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平成22年11月7日(日)昨夜:拙攻続きで、むざむざ勝ちを逃したドラゴンズ。 <中日2−2ロッテ>(6日・第6戦、ナゴヤドーム) ロッテ投手陣も譲らず 史上最長5時間43分 日本シリーズ第6戦は中日、ロッテともに譲らず延長十五回、5時間43分の死闘の末、規定により2−2で引き分けに終わった。対戦成績はロッテの3勝2敗1分けで、西村徳文監督(50)は史上初のシーズン3位からの日本一をかけ、7日の第7戦(ナゴヤドーム)に挑む。逆に中日が勝つか引き分けた場合は、史上2度目の「第8戦」が8日に同球場で開催される。 ロッテにはメリットがあるが、中日には何も残らないドロー 中日の先発・チェンを相手に負けなかったのは勝ちに等しい。特にロッテ投手陣の粘りには「よく踏ん張ってくれた」と、西村監督も納得顔。救援陣は強力な中日投手陣にひけを取らなかった。十一回には二死満塁で6番手で小野が登板。四球すら出せない状況で、荒木を一直に抑えた。「気持ちしかなかった」と右腕は大きく息をついた。 ロッテが優位に立っているのには変わりない。「あしたです」と短い言葉に気合を込めた指揮官。7日の第7戦で勝てば、レギュラーシーズン3位からの“下克上日本一”となる。 1954年11月7日、中日ドラゴンズが西鉄ライオンズを下し初の日本一に輝く。 1954年の日本シリーズは、1954年10月30日から11月7日まで行われました。セ・リーグ優勝チームの中日ドラゴンズとパ・リーグ優勝チームの西鉄ライオンズによる日本プロ野球の日本選手権シリーズ。中日球場と平和台球場とで行われました。中日が4勝3敗で勝利し、初の日本一に輝きました。 特に優勝の原動力となったのは、シーズン32勝を挙げMVP、沢村賞に輝いた「フォークの元祖」と呼ばれた杉下茂投手だった。シリーズでも5試合に登板し、うち4試合に完投(シリーズ記録、現在もタイ記録)の活躍で、2試合連続無得点など打撃不振に苦しむ中日打線をカバーした。敗戦の弁で三原監督は、「杉下ひとりと勝負したシリーズだった」と語った。 中日・杉下は3勝1敗だった。 天知監督が3年ぶりに中日の監督に復帰した事と、高校野球で中京商(現・中京大中京高校)が全国制覇を果たした事もあり、名古屋は熱狂にあふれ返り、日本シリーズ初優勝で野球ファンの興奮は最高潮に達した。 ◇ 第7戦(11月7日・中日球場、1-0で中日V) 中日は杉下が5試合目の登板(先発は4度目)。西鉄・河村(1勝2敗)と共に息詰まる投手戦を繰り広げ、ゼロ行進で最終戦にふさわしい緊迫した試合展開となった。 均衡が破れたのは7回だった。中日はヒットの河合を1塁において、井上登がタイムリー三塁打。ここまですでに3完投していた杉下は疲労困憊だったが気力で投げ切り、この1点を守り切り完封した。今もシリーズ記録となるシリーズ4度目の完投が、同時に中日の日本一を決める瞬間でもあった。 ゲームセットの瞬間、杉下はもはや立つことすらままならないほど疲労しきっており、西沢ら中日ナインが殊勲のエースの肩を抱きかかえて勝利の喜びに浸った。 ◇ 今日の誕生花・シラタマホシクサ(ホシクサ科) 花言葉は、「純粋な心」。 立冬や窓に始まる雨の音 岩田由美 我を追いよく泣きし子がおとなびて シラタマホシクサ手土産に来ぬ 鳥海昭子 |

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