濯婦として入り、定年まで保母を勤め上げたという経歴の持ち主である。身寄りをなくした子供たちを育て上げ続けたのだからまことに尊敬できる人生といえるが、普通であれば社会の中に埋もれてゆくはずの市井の人物であっただろう。短歌があるから、その声を世に届けることができた。文学とは一握りの天才のためにあるものではない。鳥海のような「一流の凡人」の存在をすくい取る役割もある。 母に抱かれたおぼえない手に人形はつぶれるばかり抱かれている ねじれ花ねじれるままの幾すじを胸にとどめて少女のサチコ 盗癖の子の手をとれば小さくてあつたかいのでございます あるきはじめた今日の子の影くつきりと明日の夕陽を押していく うしろしかみせなくなつた少年と海に降る雨みておりぬ いつぴきの魚となつて少年がさくらふぶきを突切つてく あけがたのおとしものみたいな月があり親のない子が危篤なのです これらは児童養護施設の子供たちを描いた歌であろう。山崎方代を思わせる結句五音の字足らずが散見され、悲哀あふれる現実にわずかな脱力とほのかなおかしみを添えている。この破調に鳥海の人生哲学が反映されているのかもしれない。肩肘はらずに、みんなで支えあって生きていく。福祉家らしい考え方が背景にあるように思える。 どうにもならない今生であり旅人の私に犬がついてくる どんなかつとうがあつて 雲よ 鰈の形になつたのか あしたはうごくから とどかない手へ 手をさしのべる 足りないものは 足りないままに美しいと十一月の風がそう言う ひとりだと思うなと子のひと言にぐっと前方が見えたのでした わからないことだってあるさ 昨日ころんだ傷が今日いたみだす 石垣の石の一つが母に似てみつめていると自分でもある 青いくるみがどさっと落ちる八月の臓物みたいな故郷(ふるさと)がある しかし鳥海は無私に子供たちに尽くしていたわけではない。生業としての福祉の裏側でつねに思いを馳せているのは、故郷を失ってさすらい続ける自分自身のことである。〈私〉は行くべき場所をもたない永遠の旅人であり、いつも未来に不安を抱えて毎日を過ごしている。ときには不安に押しつぶされそうなときもある。そこで心を支えてくれたのが、家族であり施設の子供たちであり、短歌だったのかもしれない。故郷を「八月の臓物みたい」と形容する生々しさは、鳥海の心に今もなお愛するけれど決して帰れない故郷の姿がとどまり続けていることをあらわしている。そういう点で鳥海の短歌は「出奔者の文学」であり、寺山修司とも同質の故郷への複雑な思いが根底にあるのだろう。鳥海も寺山も、東北の出身である。 とおい祭の主役のようなびわの実のびわの種あらわれ つまり許していくことであり 黙々といんげんのすじとつている アスパラ一束人参三本さげている天下は晴れてわたくしのもの この子らの涙を拭いて尻をふいて私はわたしで生きている ここに立ち生きると決めたその時のそこがあかるくなりました おまえ発・おまえ行きだよ ほかにない十五歳だよ凶器はよこせ 産んだ訳生まれた訳のわかりそうな冬の木の芽の少しふくらむ 書くことは考えること生きること明日の陽の出は六時八分 つねに人生の希望を忘れない、未来が不確定だからこそ人生は楽しい。そういうメッセージの込められた歌には胸の奥がぽわっと暖かくなるようなささやかな火の明るさを感じる。その一方で、6首目「おまえ発・おまえ行きだよ」と言うどきりとするような言葉を向けてくることもある。おそらくは西鉄バスジャック事件の歌であろう。恵まれない子供たちと接してきたからこそ、少年が抱えるやりきれない思いを敏感に察知できたのだろう。 自分自身が悩み苦しんだからこそ得ることのできた明るさ。鳥海の短歌からは、さぞかし慕われていたのだろうなと思える職業人としての保母の姿が透けて見える。明日の陽の出を待ち続ける強さ、たくましさは見習いたいものがある。 晩年、鳥海はNHKラジオの「ラジオ深夜便」に起用され、花の短歌を365日発表し続けた。残念なことにその番組が「ラジオ深夜便 誕生日の花と短歌365日」という題で本にまとまるのを待たずして亡くなってしまったそうだが、この番組のおかげで鳥海の短歌には一般の書店でも簡単に触れることができるようになった。さらなる再評価が望まれる歌人である。 (現代歌人ファイルその39・鳥海昭子)より ※ 毎日、「誕生日の花と短歌365日」から引用させて頂いております。 ◇ 今日の誕生花・シュウカイドウ(シュウカイドウ科) 花言葉は、「片思い」「繊細」。 病める手の爪美しや秋海棠 杉田久女 シュウカイドウの盛りの庭に佇つ人が 独りもいいと静かに言いき 鳥海昭子 |

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